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3月5日 その6 皆さん予想されていると思うが いつなくなるかわからない?HND→NGO搭乗である。 隣の沖縄行きのほうが出発時間は早いのであるが 搭乗客の人数の差でこちらのほうが先にプッシュアウト。 D滑走路まで延々と走って離陸。 ところでこの時間に羽田を出ると沖縄到着はAM1:30ぐらいだと思うのだが それこそ到着後どうするのであろうか。 タクシーしかありえないと思うのであるが。 ベルト着用サインが消えたところで横浜ベイブリッジが見えた。 当然のごとくがらがらである。 それでも搭乗客数は16人であった。 当方は一桁を予想していたのであるが。いずれにしても赤字であろう。 実際の飛行時間は30分を切るぐらいか、あっと今に着陸。 日付が変わる寸前である。 制限区域を出たときには日付が変わっていた。 ロビーでは搭乗客全員に警官が寄ってきて「自家用車でお帰りですか?」と聞いていた。 終電が出ているからであろう。 そんなことを考えずにこの便に乗る客がいるとも思えないのだが。 ここが閉まっているのは初めて見た。 そんなわけで忙しいのだかのんびりしているのだか良くわからない1日であった。
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2011年3月都内
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3月5日 その5 浅草橋から再びJRで 蒲田まで。フリー切符の使用はここまでで終了。 蒲田、金町、小岩とフリー区間の端を3箇所制覇した。 ここからバスで羽田へ。 さすがにこの時間羽田へ向かう人はいない。 20分ぐらい乗って、第1ターミナルへ。 北ウイングはすべての業務を終了している。 この時間、これだけの便がある。 南ウイングもこんな風景。 この一角だけが営業している。 遅い時間までご苦労様である。 ほとんどの客が沖縄行きのようである。 当方もチェックインして、制限区域内へ。ここから入るのは初めてである。 カードラウンジも20:30で終了していた。 搭乗案内もない。 売店もすべて閉まっている。 仕方が無いので椅子に坐ってTVを見ることにした。 続く
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3月5日 その4 夕食を食べにやってきたのが 一新亭、昔ながらの洋食屋である。 暖簾が出ていなかったので、中をのぞいたら 「今日はもう閉めたけど、折角来てもらったのだからどうぞ」といわれた。 恐縮至極である。 漆喰で書かれた天井の模様がおしゃれである。 テーブルが3つだけのこじんまりとした店内。 メニューもいまどき珍しい手書き。 3代目になる店長は(といっても夫婦経営だが)写真が趣味で、 写真集まで出している。 主にオリンピック前の東京の写真が飾られていた。 さて、写真を見ているうちに注文した品がやってきた。 しゃちのすけもおいしそうに見ている三色ライス。 オムライス、カレーライス、ハヤシライスを盛ってある。 右の味噌汁の碗と比べるとわかるが、かなり量も多い。 混ぜて食べようが、分けて食べようが自由である。 この3つでは特にハヤシライスがじっくり煮込んだ玉ねぎの甘みが出ていて絶品であった。 ご馳走様でした。 |
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3月5日 その3 参道を歩いて 柴又帝釈天へ。寅さんシリーズで有名な寺であるが 映画が終わってからは参拝客も減少との事である。 正式名は題経寺と言う日蓮宗の寺だそうだ。 本堂を参拝、暗くなってきたいるためか人影もまばらであった。 参拝後、5分ほど歩いて 江戸川の堤防へ。ここを降りたところに 有名な矢切の渡しがある。現在はほぼ観光用に運行されているとの事である。 手漕ぎ舟が矢切側に係留されていた。 寒くなってきたので、帝釈天前まで戻り こちらのバスで JR小岩駅へ、総武線に乗って 浅草橋で下車した。
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3月5日 その2 昼食後、有楽町のJALプラザで野暮用を済ませ池袋へ。 こちらで落語鑑賞。 春風亭百栄、30歳までアメリカで寿司職人をしていたという経歴の持ち主である。 この日はゲストが桃月庵白酒ということもあって、東京まで出てきた。 このクラスの落語家はなかなか名古屋まで来てくれないので、こちらから出張である。 こちらから入場、300人ぐらいの落語にはちょうど良い位のハコであった。 内容については省略。 ハネたあと、日暮里で常磐線に乗り換え 綾瀬から 別に枝線マニアではないのだが、時間がたっぷりあるので千代田線北綾瀬へ。 枝線の終着駅らしくなく先に線路が続いているが、この先には電車区がある。 タッチ?を済ませると今度はJRで金町へ行き、京成の金町駅へ。 こちらに乗って 柴又駅へ。私は一編成の電車が折返し運転しているのだと思っていたが ちゃんと駅で交換が出来るようになっている。 というわけで、柴又駅ではこの方がおで迎えしてくれるわけであった。 続く
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