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9月15日 その10 聖ドミニコ教会を背にして左方向へ進み、次の角を左、その次の角を右に曲がると こんな細い路地に出て、さらに進むと 見えてきた。 21.聖ポール天主堂跡、22.イエズス会記念広場 おそらくマカオで一番有名な場所ではないだろうか。 聖ポール教会はイエズス会によって1602年に創建された教会で、 すぐ横にはアジア初の大学になった聖ポール大学があった。 1835年の火事で教会の前壁と68段の階段だけが残された。 聖ポール天主堂跡の前に広がる広場がイエズス会記念広場である。 イグナチウス・ロヨラ フランシスコ・ザビエル ファザードの彫刻は見事で、「石の説教」と言われるほどに宗教的な意味が彫られている。 裏側はこんな風で、昔はもっと張りぼて感があった。 その脇にひっそりと立っているのが 23.ナーチャ廟、24.旧城壁 1888年創建の小さなお寺。ナーチャとは暴れん坊の男の子で、孫悟空にも登場する。武芸の達人で、 疫病退治の神様として有名である。ナーチャ廟に隣接して、同じく世界遺産に認定された旧城壁がある。 この壁は17世紀初期にポルトガル人が外敵を防ぐために築いたもの。 材料はシュナンボーという、土砂、わら、牡蠣の貝殻を混ぜたもので出来ている。
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2012年9月バンコク・香港・澳
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9月15日 その9 盧家屋敷を背にして右方向へ進み、少し歩いた右側にあるのが 19:聖ドミニコ教会 20:聖ドミニコ広場 1587年にメキシコのドミニコ会の修道士によって創建された。 かつては木造だったので「板樟堂(板造り堂)」と呼ばれた。 天井の高い教会である。 バロック式の祭壇には聖母子像が祀られている。 マリア様とキリスト 奥に上に上がる階段があり 鐘楼は約300点の宗教品が展示される美術館になっている。
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9月15日 その8 仁慈堂を背にして右方向へ進み、右に曲がってまっすぐ行ったところにあるのが 16.カテドラル(大堂)、17.大堂広場 1622年に建てられた大聖堂で、聖母マリア誕生に捧げられ、 マカオのカトリック教会の中心的役割を担っている。 よく見ると、けっこうグロな雰囲気の噴水である。 中に入ってみた。 キリストが貼り付けになる様子であろうか。 ステンドグラスの装飾がきれいである。 カテドラルの道を挟んで反対側には 18.盧家屋敷 中国広東省出身の商人だった、盧華紹の1889年に建てられた邸宅。 建物はレンガ使いの2階建てで
伝統的な中国式の住居であるが、西洋様式や風水設計も取り入れた芸術性の高いものになっている。 |
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9月15日 その7 バラ広場のすぐそばにはセナド広場にあるのと同じ トルデシリャス条約をあらわした地球儀があった。 海のすぐ向こうは中国である。 ここからバスに乗り 中央郵便局の前で降りる。 道路の反対側が 13:セナド広場 中央に噴水があることから地元の人からは「噴水池」と呼ばれる広場。 波模様をあしらった石畳が敷き詰められ風情がある。 マカオ観光に来た人が必ずといっていいほどここを訪れる。 セナド広場を入って左側にあるピンクの建物の先の角を左に曲がり、50メートルほど歩くと 14:三街会館(関帝廟) 1792年に建てられた関帝を祀る廟。関帝は三国志の英雄で、 マカオでは加護と安定をもたらすとして多くの人が家庭や職場、そしてカジノでも関帝を祀っている。 三街会館からセナド広場に戻り、目の前の白い建物が 15:仁慈堂
白が美しい新古典主義様式の建物。現在は公証役場として使われているが、 もともとは1569年にカルネイロ司教によって設立された仁慈堂の施設である。 仁慈堂とはポルトガルのレオノール女王が1498年に本国で創設した慈善福祉団体 |
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9月15日 その6 港務局ビルを背中に左へずっとと進むと 11&12:媽閣廟があるバラ広場に到着 1488年に建てられたマカオ三大古廟のひとつである。 日本でいう絵馬みたいなものだろうか デジイチを手にした中国人を多数見かけた。 太い線香、ご利益がありそうだ。 大きな蚊取り線香にしか見えない。 ここでの\マークは人民元をあらわしているようだ。 媽閣廟があるバラ岬は、ポルトガル人が最初に植民を行った場所と信じられていて、 「媽閣」の広東語読みがマカオの名前の由来になったとされている。 中国人はこのような観光バスで大挙訪れる。 バスが足らなくて、左ハンドル車も使用されている。
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