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新聞の話。
一般紙購読を去年でやめた。社会面の大半がネットにあるからではない。養分がなくなったからだ。新聞の食品成分表があったなら随分水っぽくなっているだろう。 今も読んでいる日刊紙のひとつに日本経済新聞がある。続けている理由は独自コンテンツがあることだが、滋養も豊富で全国紙一番だと思う。 オヤジが読むモノ、と敬遠する向きはコラム「春秋」を読んでみて欲しい。今日は記録が途切れた将棋の羽生さんと野球のイチローを取り上げていた。 春秋のクオリティはそこで「忽然と打てなくなりしイチローをわが身の上に重ぬるこころ」(小池光)や「完璧なものは無残だっていうじゃない」(開高健)を取り上げるところにある。 仮に経済に興味がなくても、160円でこのコラムだけ読んでも損はしないと思う。 ついでにビジネスに携わるさまざまな人間の発言を読むと、この国の良心を政党に期待すべくもないが、経済界には残っていることに気づかされる。経団連会長が経済界の人間を代表する訳ではない。 |
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ある日財布を開けるとお札が消えて、替わりに時間の木の葉が入っていた。
沢山あったからどんどん使ったが、どういう訳か手許には何も残らなかった。 そうこうしているうちに時間の木の葉は減っていき、やがて最後の何枚かになった。 何に使おうか考えたあげく、時間の森への切符を買った。 ◇ 時間の森には沢山の時間の木があって、きらきらと木の葉を降らせていた。
夢中になって集めたら財布が重くなった。 集め疲れて周りを見ると、そこにあるのは土と緑と静寂だけだった。
帰ろうと思い切符を探したら胸ポケットから消えていた。 ◇ 「私を帰して欲しい」
叫ぶ私に森は答えた。 「お前はもう帰っている」 私の身体は雷に撃たれ、気がつくと一本の時間の木になっていた。 ◇ 今日も私は煩悩の風に乗せて、時間の木の葉を元居た世界に届けている。 (revised on 2011/5/25)
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雪がないと滑ることができないスキー場や、大雪に見舞われる豪雪地帯で大事な指標は、いまどれだけ雪が積もっているかを示す積雪量だ。いまどれだけ雪が降っているかではない。
神奈川県の茶畑での放射能汚染が明らかになってお茶が出荷停止になった。風が放射能雲を運んだのだろう。福島第一原発から300kmも離れている。 福島県と神奈川県の間には東京都・千葉県・埼玉県などがある。これらの地域の汚染が、それより遠い神奈川県より軽微とは考えにくい。 ピンポイントで不十分だが放射線量は発表されるようになった。だがそれは降雪量のようなものだ。「今は大して降っていない」という情報に過ぎない。「降り始めからの量」は解らない。 セシウムのように半減期が何十年〜何万年の放射能は土にあれば長期に渡り近寄る人間を被曝させ、取り込んだ植物を食べた人間に内部被曝を生じさせる。 有機水銀と放射能の違いはあるが我々は水俣病を経験している。被曝の影響は中長期の発ガン率の増加などに現れる。被曝した国民が後で発病しても「因果関係不明」で泣き寝入りさせるつもりなのか?。 足下の労働者・納税者・消費者の数や治安の確保しか頭にないなら国は酷すぎる。 |




