真中立志伝(完結)

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大月「驚いた まさか競輪学校26期に合格するなんてな」

奴間河 伊沢「なかなかやるな…」

裕造「あとは学校卒業して稼ぐだけだ」

裕造「俺の今までの人生は会社倒産の連続だった…だが競輪なら潰れない なんてったってオリンピックにお金を出すほどもうかってる事業だからな…さあ あとは脚を鍛えて稼ぐだけだあああああああああああああああああああああああああああああああ」

裕造はのちにG1タイトルを二つ取る大選手となる

そして大勢のプロを育成することになる

彼の娘 美希の夫でマキの父 真樹夫もその一人である

そして最後の弟子 柄本美馬はグランプリを制覇する大選手となった

2017年

裕造「いろいろあったが俺の人生も捨てたもんじゃねえな 弟子たちも活躍するし真樹夫も一流の選手になった まあ金銭的に問題がある一面もあるが妻 美希がしっかりしてるからな 真樹夫も今じゃ山を切り開きペンションを作ったり頑張ってるみたいだからな」

麗子「良い人生でしたね いろいろ仕事に困った時代もありましたけどね…」

裕造「これからの若い奴らの指導は頼んだぜ 真樹夫!!」

若い頃仕事に躓いてももがけば道は開く

若者よ 簡単に絶望するなかれ!!

真中立志伝 終わり




奴間川「班長 もちますかね?」

伊沢「どうでしょうかね 班長」

大月「ククク もつまい 今は昭和元禄と呼ばれる好景気の時代…ハングリーな若者などおるまいて ましてや家族持ちだ 安楽に稼げる日雇労働や工場労働に流れるのがオチ 無収入な練習など耐えられまい」

その頃

麗子「あんた しっかりね 絶対受かるのよ お金は気にしないで 私が何とかする」

裕造「…お前は何であの大月とかいう選手を知っていたんだ?」

麗子「あんたが選手になりたいって言っていたから情報を地元の知り合いの競輪場の従業員から聞いておいたのよ お金は大丈夫♪ あんたが稼いでくれたお金 だいぶ貯金しておいたのよ さあ このお金が尽きる前に学校合格 頼むわよ」

美希「ぱぱ がんばって」

裕造「俺に任せろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」




1966年 秋 裕造一家3人は群馬に帰ってきた

そして群馬の競輪選手と会うことに

麗子「この人よ」

太郎「わしが大月太郎だ 皆の衆からは班長と呼ばれておる」

彼の名は大月太郎(群馬 前 A級1班) 彼は競輪学校創立前からの選手で弟子たちからは班長と呼ばれている人材育成の名人である

ファンからは4 5 6月に圧倒的な強さを見せる彼を456祭(シゴロさい)の男と呼ばれていた

弟子には 奴間河(ぬまかわ 群馬 2期 A級3班) 伊沢(いさわ 群馬 5期 B級1班)らがいた

裕造「弟子にしてください 競輪学校に受かり プロとなり稼ぎたいです」

大月「わかる その気持ちはわかる だが競輪学校に受かることができるのは24歳までだ 君は昭和20年の生まれだろう 今は昭和42 西暦でいうところの1966年 タイムリミットは少ない 1968年度の試験に受からねば選手にはなれぬ…そして簡単に受かるほど甘い試験ではない どうだ やれるか?」

裕造「やります」

大月「くくく(どれだけもつか)」




1966年 東京の某建築現場

労働者「やっぱり競輪はもうからねえなあ またすっちまった…」

労働者「でも選手は稼げるんだろ なんてったって日の丸親方だからな」

労働者「まあな…俺も若かったらなあ」

裕造「…競輪選手…どうやってなるんだ?」

労働者「そんなことも知らねえんか?」

裕造「競輪学校? そこに受かればいいんだな」

だが…

裕造「ってったって…どうすりゃいいんだ 俺自転車競技なんて知らねえよ」

麗子「あんた 競輪選手になりたいんでしょ? だったらあんたの地元 群馬に帰るのが一番よ」

裕造「…なんでだよ?」

麗子「群馬で有名な選手がいるらしいのよ」


その後 裕造は東京で職を転々とした

彼は不運であった

時は1964年 東京オリンピックの年を迎えていた

裕造「…ラーメン屋 うどん屋 旋盤工 石鹸工場 全部つぶれやがった…」

麗子「あんた…しっかりしなさいよ 仕事がつぶれても今は仕事がたくさんあるじゃない それにあたし…子供が出来たのよ」

裕造「…本当か?」

麗子「ええそうよ…」

裕造は2年前にうどん屋で知り合った江川麗子(22)と同棲中であった

裕造「だったらグダグダやってる暇はねえな 稼ぐためなら何でもしねえとな」

その後 裕造は建築現場で日雇労働に汗した 東京オリンピックを控え 建築業の仕事が増えていた

裕造「とにかく稼がねえとな 体力なら負けねえ 日雇いなら会社が潰れてもほかのところで斡旋がある 東京オリンピックがあるし今なら仕事は途切れねえ」

裕造は稼ぎまくった 家族のために

1965年 一人娘 美希が生まれた のちの真樹夫の妻である

この年 裕造は麗子と入籍をした 結婚式を挙げるのは競輪選手となった後のことである


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