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4月17日 その8 ここでしばらく周囲の見学 これだけの大きさのものが結構スムーズに動くものである。 かつては人力でまわしていたそうだ。 扇形車庫も珍しい、他には梅小路と津山ぐらいしか思いつかない。 それにしても広い構内である、これでも一部分は売却されて宅地になっているそうだ。 何のためにこれだけ広い構内が必要だったのだろう。 かつての筑豊本線若松駅の構内も広かったが、あそこは石炭の積み出しのためであった。 今はほとんど売却されてマンションがたっている。 駅全体が有形文化財になっているそうだ。 さて脇にある鉄道歴史館に入っていく 国鉄時代はすべての列車が豊橋まで入っていたが、もちろん今は新所原始発である。 すごい札がかかっているが、元々この線は浜名湖の鉄橋が艦砲射撃で破壊されたときに 備えてのバイパスの意味もあったようだ。 浜名湖鉄橋が壊されるような事態になったらどう考えても戦争は負けだと思うのだが。 当時はそんなことは口にはできなかったであろう。 いまやなつかしいタブレット。 この建物も開業当時のまま。 所狭しと色々なパネルが飾られている。 地元の方が作った二俣駅の模型 時間になったので外に出た。ここにもシレっと腕木式の信号が立っている。 お疲れ様でした。
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