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日本の様に島国では国と国との境界線は明快ですが、地続きな処では何処までがわが国なのか?どの辺りまでを失地を回復すれば良いのか?どの辺りまでを国土として外敵から守らなければならないのか?この境界線は難しいところがあります。
まぁ、地面に線が引いてあるわけでもありませんし、詳細なところは大体この辺りまでという程度の認識だと思いますが。まぁ、古代では地下資源の採掘技術がまだそこまで進んでいなかった為、不毛な土地に明確な境界線を引く必要性を感じなかった訳ですが…。
まぁ、大体に置いて川や山などの要害が境目になったのですが…。
大体において身体的特徴、言葉、言語、文化、風習、宗教、食べ物など様々な差異で同じ仲間なのか、別の民族なのかの区別をつけてしまいます。人間は、先祖が同じでもこれらの違いで容易に敵と認識し得るようです。(インドとパキスタンなどはその例です。)これらを取り込んでの統一国家は大変建設と維持が大変です。
そこで中国の不思議ですが(チベット自治区、新疆ウイグル自治区、内モンゴル自治区などは中国として括ってしまって良いかは疑問が残りますが…。)、淮河や長江を境目にして気候ががらっと変わります。
これより北は、雨が少なく乾燥しており、その為穀物は麦などを主に栽培しています。当然食べ物も麺や包を用いたものが主食となります。
そして南ですが、雨が多く温帯湿潤としており、穀物は米などを主に栽培しています。主食も米です。
言語は、かなり早い段階で統一が図られておりますが、言葉(発音)は南北で差異があるようです。
戦の主流も「南船北馬」という言葉があるくらい主力となる戦力が異なります。
天然の要害である長江という大河が防壁となっているというのも重要な点ですが、これらの差異も南北の統一を困難なものにしていたものと思われます。
戦の遣り方も変わりますし、雨を余り経験しない北の人間にとって長雨はストレスになるようです。当然、逆に乾燥しきって砂埃舞う土地に南の人間はストレスを感じるようです。更に主食まで異なれば兵士の士気も落ちることでしょう。風土が異なれば経験していない風土病にかかり易くなりますし…。
正直、ここまで差があると相容れないような気がするのですが…。川を境目にして南北それぞれ別の国と認識していてもおかしくないと思うのですが…。
南北に国が割れることは何度かありましたが、統一という表現を用いると何故か南北が含まれます。南北の土地を回復して初めて天下統一という考えのようです。
良くまぁ、これらを統一して管理できたなという気がします。
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いや、ホントこれだけの人口、国土・・・ひとつの国なんですね。
2006/2/7(火) 午前 3:40
一つというところが凄いですよね。欧州は、ローマ帝国以後余り纏らないようで…。こちらは逆に統一しろよという気分ですが…。憲法批准やイタリアの離脱発言やら抱えていますがEUとして統一されるのでしょうか…。
2006/2/7(火) 午前 4:54 [ onl*oke**1 ]
前近代には国境という概念がなく、王都からの距離によって支配者の徳がいきわたる域が決まる、というくらいの感覚でした。今の中国は清朝の領域を基本的に引き継いでいますが、近代への転換期に「中華民族」という概念が発生し、台湾の独立を許さないのも中華民族の団結をはばむからという感覚があるようです。元々は儀礼さえ踏めばモンゴルでも女真でも皇帝になれるというものだったのですが、近代国民国家ではそうはいきませんからね
2006/2/7(火) 午後 3:12
時々、勝手に国境線を定めて動かすなと決めた事に問題があるのではと思ったりします。クルド人が国を持っていなく、また多数ゆえに恐れられ虐げられている事を考えると…。争いを無くす為に定めたことが、争いを生んでいるような気もします。かといって切り取り自由という訳にもいきませんしね…。ままならないものです。
2006/2/7(火) 午後 10:21 [ onl*oke**1 ]
国民国家とアイデンティティーの問題に関しては『アジア新世紀』3が特集していて、非常にレベルの高い対談があります。坂本ひろこ・小杉泰らの歴史学のトップリーダーに加え、カン尚中まで。既に古くなってきてますが青木書店の『国民国家を問う』なども。『想像の共同体』や『ドイツイデオロギー』などに見る、国家=共同幻想という議論も捨てがたい。国境が世界から無くなるか、地球や人類が滅ぶか。そのくらい大切な問題ですね 。歴史学をやるなら是非深めたいテーマですが、足を取られて抜け出せなくなるとヤバそうですね・・・
2006/2/10(金) 午前 2:07