しきたりって一体何なの? この手の物事の移り変わりには「追加」と「入れ替え」がある。 そして、本来、正しく「時代の移り変わり」と言って良いものと、全くそうでないものがある。 その分け隔てとして使われるのは「文化への入れ替え」なのか?それとも「文明の発展」なのか? という2つに大きく分けられる。 基本的に「今は、そういう時代」と言って良いのは「後者のみ」です。 例) 「ポケベルがなくなって、携帯電話に変わった」 「手紙による文通でのやり取りから、ネットによるメールでのやり取りに変わった」 などなど、正確には、これらのみを「時代の移り変わり」と言います。 もし「前者」を「そういう時代だからw」・「時代が変わった」などと言い出したら、 まず国の文化や風習が潰れていきます。 というか、大抵の場合「変えなくても良いものを無理に変えた・自分勝手に変えた」 その時の「都合の良い言い訳」として≪時代≫という言葉を使っているに過ぎません。 例) 「黒髪が少なくなって、茶髪の人が多くなった」 こんなの、別に変える必要もありません。それどころか自らの特性を否定してるかのような行為です。 変える必要もなかったものに対して「そういう時代だからw」とか言い出したら、 もはや文化も文明も風習もマナーも、あったものじゃありません。 よくマナーなどで「食べる時にクチャクチャ音を鳴らす人は嫌い」などと多くの人が言いますが、 鳴らしている本人は「こうやって音を鳴らしながら食べないと落ち着かない」という言い分を残します。 要するにそれと同じです。単に自分勝手・好き放題やりたい自分を「時代」と言って正当化してるだけです。 この風潮・風習・文化・教育における「今までのものを破壊→新しいものに変える」というのは、 非常に他国からの侵略を可能にさせやすいという側面も持ちます。 「2層洗濯機がなくなり、自動洗濯機の時代に変わりました」 などと違い、 「日本の文化が1つなくなり、代わりに朝鮮の文化が入ってきました」 などの形式として成り立つケースを作ることだって可能になるからです。 要するに「その国の特性を維持させるもの」を壊して「他国との調和を考えたもの」を取り入れれば、 その国の独自性を失わせることも出来るし、その≪他国≫とやらが「敵国」と言える相手であれば、 それは侵略行為であったり、工作・誘導作戦や他国文化の異常介入に対して譲歩することに他なりません。 その様な危うい考えを「時代だ」と言うのならば、戦争の1つ1つだって「そういう時代だからw」だけで済む。 大抵の場合これらの争いも、国民が常識・良識を曲げて侵略の糸口を相手に掴ませたことに始まるのだから。 だから殆どの場合、争い事の前には「工作行為」というものが多く絡んでくる。 科学的な成長であったり、文明的な成長である部分以外で、 「イマドキ」とか「今はコレが当たり前」とか「アレは新しい・コレは古いから」などと言い出したら、 それは「どうぞ、この国を好きなようにしてくれwww」と白旗を挙げて降参しているようなものなのです。 にほんブログ村ランキング 更に上位目指して頑張ります☆ご協力ヨロシクです☆
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