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4月17日 その5 1時間ほど予定時刻まであるので、例によってお散歩である。 駅前にはかつて二俣線を走っていたであろうC58が保存されている。 静態保存ではあるが、屋根も付いていてそれなりに手入れはされているようだ。 市の木すぎ、市の花やまゆり 市の鳥きせきれいをデザインしたものだそうだ。 川沿いを歩いていたらお寺があったので入ってみることに。 曹洞宗の寺ということだ。 マニ車があった。1回まわすと1回お経を唱えたと同じ効力があるものだが チベット仏教ではおなじみだが、日本の寺ではあまり見かけない。 こんな感じの細い川沿いを歩いて駅に戻った。 不必要なぐらい立派な側線であるが キハ20と初代ブルートレイン20系が連結されていた。 20系は幅52cmの3段寝台で今考えると棺おけ?に近いような感じだが 当時としては画期的な冷房車だったためか「走るホテル」と呼ばれた。 この2両の手入れをするボランティア募集の立て看板である。 駅舎に戻り記念にキーホルダーを購入。 それほど本数はないが城北線などと比べるとはるかに活気がある路線である。 続く
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2011年4月名古屋近郊
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4月17日 その4 この日の目的地はこの駅なので、当然のごとくここで降りる。 今は使われていない側線が子供が遊べるようにトロッコ列車がおいてある。 後ろには腕木式信号が。 駅舎の中はこんな感じでJRの駅まで通しで切符を買えるようである。 この駅舎も昭和15年建造で文化財指定されているようだ。 かつてはSLが走っていた。 内部はリフォームしてあるようだ。 本社はここにあり、確かに外から見ると古い建物である。 ホームが3面もある立派な駅である。かつてはこれだけの設備が必要な乗車数だったのだろう。 続く
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4月17日 その3 掛川城を後にして駅まで戻り 天竜浜名湖鉄道へ向かった。旧国鉄二俣線である。 駅舎内部は特に目新しいものは無い。 JRとの行き来が可能である。 フリー切符を購入して、 ホームに入る。 次発の列車の表示は手動のようだ。 最近すっかりおなじみになった車両 JR側からも乗降可能ではあるが、柵で区切られている。 もう一両入ってきた。左側で切れているが BS朝日で後日放送するとかでカメラが回っていた。 第3セクターとしては距離の長い路線のためか、クロスシートである。 出発時にはほぼ座席が埋まった。 遠州森 遠江一ノ宮と開業当時からの駅舎が残っている。 茶畑を横目に走り 天竜二俣駅で下車である。 続く
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4月17日 その2 駅から北に進むと 千代が一豊に馬を買った有名な話を木彫りにした 店があった。喫茶店か土産物屋かと思ったら 銀行だった。やりすぎのような気もするが。 堀を渡って 山内一豊が城主だった掛川城に到着。 仲間由紀恵主演の「巧名が辻」が放送されていたころは すごい賑わいだったようだが、今は落ち着いている。 葉桜になっているが、日本の城には桜がよく似合う。 天守の上で飛行機雲が交差していた。 FDAではなく、自衛隊浜松基地の飛行機の仕業であろう。 有田焼で作った、江戸時代の城の縄張りを再現したもの。 ここも再建天守であるが、木造で作られたそうである。 ここは全国でも珍しい本丸御殿が残っている。 早起きの欠点はまだ開場前というところである。
しばらく歩き回って駅に戻った。 |
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4月17日 その1 この日も天気がいいので早起きして出かけることにした。 5時半に家を出発、まだバスが始発前なので20分ほど歩いて車道駅へ。 まだ安全柵が稼動していない、割と珍しい光景である。 こちらに乗って名古屋駅へ。 始発のこだまに N700系運行のこだまは珍しい。 1時間ほど乗車して 同じような考えの方が多数下車 東海道線側はレトロ調の建物であった。
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