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10月7日 その7 公園自体はこんなふうである。 川を遡上する鮭の絵だそうだ。 フジテレビとは関係ないと思われる(笑 高波のため荒々しい風景になっている。 明らかに地震の影響で地盤が沈下したと思われる。 再建はまだまだのようだ。
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2012年10月三陸
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10月7日 その6 田老から再び宮古方面へ戻る 県立宮古病院は高台にあるため無事だったが、震災直後は 他の医療機関が機能せず、大混乱だったそうだ。 20分ほど車を走らせ浄土ヶ浜へ。 風光明媚なところである どうも観光船には縁がない。 作り物かと思ったが、本物であった。 津波当日、ここからどんな光景が見えたのだろう。 何箇所かある展望台を歩いて回ったが 確かに景色がいいところである。 ここから宮古港を見下ろせるのであるが、震災当日の
宮古港の潮位は9.8m、当日ここにいたら何を感じただろう。 |
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10月7日 その5 見れば見るほどすごい建造物であるが ここは何が立っていたのだろう 外側の防潮堤は、乗り越えられただけでなく破壊されている。 こんな感じである。 扉が4.5mなので高さ6mはありそうだが 信じられない光景だ、怪獣が暴れたかのようである。 上の部分もこんなふうに一部持って行かれている。 学校は海岸から離れていて高い場所にあるため無事だったようだ。 これ以上どうすればいいのだろう、人間の無力感を感じた。 近くには早速高台に新築の家が何軒も建てられていた。 この標識が作り替えられる日ももうすぐであろう。
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10月7日 その4 内側の防潮堤の上に登ってみた。 二重の防潮堤を津波は乗り越え、この有様である。 外側の防潮堤もかなり立派なものなのだが 万里の長城に例えられるのもわかる光景である。 2つの防潮堤は真ん中でX字に交わっている。 場所がないためだろう、こんなところにも仮設住宅が立ち並んでいる。 多分街路灯が立っていたのであろう。 これでは営業不能、壊すしかないだろう。 地元の方が朝の散歩をしていた。
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10月7日 その3 町のあったところは何も残っていない。 野球場があったところだが 資材置き場になっていた。 2重になっている防潮堤の中間 がれきは片付いたとはいえ山積みになったままである。 防潮堤の近くに行ってみた、ちょっとやそっとでは壊れないように見えるのであるが・・・
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