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ニューヨークはこのところ、朝、昼、晩の気温差が激しく、うっかり窓を開けて 寝てしまった結果、朝、起きると風邪をひいておりました・・・。 お陰で、ちょっと体力がもちそうにないので、本日、久しぶりに「ヤギミルク石けん NY支部長さん」として、今まで使った中でダントツで、そして、今後これを上回る ヤギミルク石けんに出会えるのだろうか?っと、本気で思った「極上のヤギミルク 石けん」をリポートする予定でございましたが、が、これは体力が回復次第、 UPさせて頂きますです・・・。 クッシュン! ・・っ咳。 さてさて、久しぶりに日本にいる姉から父の近況のメールが届きました〜 (^_^) 「先週の水曜日にお父さんが病院を変わりました」 実はですね、父の救命から緊急病院での処置など事故が起こった初めから 父の担当をしてくださって、主治医をして手術もしてくれた医師が姉の住む 千葉県のとある病院、しかもその病院は姉の家より自転車で(かっ飛ばすと) 10分、車で5分のところに週1回バイトで行ってらっしゃることが判明! しかも、その病院はリハビリにかなり力を入れている病院なんです (^_^) まさに父にとってうってつけの病院!! それは実は早くから判明していたのですが、元々、父がこんなに早く車椅子、 いや、車椅子に乗れるような体になれるとは誰も思っていなく、 将来的に少しでも回復してくれたら考えましょう〜ってな、希望的観測でした。 もうこれは、父が事故に合うのが運命で決定されていて、そしてその病院に 運ばれたのもまさに運命のような感じに思えます。 「お父さんの全部の事情を知っていて、お父さんが信頼している医師に継続して 診てもらえるしリハビリも良いと言うので変えました」 事故にあったのは不幸な出来事だったけど、事故後はまるで父に合わせたかの ような・・ そんな気がしてなりません。 なかなか「信頼している医師」に巡り合わないと思えるし、また継続してその 「信頼している医師」に診てもらえる患者さんもいないのでは?とも思えます。 「転院してからは毎日、孫達は時間さえあれば顔を出してます。 で、病院食はまずくて食べれないと言うお父さんの代わりに食べてあげてます」 本当に頼もしく、優しい私の甥っ子たちに感謝して涙&笑いがでました (^_^) 「今までは天井ばかり見つめる日々だったのにリハビリが始まり、行動範囲が 広がってます。父が楽しそうにしています。」 うん!うん♪ 「孫達と釣りに行っていた道沿いに病院があるので早く子供達と釣りに行きたいなぁ〜 をまずは目標にしています。 環境の変化と孫達の影響で前の病院にいる時と顔付きも意欲も違ってきました やっぱり孫はすごいねぇ〜」 いやいや、父の方がすごいぞ〜 (^_^) どんな環境に置かれてもめげずに前向きに生きる私の父が私の誇りに思える! そんなことを確認させてくれるメールに涙をしました。 これからも父に優しい風が吹いてくれますように・・・。
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昨日、晴れ。今日、雨。そして・・
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実は私のパスポートの有効期限が5月30日までで、それまでに更新すると、 ニューヨーク総領事館に在留届を出しているので、戸籍謄本又は戸籍抄本は 必要が無いのですが、万が一にでも1日にでもそれを過ぎると、再度、日本より 戸籍謄本又は戸籍抄本を取り寄せねばいけない事になってしまいます。 で、必死に探していたのですが、何故かパスポートは見つからず・・ そう言えば、最後にパスポートを手にした時にしまう際、 「絶対にここなら失くさない!ここなら泥棒が入っても絶対に取られない!」 っと、意気込んでしまった場所をすっかりと忘れている私・・。 うおぉ〜! うおおぉ〜! うぉぉおお! (涙) ヤバイ!これはヤバイぞよ!このままでは戸籍謄本か戸籍抄本を家族に頼んで 区役所に行ってもらって送ってもらわにゃ〜だよ! 父の事故で手一杯の家族に迷惑をかけることになる!かけたくない!! ああぁ・・ 古い記憶を呼び起こし、なんとか「ここだ!」っという場所を必死に捜索。 が、しかし、無かった!意気消沈し、ふっと、 「ここには絶対に無いだろう〜」 っと、絶対に無いはずの場所を探すと・・・
↑ ありやがったではないか!!
そうね。そういう場所だからこそ、そこに隠していたんだっけ・・・。自分のあまりのおバカさんぶりに悲しい笑いを止めようがなかったです。 お陰さまで家族に迷惑をかけることなく、明日か明後日には更新に ニューヨーク総領事館まで行ってこようと思ってます (^_^) さてさて、今朝、姉より10日ぶりに「父」の容態のお知らせメールが届きました♪ 「手術から10日たって今日やっと抜糸しました(^_^) 糸の所がつって痛かったから抜糸して楽になったって言ってます。 毎日、看護師に車椅子に移してもらっているんだけど1週間前は目眩が して30分も座っていられなかったの。今日はだいぶ座っていられて孫達が 車椅子を押して外に散歩したりしていました(^_^) 」 父は転落の際に顔面から地面に叩きつけられたそうです。 その際に頸椎(首)の一部と胸椎の何カ所かは骨折をし、脊髄を損傷したため 首からしたの感覚が無くなり、医師により、今後は寝たきりに生活になる と言われ、車椅子でさえ乗れるようになるのは難しいとも言われました。 そんな父ですが、事故発生より1ヶ月、車椅子に乗れるようになったのです! 父のこの奇跡への一歩に家族全員が 「今日から、ここから」 ゆっくりとどんなに時間をかけてもいい!進んでいきたいと思ってます。 私は遠く離れていて、父の側にはいないけど、せめて、心だけは父に寄り添いたい と、毎朝、毎晩、父の顔を思い浮かべては、父の側にいる気分になっています。 余談ですが、父の事故の際にまず初めに文字通り「ぶっ倒れた」のは
他ならぬ、私の甥っ子、つまり父の3人の孫達でした。 |
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事故が起きてからの家族や私の葛藤などは後日、また書かせて頂きますが、 現在、父は不屈の気力で8時間に及ぶ、背骨を固定する手術をする受け、 リハビリに向かって頑張っています。 実は手術をせず、回復を待ってリハビリを開始するオプションもあったのですが、 当の本人の父が 「先生!とっとと手術しちゃってください!早くリハビリを開始したい!」 っと、強く望んだためです。 なんだかんだと、あきらめムードだった私たち家族はその父の「強さ」に 驚くばかりです。普段は無口で温厚で穏やかな人なのに、どこにこんな強さが あったのか・・っと、本当に驚くばかりです。 父が言ったそうです。 「奇跡って言葉は過去に奇跡があったからその言葉ができたんだ! 俺も奇跡を起こす!!」 手術を受けたあと、目を覚まして言った言葉が 「お前ら、(終わるの待ってて)疲れたろ?早く帰ってゆっくり休め!」 こんな父にいつの日か「奇跡」が起こることを信じる毎日な現在です。
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大変ご無沙汰いたしました。。。申し訳ありません。 実は大家との争いの後、「神経性不安症」なるものになってしまい、季節も さっむいさっむい冬だった&大家の経費削減のためヒーターがあんまり効かない アパートなため、ヒーターを購入・・・そこから離れなれない体に なってしまい〜の。。。で、あれよあれよと時が経ち、「よっしゃ!」っと、立ち上がったら立ち上がったで、なんと!急性外耳炎で突然、右耳が聞こえなくなってしまい、 えれ〜めにあってました。 なんとか、治療の甲斐・・いや、治療費をかけた甲斐もあり、どうにか耳も治り、 ようやく、ほとんどのやるべき事をこなし、「さぁ〜てっ!」っと、ブログ更新に やる気をだしたその日でした・・。 仕事を終え、帰宅をし、いつものようにメールをチェックすると、日本の千葉県市原市 にいる姉から「緊急連絡!!」という題名のメールが届いておりました。 「何事??」 メールを開けると、以下の様なメールの内容でした。 「お父さんが2階の窓から落ちて脊髄損傷で今、集中治療室です。 連絡を受けて慌ててきたけど千葉から遠くて会えないままです(T_T) 聞くところによると意識はあるけど胸から下が痺れて動かない状態みたいです。 運ばれてから何時間もたつのに何もわからず・・・手術をするかも…とか・・・ また何かあって説明を受けたら連絡しますが病院内は携帯禁止で電源を切っている のですぐには伝える事が出来ないかもしれません(-_-」 「!!!」 冗談か?いや、冗談にしては・・・。 何度も何度もメールを読み返し、全身が振るえ、頭が真っ白になりました。 やっと、「詳しい状況を教えてください」とメールに返信をして、 今、読んだメールが本当ではないことを、現実でないことを祈りながら待つこと しばし・・・。 まんじりともいかない、どうにも何も考えられない時間が過ぎた時に姉より 「頸椎(首)の一部と胸椎の何カ所かは骨折をしていますって。何とか弱いながらも 手は動かせるけど胸から下は麻痺していて触ってもわからない。 前から落ちてお腹も打っているから内蔵出血の可能性があるって。本人はお腹の方も 感覚がないからこの先どこまで回復するかわからないしオムツの生活になりそう です(><)」 と、返信がきました。 私たち家族の「普通の生活」が壊れた日でした。 それから1ヶ月が経ちます。色々とありました。そのことも含めて、 そしてそれ以前に起こった事なども、これからまた皆さんに伝えたいと思います。 ゆっくりとですが、伝えようと思います。 どうか、皆さん、これからも宜しくお願いします。 心配かけてごめんなさい。
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