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7月15日 その8 窓口はしまっていた。 朝夕のラッシュ時は名古屋までの区間快速が運行される。 手書きのマップ 駅舎はそれほど古いものではない。 高橋煕像 1953年(昭和28年)9月25日に襲来した台風13号の影響で発生した高潮により、武豊 - 東成岩駅間の 線路が流失した。この異変を武豊駅に向かって進行中の武豊行き上り列車に知らせるべく、武豊駅駅手・高橋煕(さとし)が発炎筒を手に、東成岩駅方面へ走り出した。上り列車の機関士は前方に振られる発炎筒に気付き、非常停止した後、東成岩駅まで後退し、列車の乗客乗員約100名は難を逃れる事ができた。しかしながら高橋駅手は武豊駅に戻れず翌日、捜索隊により、線路際で殉職した彼の姿が見つかった。 この事柄は全国に報道され、高橋の行動は「国鉄職員の鑑」として称賛された。その功を記念し将来に残すため、日本全国の国鉄職員と小中学生の募金を主に、銅像が建立された といった内容が記されている。 本数はそれなりにあるほうだろうか。 ちょうどバスが来たが、さすがに下調べもしていないので乗る気にはならない。 かつてはこちらにもホームがあったようである。
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2013年02月15日
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