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TVで、「人を殺しても別に問題はないんだ。人を殺すと重い罰を課せられる、人を殺さないんだ。だからもっと罰を重くするべきだ。」という意見を耳にしました。
間違ってはいないと思いますが、全てではないと思います。
極刑が確定している者にとって、それ以上罪を犯すことに躊躇いはないでしょう。また、自身が罪を犯しているという自覚がないものにも効果がありません。(ストーカーを例に挙げますと、自身の行為を情熱的と解釈している者や対象と恋愛関係にあると妄想を抱いているものには、幾ら重い罰が約束されていたとしても抑止の効果はありません。)
ですが、「タブーとして元来備わっているものだ」という意見に対しては賛成できません。
別に人の倫理観は、宇宙の法則という訳ではありませんし、普遍なものでもありません。
日本でも武士がいた頃は、仇討ちがそれなりに許されていたようですし、無礼者の切捨て御免が武士に限り許されていたようでした。そもそも特権階級が、一般階級に対して様々な事が行使できて、逆は出来ないということが当たり前の価値観として存在したのは、古今東西調べれば腐るほどあります。
人殺しがタブーといっても、戦争にいったら全く意味を成さない程度のものですし…。
近親婚や人食いも別に罪悪感を持って見られなかった時代もあります。(文明化されると必ず否定されますが…。)
日本の江戸の頃は不思議な時代という気がしますね。法律は無い様なものでしたが、それなりに文明的な生活をしていました。ですが、裸に近い格好で出歩くこと、男女混浴、腐りかけの魚を売ったり、立ちションなどが規制もされずに罷り通っていました。罷り通っていたのですから罪の意識もありません。
逆に、女性が男装するだけで罪に問われる、それが当たり前の時代もありました。今でも、女性が学問を学び、外で働くこと、肌を晒すことに批判的な社会はあります。
倫理観というものは、先天的なものではなくて後天的なものだと思います。
前に法律とは,その当時の思想や価値観から決定された大筋である憲法を根幹にして,現実に起こっている問題に対して白黒を付けるために,詳細に詰めていき憲法に肉づけしたものです.と述べました。
補足します。人間社会を円滑に運営する上で、過度に不利益や障害になる物事も罪となります。罪悪感などの倫理とは関係の無くです。
まぁ、社会を形成して営んでいくのですから当たり前といえば当たり前ですね。大多数の国民に厳しいという社会が形成されているのであれば由々しき問題ですが…。
悪いことだと感情では感じなくとも、社会を形成し運営する上で座視できない自体はここ最近金融関連で立て続けに起こりました。正直、ヘッジファンドは、現行の規則にしたがっていますが、社会に多々悪影響を与えたことを考えれば、さっさと法律で規制すべきだと思っています。
為政者が無能であることも大罪です。
かつて天災は人災だと述べましたが、国とは国民の為にあるのですから天災に備えて国が対処するのは当然です。天災が起こり人々が飢餓に苦しむという事態は、古今東西多々あります。ですが、天災を乗り切った為政者もいます。すなわち天災を乗り切れなかった為政者は無能です。(まぁ、その当時は、為政者の有り方に天が怒り罰を下したという思想があったのですが…。)
〜の飢饉などと記録されているものは、すなわち当時の為政者が無能であったことの証明です。
為政者が無能である為に、多くの人々が苦しみ迷惑したのです。その与える影響と被害の大きさを考えれば、その罪は死罪でも生ぬるいです。
「礼と法」でも述べましたが、私は力が強くなればなるほど規制し重い罰を課すべきだと考えています。社会に与える不利益を考えれば、どう考えても罰が軽すぎると感じます。
他にも有名人の罪は見せしめの意味を込めて重くするべきではないかとも考えたりします。
麻薬で捕まってもしばらく経つとカムバックしてきたりします。なんだか麻薬に対する罪の意識が軽くなってしまう気がします。麻薬を用いて奇妙な感覚や世界を感じることで芸術に生かす人もいたようですが、彼らを高評価してしまっては麻薬を用いて成功しようと考える輩が後を絶たなくなるでしょう。
生きている間は、社会の日陰者として生きて貰って死後に再評価ならまだしも、あっさりカムバックして高評価を得ては倫理観が壊れていきそうな気がします。
重い罰で罪を抑制することも大事ですが、同時に倫理観を植えつけていく、両方行うべきだと思います。
(まぁ、地域の独自性もありますが…。大阪などは、罰を重くしたほうが反応良さそうな気がします。路上駐車、放置自転車の罰金を高くすると一気に減るような気がします。)
どのような物事が何故悪いのか?ということを、最近の事件を踏まえて教育していくのが大事だと思うのですが…。グレーではなく、白黒の評価を行い、それに基づき罰を与え、周知徹底させる。
どうも最近はタブーとされる処が減ってきているのではと感じます。(一概に悪いとは言えませんが…)
社会運営上の問題と倫理や思想上の問題がぶつかると判断に迷いますね。
感情として良いと感じることで、社会運営上問題であるのならば…。
感情として悪いと感じることで、社会運営上必要であるのならば…。
バイオ関連技術が当てはまるかもしれません。遺伝子組み換えやクローン化は、感情的には気持ちの良いものではありません。(まぁ、縁遠く身近にないからというだけなのかもしれませんが…。)
ですが、将来の事を考えると賛成です。
キリスト教圏では、生命倫理などから規制する動きがあるようですが…。将来、国民の為になるのかならないのか…。
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