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4月2日 その2 大須には他にも全国に名を知られたところがある。 大須ういろ本店、ういろは「外良」ないろは「内良」と書く。 安くて重い、名古屋人の大好きな?お土産である。 車用と歩行者用が一体化した信号。 私が小学生のころからここはこんな信号である。 現在はLEDに変わっているが、この形、少なくとも他の場所で見たことがない。 大須の商店街、土曜日ともなると人でにぎわっている。 この靴屋を左に曲がったところに 商店街の名前にもなっている万松寺がある。 ここは曹洞宗総持寺の末寺であり、織田信長の父信秀が祭られている。 ちょうど釈迦の誕生日でお茶が振舞われていた。 本堂は鉄筋コンクリートである。 元々は現在の丸の内の辺りにあったそうだが 名古屋城を立てるときに外堀にかかるとのことで 1610年にこの地に越してきたそうだ。 信長が父の葬儀で位牌に抹香を投げつけた話は有名であるが それはこの地に移ってくる前ということになる。 名古屋人に「いらんものは」と問いかけると「コメヒョウへ売ろうーー」と返事が返ってくる 超大型リサイクルショップ「米兵」。 ただあまりにもどうしようもないものばかり持ってくる人が増えたため 今は「いらんものは」のCMは流れていない。 名古屋メシの代表格みそかつの人気店「矢場とん」本店。 ここは大須というよりは、店の名の通り「矢場町」ではある。 相変わらずすごい人である。 正直ここよりすいていてここに引けをとらない店もいくつもあるのだが まあ一種の観光地であろう。 もともとはこの駐車場のところに2階建ての本店があった。 立派になったものである。 大須といえば「秋葉原」「日本橋」とならぶ電脳タウンであるが 元々は大須といえば家具が有名であった。 木曽川を下ってきた材木が堀川からここへ運ばれ、家具が作られた。 今でも日本の家具の半数近くがここから出荷されているそうだ。 昔はほんとに家具屋ばかりであったが、さすがに少なくなってきたようである。 うろうろしているうちに時間になったので、目的地へと向かった。 続く
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2011年4月名古屋市内
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4月2日 その1 午前中のバイトを済ませてこの日は大須までやってきた。 大須へは東側から入ることが多いのであるが、この日は車で来たこともあって 西側から歩いていくことに。 西大須の交差点の角にあるのが ナゴヤスポーツセンターアイススケートリンク 名古屋の人間は単に「大須のスケート場」と呼んでいる。 単なるレクリエーション目的のスケート場ではあるが 日本の名だたるフィギュアスケート選手がホームリンクにしていたところである。 ここの南側から 参道があり 大須観音に出る。 元々は岐阜県の大須という所にあったものを移転してきたとある。 一部廃線になった名鉄竹鼻線の終点が大須であった。 そこのことであろう。 この日は和太鼓のパフォーマンスをやっていた。 またここは 大正琴の発祥の地だそうだ。大正琴とは このように和琴と違って鍵盤を抑えて音階を奏でるようになっている ハワイアンギターのようなつくりである。 このようないわれがあるところとは知らなかった。 観音様にお参りをして、東へと進んでいった。 続く
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