歴史
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三国志ファンの方、お待たせしました。中国のメディアの曹操の墓発見の記事を訳してみました!http://www.chinadaily.com.cn/china/2009-12/28/content_9234640.htm↑チャイナデイリーのHPから Tomb of legendary ruler unearthed 伝説的支配者の墓発掘 By Lin Shujuan (China Daily) Updated: 2009-12-28 07:29←投稿時間 三国志時代の魏王、曹操の伝説として、墓荒らしを邪魔するため72もの墓を作ったというのがある。 しかし、専門家はこれに懐疑的だった。三国志の古典的ロマンスの中で、曹操を政治的に邪悪に描こうとする為の捏造以上のものでしかないと考えていた。 考古学当局は昨日、曹操の霊廟が河南省の安陽郡のXigaoxue村で発見したと確認した。多くの人を驚かせた事に、古文書の記録通りで質素な作りだった。 「発掘には1年近くかけた。そして我々は追加の証拠を見つけるだろう。しかし、そうして得た物に依拠しなくても、我々は霊廟が曹操のそれだと確信を持って言える」("Excavation has been going on for nearly one year, and we'll come up with further evidence. But even based on what we've got, we can tell for sure that the mausoleum belongs to Cao Cao," )と国家文物局(SACH)のGuan Qiang監督代理は北京での会見で話した。 専門家は3人の骨を発掘した。被葬者の年齢も特定した。一人は男性で60代、残る2人は50歳と20歳から25歳の女性だった。 専門家は、男性は曹操だと信じている。年長の女性はAD230年に亡くなった王妃で、もう一人の若い女性はお付きの女官と見ている。 墓は昨年12月に発見された。近くに窯があり、労働者がレンガ作りの為に泥を掘っていた際に見つかったのだ。発見は報じられず、地元当局が知ったのも「魏の武王」("King Wu of Wei")と書かれた碑を見つけた時だった。曹操のおくり名だ。墓荒らしから入手したと言う。 犯人は墓から盗んできたと話していたと、河南省文化財保護局(HPCRA)のSun Yingmin副監督は話す。 これまでにも、考古学者は東西に向いた740平方メートルの地域で2つの玄室のある墓を見つけ、250以上の遺物を発掘している。それらの中に、曹操時代の社会生活を描いた壁画があった。石板は合葬の碑の中にあり、曹操の身の回りの物は「魏の武王として記された」("personal belongings frequently used by King Wu of Wei" )という。その一つが石枕だった。 HPCRAのHao Benxing調査員は、最近の墓荒らしによるダメージを受ける前に、霊廟が盗掘されていたかどうかについて話すのは難しいと話した。 「しかし、墓は帝国の威厳と大きさにふさわしく作られている。墓への40メートルものトンネルがその例の一つだ」("But it is clear that the tomb was built with imperial solemnity and scale, the 40-m tunnel leading to the tomb's gate being one example,")と Hao氏は話した。 墓は質素に作られていた事も明らかになった。これは古文書で曹操が墓作りに当たり「耕作に適しない高地に墳丘を作らず、墓の上に農場を作るな」と命じた事と一致した。「黄金や翡翠の宝を入れてはならぬ」とも命じていたとHaoは付け加えた。 墓の場所はYecheng(葉城?)からほんの数キロしか離れていない。Yechengは河北省の 临?範郡の南西にあり、歴史的に魏王朝の政治的な中心地だった。曹操の墓であるという強い証拠となると、中国社会科学アカデミーのLiu Qingzhu氏(考古学)は話す。曹操は有名な青銅製の雀箱を作った。そこでは来客をもてなす為に歌手やダンサーが演じていた。 死ぬ前に、曹操は自分の墓を子供たちがテラスからいつでも見える場所に作るよう言い残した。思い出してもらう為であり、あの世から魂が唄や踊りを楽しめるようにする為でもあった。 「石板は曹操のおくり名の碑の中にあった。これこそ最強の証拠だ」("The stone tablets bearing inscriptions of Cao's posthumous reference are the strongest evidence,")とLiu氏。「 曹操のおくり名が書かれた文物が出てくるまで、誰もこれが曹操の墓だと言えなかったし、言わなかっただろう」("No one would or could have so many relics inscribed with Cao' posthumous reference in the tomb unless it was Cao's.") 専門家は霊廟の発掘に合意し、歴史的に重要な発見を証明づけるための追加の調査が始まった。曹操の史上で演じた重大な役割を考える為だ。
「墓は曹操の生きた時代の歴史的な時間のカプセルだ」("The tomb is a capsule of the historical time in which Cao lived,")とLiu氏。「例えば、 時期が特定出来ない他の多くの遺物を年代順に参照するのに明らかに役立つ」("For example, it will serve as a clear chronological reference for many other relics, whose age would otherwise be too difficult to tell.") 王の霊廟はしばしば墓の中心に作られた。周囲にも多くの埋葬地があるとLiu氏は付け加えている。 |
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http://edition.cnn.com/2009/WORLD/europe/12/11/russia.hitler.remains/index.html |
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http://edition.cnn.com/2009/WORLD/europe/09/01/alan.turing.petition/index.html
↑CNNのHPから Petition seeks apology for Enigma code-breaker Turing エニグマ暗号解読のチューリングへ謝罪する嘆願要求 September 1, 2009 -- Updated 1245 GMT (2045 HKT)←投稿時間 今日は第二次世界大戦勃発70周年なのですが、こんな動きがあるようです。第二次世界大戦で暗号解読者として活躍したアラン・チューリングの処遇について、オンラインで名誉回復を嘆願する動きが出ています。チューリングはホモセクシュアルの関係を持ったとして1952年に化学的な去勢を受けました。当時は大罪で、大変な非道徳的な行為として起訴されたのです。その2年後、チューリングは自殺しました。 英国政府のウェブサイトに、嘆願書へのサインがここ3週間で1万9000人が集まりました。「偏見で一人の人間のキャリアと人生を終わらせてしまった事を認める」("recognize the tragic consequences of prejudice that ended this man's life and career.")よう促しています。 嘆願を思い立ったのは、コンピューター科学者のJohn Graham-Cumming氏で、チューリングが「狂人扱い」として歴史で扱われているのに憤慨し、国家的英雄として考慮されるべきだと話しています。 「間違いが行われたと思うので、英国政府には謝罪を求める。チューリングは明らかに国際的な英雄の一人だ」("I'm looking for an apology from the British government because that's where I think the wrong was done. But Turing is clearly someone of international stature," )とGraham-Cumming氏。 チューリングは、第二次世界大戦中にドイツのエニグマ暗号を解読した機械、Bombeを発明した事で良く知られています。 当時チューリングはブレッチリー・パークでフルタイムで働き、重大な情報を連合国にもたらしました。 数学の天才として世間で見られ、当時の数学的問題を解明するチューリングマシンの発達に腐心しました。今日ではこれが近代コンピューティングの原型と見なされています。 しかし、ホモセクシュアル関係による禁固刑を避けるためチューリングは化学的な去勢に合意し、エストロゲンを注射されました。これが2年後の自殺に繋がったとみられています。青酸入りのリンゴを齧って、41歳の生涯を終えました。 Graham-Cumming氏の元に、英国政府からの謝罪の回答はまだ寄せられていません。先週、同氏はエリザベス女王に死後の叙勲をしてはどうかと打診したそうですが、その返事もまだだそうです。 「私の心に迷いは無い」("There is no doubt in my mind," )と同氏。「もし彼が41歳で対外的に衝撃を与える自殺をしていなかったら、偉大な人物になっていただろうし、生存中に叙勲されていたのは間違いない」( "that if Turing had lived past age 41 his international impact would have been great and that he likely would have received a knighthood while alive.") Graham-Cumming氏の努力はチューリングの人生が国際的な反応を呼び起こす結果となりました。 「今朝起きてメールボックスとブログに接続したら世界中からチューリングへの感想で一杯だったよ。多くの人が『嘆願書にサイン出来ないのは残念だ』って書いている」("This morning I woke up to an inbox stuffed full of e-mails and blog postings from around the world on Turing, and many people were saying 'it's a pity I can't sign the British petition,'" )オンラインに寄る嘆願は、英国市民のみを受け付けているそうです。 |
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http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/arts_and_culture/8165645.stm |





