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春が近づき、心がはずむ季節になった。
だが、80才を過ぎた老人は、桜より一足早く落ちている。
体力・気力が劣化し、脳葉が落ちている。
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頭の中にある記憶は、一つひとつの葉と想像すればいい。
小さいころから学習をつづけ、身につけた記憶葉は、
つもり重なり樹木となっていたが、それが、やがて、
色あせて落葉しているのである。
青春は過ぎ、黄夏を過ぎ、赤秋期を迎えている。
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さて、わすれものが多くなったとぼやく老人だが、
人の名前、曜日などどうでもいいのである。
人が後世、作為したものは、本来不要なのであり
思い出そうにも、葉が落ちてしまっているのでどうしようもない。
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では、必要なものは何か。
その鍵をにぎるのが保子(ミトコンドリア)(ほし)である。
保子は、我々の体内に潜んで、体を心を支配している超微生物で
ヒトとは、別の生き物デアル。
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温暖期に発生した生物だから、のんきで怠け者。
彼らの好物は、四十度Cと 酸素。
(地位も名誉も宝石もいらない。)
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寒い冬は耐え切れず、我々の体内にて暖をとり、
おとなしくしていた保子だが、春、暖かくなって動き出す。
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_____ 保子は、膜に覆われた細胞の中に、たくさん同居し、
_____体内には、細胞数 X 数千?個あるといわれている。
_____総重量は、ヒトの体重の三分の一あるそうである。
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まあ、我々、老人からすれば、小さな小さな保子を
たくさんの孫たちを囲っているようなものである。
「老いては、保子に従え」
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保子を大事にして、保子のつぶやき(心の声) を素直に聞き、
悩まず、のんきにくらすのが長生きのコツのようである。
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さて、保子の好物の四十度を満たしてあげるには、どうするか。
こたつに入るのもいいが、一番は入浴である。
老人が、毎日、入浴しても飽きない。
何事にもやる気の失せた老人が、入浴だけは欠かさず、
「風呂が一番だな」とつぶやくのは、実は、保子に従っている故なのである。
by 大原吉人
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悩み止め
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心がある限り、悩みはつきない。
仏教によれば、煩悩は百八つあるという。
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しかし、悩み尽きない状態は、ぜひとも回避したいと強く願う。
高齢になって、少しは解脱できるかとおもいきや、
新たな悩みが次々に湧き上がり、困っている。
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ただし、過去に解決した悩みはあることはあるので
今後、しばらく、折々に綴っていく。
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もし、この記事を読んだどなたかが、疑問に思ったり、悩んでいたりしたら
コメント欄に記入していただくとよいと思う。
答えられるものがあれば順次回答していきます。大原吉人
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言葉の解釈を誤るのは悩みの元である。
神とGODは本質的には違う
特に本件の場合は、誰かが誤って日本語訳したのがそのまま現存していて
争いの元にもなるので注意しましょう。
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さて、日本語でいう神は、日本古来のものであって、
英語のGODとは違う。いわんや仏陀とも違うのはご承知だろう。
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キリストや仏陀が神かどうかもめることがあったなら、
「神とGODとは同一でないよ」と答えるがいい。
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外国人に対しては、「KAMI」と呼んでください、と言おう!
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それでは、日本語における神とは何か?
その定義がはっきりすれば悩みは止まる。
定義------神とは「未知なる畏敬物」-----である。
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例1<太陽が未知だったころは、天照大神だった。が、今では太陽と言う。
例2<自然の恐ろしさに慄いていたころは、山の神、海の神、火の神がいた。
しかし、いまでは、神とは言わず、純然たる山であり、海である。
そして、地球の一部であることが分かっている。
例3<キリストも仏陀も実在した人物である。未知ではない。
より近い日本語訳は、「導師」だろう。
神父および神主は、その従者・使者であろう。
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< 一歩深く >
人体に例えれば、太陽は心臓だ。エネルギーを放出しつづけている。
しからば、我々に指令を出す脳は、太陽のずっと奥にある。
それは、何か分からず、未知なるがゆえに神が
天の神がそこにいる。
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