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7月16日 その12 当然無人駅 1時間に2本、普通電車しか停まらない。 急行と特急が通過していった。 こちらに乗車。 豊橋のひとつ手前、伊奈行きなので国府で乗り換え 豊橋に戻り がらがらのこだまで名古屋へ戻った。 この項おわり。
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2012年7月築港・武豊・東海道
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7月16日 その11 ふたたび東海道を歩き ここにも本陣が 赤坂の宿についた。御油―赤坂間は1.7km、一番短いところで 客引きも熾烈だったのではないだろうか。 大橋屋、赤坂宿を代表する旅籠である。1649年創業、この建物は1716年ごろに 建てられたそうで、旧東海道にあった全ての旅籠の中で、唯一現役である。 1日1組ではあるが、今でも宿泊できるそうだ。 尾崎屋、当時の商家で今は民芸品の製造販売を行っている。 ここで東海道を離れ5分ほど歩き 赤坂駅に到着である。とても暑い日であったが、時間が早いので
何とかここまで到達した。 |
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7月16日 その10 しょうゆのイチビキの工場があった。 細い道を抜けると 松並木が見えてきた。 有名な、御油の松並木である。 古くなったものは切り倒されているようだ。 東海道中膝栗毛で弥次喜多が松並木で狐に化かされる話は有名である。 バスでも来ることができるが、本数は少ない。 現代では車も通るので、のんびりしていると危険ではある。 通し番号が付いていて管理されているようだ。 切るだけではなさそうだ。 家康の命令で植えられたそうだが、当時の旅人を和ませたのであろう。
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7月16日 その9 再び国道1号線と会いまみえ 豊川を魚が跳ね、本宮山と豊川稲荷のキツネ 市の木であるクロマツとサクラだろうか、盛りだくさんである。 簡略化されたものもあった。 1号線からすぐのところに旧東海道がある。 たいがい街道沿いにはお寺や神社が見られる。 ここまで江戸から約300km、昔の人は大変だったろうが お伊勢参りは、庶民の夢だったのであろう。 ここからいわゆる姫街道が分かれていた。 浜名湖の北を回るルートで、新居関所も通らなくてすむ。 こんな狭いところを大名行列が通ったのであろうか。 豊川はパターンが多い。 御油の宿はこの辺りにあったようだ。 本陣が4つもあったのは姫街道との分岐だったからであろうか。 どんな賑わいだったのであろう。
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7月16日 その8 乗りつぶしを完了した後、まだ時間が早いので 名鉄に乗車 名鉄とJRの共通ホームのため、このようなマナカとトイカ用のIC改札が設置されている。 見たとおり、JRと名鉄が同居している。小坂井までは線路も共用である。 岐阜行きの急行に乗車 特急が出たばかりなのでがらがらである。 2駅のって国府で下車。 豊川稲荷線との分岐駅でもある。 ここからしばらくお散歩である。
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