そら日記

踏ん張るしかない!殴り書きのため誤字・脱字注意^^;

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暴露本?(3)

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 人よ 心よ 蘇れ 「幻の法師」
             ・・・そう呼ばれ続けた人がいた
         
   陳 志摩(著書)1999年9月19日発行
         (株)キャンパス・シネマ発行元

   ・・・・・・上記より抜粋・・・・・

大師様より

『今後21世紀「人よ心よ蘇れ」の本の再出版の予定はありません。

皆様期待されているでしょうけれど、

「もし、私の命が有り、生涯の本として書き残したい事が有れば・・・・。
   と思えば出版予定は、出来るかもしれません?。」という気持ちです。
       「幻の本」として御理解下さい。
  申し訳ありません。ありがとうございました。』


との事です。


三論宗 護顕院法永(陳 志摩)日本再興後援会オフィシャルブログ
     http://ameblo.jp/hasumi2012/


   
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第五章 三論宗の教え

■日本人が知らないアジアで孤立する本当の理由

「そんなことはない。
     日本は立派な仏教国ではないか。むしろ師国というべきであろう。
                    現に世界仏教界議は日本で開かれている」

と反論する向きもあるに違いない。
しかしそういっては何だか、それはお金の力である。
そうでなければ、アジアの僧侶に日本に自費でも行きたいというほどの何があろう。

飛鳥時代に仏教が伝来し最初に飛鳥寺ができたが、飛鳥寺さえ再興されていない事実は、
大乗仏教の歴史の連続性を日本が断ったことにほかならないではないか、とアジア各国はみている。

少々耳の痛い話をさせてもらう。

大正時代に日本では天皇家を守るためにお寺を神社にした。
いわば仏教から神道という新宗教に国是として切り替えたのである。

神道の菊の紋章は元を正せば三論宗のもので、それは先に述べたように第二師国の中国から
伝来した仏教のものであって神道の紋章ではない。

だから菊の紋十五枚をもった神社が仏事をやるおかしなことになってしまった。
さらにお寺はそれを黙って見過ごしたから、よけいおかしなことになった。
歴史がゆがんでしまったのだ。

また、これまでにも述べてたが、日本は先の大戦中にアジアから仏教芸術の数々を奪ってきた。
国立博物館の地下には、これまでの戦略品が数多く保管してある。
おそらく日本軍属が持ってきたものを家宝にしている家庭が、今もたくさんあるはずである。

これをいまから返せといっても時間が経ちすぎており、所有権などの問題もあって難しい。

だから、そのためには飛鳥寺を建立し、アジアから収奪した仏像など仏教など宗教芸術を
期間限定で展示した後に模写、模造品を保存し、本物は韓国、台湾、中国、フィリピン、
ベトナム、カンボジア、ミヤンマーなどに返すべきだ。

これを実現しなくて何の平和を祈願する僧侶であろうか。

仮に日本の僧侶ができないとすれば、できるのは三論宗の僧侶をおいてほかにない。

アジアで日本が兄弟国と認めてもらうには、この方法しかない。
日本の演歌やポップスなどが韓国や中国、台湾、マレーシアなどの国々で歌われているから
日本が認められたと喜んでいるようでは、歴史がまったくわかっていない。

日本の高校生などの若者が平和教育とやらの名の元にアジアの師国に行って”謝罪修学旅行”
をしても本当の文化交流にはならない。

彼らに何の罪があろう。
行くべきは日本の僧侶たちである。

第一の師国、韓国や第二の師国、中国、第三の師国、インドに行って頭を下げてこそ、
仏教の僧侶だと胸をはれると思うのだが、いかがなものか。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




私達の知らない歴史の真実が仏教の世界にもあったのだ。
確かに信仰に対しての考えや重要さは、アジア各国の人々との温度差があるのも分かるだけに
無宗教の国といわれても仕方ないとも思う。


私が渡米していて思ったことは、移民している殆どの人々が教会に行くか、
日本人街にある寺でのイベントや信仰が熱心であったことに驚いた。

周りのアメリカの人々に感化されているのかも知れないが、
日本にいる日本人よりも何等かの信仰をし熱心であるには違いない。
そして日本にいる日本人よりも日本にプライドと誇りを持ち日本人らしかった。


だから、アジアの僧侶の心の内は私たちが考える以上に深刻で切実なのも想像できる。
三論宗がどうとかの小さな問題ではなく、
日本はアジアの国々にもう少し誠意を見せるべきだと感じた。

言葉や文化の違いなどはあるに決まってはいるが、人の道はどこの国でも同じで理解できると思う。
心が通じなければ仲良くはなれないのだ。

この方はハーフであるから生みの親が韓国で、育ての親が日本であるから
本当に仲良くしてほしいのだろう。
だからハッキリもの申し、心配しているのだろう。

私はパソコンで、この方を調べたが本の後ろのHPも出てこず、
本を出版しているにも関わらず検索しても本のサイトしか出てこないのである。


師との約束を守れなかったので師の予言どおり2000年8月13日に亡くなられたのか・・・。
(師はこの方に65才まで施術と世にでることをするなといわれていたらしい。
            そして自分の死をも予言どおりの日に亡くなられたらしい)
65才まで世に出るとこを止めたのか・・・(計算すると現在ご存命であれば60才である)




どういう形であれ、この本に書かれていることはショックであったには違いない。

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よ、夜みたいけど睡魔が・・・
楽しみにあとで読ませていただきす!!

2007/8/15(水) 午前 4:03 [ あぉちゃ ] 返信する

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宗教と聞いて真っ先に思い浮かべるのは「宗教戦争」です。
だから、一つの宗教にハマるのはあまり気が進みませんでした。
でもこのお話だと、宗教という物を一つの手段として用いて、アジアと日本が仲良くする事が必要だという感じです。
確かに日本人=アジア人、という感覚って少ないですね。
長い事大陸との国交が途絶えていたので余計にそういう感覚なのでしょうが、間違いなく日本はアジアの中の一つです。
アメリカに大金を貢いで御機嫌取りをするよりも前に、もっと平和的な考えでアジアとの絆を取り戻すべきですよね。 削除

2007/8/15(水) 午後 2:19 [ あゆ ] 返信する

正直、宗教は全然と言っていいほど知りません。。
暴露本?2に書かれていたお釈迦様が誕生して2543年・・という事すら知りませんでした。
確かによその国の方の方が信仰に熱心ですよね。。
これっ!!ていうイメージが強いです。
それに比べて日本はこれっ!!て言うものがないですよね。。

2007/8/15(水) 午後 11:12 [ あぉちゃ ] 返信する

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あゆさん

私いつも思うのですが、どの宗教も元を正せば真理は同じだと思うのです。
ただ班長(リーダー)が違うだけで・・・。
人を精神的、肉体的(免疫力)を高めたり、助けたりするのが本来の宗教だと思うのですが、、。
悩みのタネや争いのタネになるの自体がオカシイと感じています。
表現の違いはあるにせよ、それにメクジラ立てる宗教の上層部がオカシイのですよ、まして戦争なんて下の下!
一般の人はそれに惑わされ振り回されているだけだと感じています。
だから私達は客観的な目と判断が必要なのだと思います。

2007/8/16(木) 午前 0:58 りんあん 返信する

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あぉちゃさん

確かに何かを信仰するほうが良いとはいいませんが、
宗教を知るのも自分の成長の上で必要だと思いますよ。
大昔から或るのですから意味があるのですよ。
人間は本来、煩悩に惑わされやすく不幸に陥りやすい・・・
精神世界なら哲学を勉強すればいいのでしょうが、
それよりも近道は色んな宗教を学ぶことが幸せに過ごせている人が多いと感じているのですが・・・、違うかなぁ〜

2007/8/16(木) 午前 1:06 りんあん 返信する

そうですね。。
何か絶対意味があるのだと思います!

そして人は何かあると宗教に頼っている気がします。

どの宗教がいいなんてことは分かりませんが
キリスト・仏教・・いろいろな宗教のいろいろないいところを
胸に刻んで行けたら・・贅沢ですか?www

2007/8/16(木) 午前 5:33 [ あぉちゃ ] 返信する

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とどのつまり、宗教とは自分を見つめ直すためにある物、そして人を助けるためにある物ですね。
宗教をお金集めの目的に使う事は絶対に間違ってます。

神様も、仏様も、天使も、元は大いなる一つ。
その人によって、分かりやすい物を選んでいるだけって事ですね。
どの宗教の人もそれを理解して、お互いを認め合えれば仲良くなれるのに、と思います。 削除

2007/8/16(木) 午前 10:50 [ あゆ ] 返信する

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あぉちゃさん

そうですよ、突き詰めると同じようなことを唱えているのですから
自分の受け入れやすい言葉や表現を受け入れればいいと思います。
私はキリストも好きですよ^^

2007/8/16(木) 午後 2:23 りんあん 返信する

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あゆさん

本当ですね〜
拘るうちに対立や争いが始まってしまうんですよね。
今日の新聞に文化人類学者の上田紀行さんという方がダライ・ラマ法王と5時間をもの対論をしたり、日本仏教の復興に尽力されているらしいですが記事の中に「日本仏教はよく”葬式仏教”と批判され、実際、人々の苦しみに向き合わない僧侶も多い。しかし、中には終末期医療に関わるなど、立派な活動をしている人もいる。仏教の大きな可能性が生かされなのは、あまりにももったいない」そしてダライ・ラマ法王は「慈悲から生じる怒りは有益」だとして、時代の苦悩に向き合うことや怒りの意義を強調したと記載されていました。

2007/8/16(木) 午後 2:38 りんあん 返信する

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