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7月30日 その11 そばをいただくと、駅舎に戻った。 本格的な登山者を横目で見ながらホームへ。 今度の列車は車掌が乗っていたことまでは覚えているのだが ついにここで意識が完全になくなり 気がついたら沼津に到着していた。 ここも現在では不必要なほどホームが長く ホームでそばを食べることができる。 静岡から到着した熱海行きはロングシートの3両編成で当然坐ることもできず 40分ほどで熱海に到着した。
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2011年7月大垣・神奈川
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7月30日 その10 ここでちょうど昼食のため、一旦下車である。 駅舎は新しめで跨線橋と一体化してる。 こちら側が富士山口となっていた。 富士山に頼り切ったように見えるが このオブジェ、富士にかかる笠雲をイメージしているとのことだが 私には、浅草のコレの親戚に思えてならない。 ちょうど雲がかかっていて富士山は見えず。 ここまで来て情けない話である。 創業明治24年というこの蕎麦屋で きつねそばをいただく。麺がやや太めでアゲも2枚、なんか得した気分になった。 駅前にはD52が。 「汽車ポッポ」の歌詞の15番に御殿場が出てくるとのこと。 一体何番まであるのだろう。 「鉄道唱歌」もかなりたくさんあるようなことを聞いたが、そういうものなのだろうか。 ここをあえぎながら登っていたのであろう。
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7月30日 その9 右側通行に見えるが、左側は車両区へ向かうための側線である。 御殿場線は東海道本線時代は複線であったが、現在は単線電化である。 橋梁跡など複線だった痕跡が見られた。 山北駅へ到着。ここで上り列車と行き違いである。 明らかにここから先、傾斜が急になっている。 SL時代、上り列車はスピードアップのためにこの駅で走りながら補機を切り離すという 離れ業を演じたこともあるそうだ。 ほとんどの駅で交換可能で、ホームも必要以上に長い。 東海道本線時代の栄光がしのばれる。 先頭車両で前を見ながらそんなことを考えているうちに、御殿場到着である。 名所案内「富士山」大胆である。 有人改札は長蛇の列である。
御殿場駅はJR東海の管轄であり、SUICAでJR東日本管内から乗ると 窓口で清算が必要である。 18切符を見せるだけの者にとってはいい迷惑であった。 |
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7月30日 その8 改札、みどりの窓口、券売機と普通の配置である。 かつては扇形車庫があったようだ。 左側が東海道本線、右側が御殿場線である。 次に乗る列車の表示、しっかり御殿場線回りということがわかるように松田回りとある。 本数はこんな程度、普段は2両編成でこのぐらいのダイヤで充分なのであろう。 乗る電車が入線、お決まりの313系である。 ワンマン運転であった。 予想通りの混み具合であった。
しばらくして出発である。 |
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7月30日 その7 乗継まで時間があったので外に出てみた。 駅の規模に不釣合いな大きな駅舎である。 ここは丹那トンネル開通以前は東海道本線の山越え区間(現御殿場線)の 起点となる重要な駅で、全列車が補機を連結するためここで停車をした。 駅前から歩くとすぐ海である。 この旅館、明治21年創業とあった。 国府津の町が賑わっていたころ、この旅館に多くの人が宿泊したことであろう。 そんなことを考えながら時間になったので駅に戻った。
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