ウェイトレスは見た!聞いた!そして思った!IN NEW YORK

ニューヨークで人生をサバイブするサバイバーの生活記録♪自称「NYの写真撮り逃げ王」は今日もデジカメを持ち、観光客のフリして逃走!

大好きなお馬さんのお話し♪

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この書庫は大好きなお馬さんたちを熱く書きまくる書庫なのだ〜!
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私のお気に入りの馬のTop10に必ず入る
稀代のおもしろ馬「ダイタクヘリオス」を紹介しちゃいます。

血統がものを言う競走馬の世界で彼はそれほど良い血統に
生まれませんでした。

ですから、普通なら新馬戦で戦った後に休ませるところを
「消耗品」扱いでなんと3回連続参戦させられました。

そして、3回目に彼はプッチンと切れた!

切れて切れまくった彼は騎手の言うことを全くきかずに
「うがー」っとそのまま制御不可能でゴールを走りぬけ
見事に1着。

そこから彼の「マイル王」の道が始まりました。

彼のすごいところは、みんなが支持を一位にすると着に
入らず、逆にみんなの支持を落とすと見事、一着に輝いたところ!
そんなことを彼は競走馬生活を引退するまで繰り返した。

そして、パドックで暴れれば暴れるほど強く、逆に
パドックでおとなしい時は全くダメという、みんなの
常識をくつがえしたのもまた彼。

パドックで暴れるのを入れ込むといい、普通、この時点で
体力を消耗しているはずなのに、暴れれば暴れるほど彼は強かった!

しかも、走る時に「がーー」って大きく口を開けて走るんです。

で、この口をパックリ開いたまま、負ける時はまるで笑っている
かのような感じで口を開けたまま馬群に沈んでいき、そして舌をぺロッと
出しながら一着のゴールを駆け抜けた時もある!

彼はカメラの位置を知っていたとの噂もあり、
カメラ目線で横を向きながら走ったらしい。

そんな彼の口を開ける癖をどうにかしようと考えた関係者によって
口をグルグルと縛られたままレースをした。

レース前の追い切りの時に暴走した挙句に疲れて最後は
テクテクと歩いてしまったこともある。

どういう馬じゃ?

彼の調教師だった方は彼を

「最後までよくわからない馬」と評し

彼の主戦騎手だった方は彼が引退するときに

「引退と聞いてホッとした」とコメント

しかし、この彼こと「ダイタクヘリオス」は間違いなく日本レコードも
だしたことのあるG1をとった名馬の一頭。
そして、日本が世界に誇れる「おもしろいG1馬」 (^_^)

彼のファンの人たちは彼を「名マイラー」と呼ばず「迷マイラー」と呼ぶ!

彼はG1のマイルチャンピオンシップを連覇している「名馬」の
一頭です。念のため・・・。

詳しい彼の「馬生」をもっと知りたい方は

「サラブレット列伝」

http://www.retsuden.com/

こちらの「ダウタクヘリオス列伝」でじっくりと読んでくださいませ!

愛読書は「優駿」

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恐らく、ニューヨークで「優駿」を定期購読、しかも
エアー(航空便)で取り寄せて愛読しているのは私だけでは
ないでしょうかぁ〜?

実は私は部類のお馬さん好きです (^_^)

しかし、馬券を買ったことも、ましてOTB(アメリカの場外馬券売り場)
に行った事はありません!!

私が好きなのは馬が生まれて、そして歩んできた道を
知ること!

つまり、彼らの人生、いや、「馬生」を辿るのが大好きなんです。

なんでかなぁ〜って考えたた時に浮かんできたのが、
母方の我が一族のこと。

母方の一族は実は現在のロシア・サハリンで馬に携わる商売で
財を成し、そして戦争で全て無くして一族で日本に引き揚げてきた
過去があり、そんな因縁で私も馬が好きなのかもしてません。

ちなみに、かなり金持ちだったらしく、北海道の稚内にある、
サハリン記念館に当時、母が住んでいた大豪邸の写真が
展示されて、稚内にいる親戚の家に遊びに行った際には
その写真を見せられて、「げーーーーっ!」っと幼心に
思ったくらい、大豪邸でした・・・。

かーちゃん、召使さんがいたって嘘じゃなかったのねーって
感じです。今ではただの「ババタリアン」・・・あっ!失言です。

で、話は戻りますが、こんな私のお陰で、「馬」が好きになって
しまった友人も何名かいる位なのです。

「この馬はあーだ」「この馬はこーだ!」
と熱く語る私に耳を貸しているうちに引き込まれた人たち・・・。

この書庫ではそんな私のお気に入りの馬さん達を今後、
ぞくぞくと登場させたいと思います。

興味がある方も無い方もどうぞ読んでいただけると幸いです。

私が海外にでた理由

よく人に「何人兄弟?」とか聞かれて、「3人姉妹」っと
答えると、「あ〜、もしかして2番目?」っと言われる。

何故かは知らないけど、3人兄弟で2番目が一番、兄弟、姉妹の
なかで変わっているとか、2番目が一番、海外とかに出て行って
しまうと言うのだ。
どこの誰が言い出したのか? 誰かが統計だしたのか?疑問に思うが、
ほとんどの人がこう言うのは何故でしょう?

ま、それはともかく、はい。その通りで、私は3人姉妹の真ん中、
2番目に生まれ、幼い時は両親に「サンドちゃん」と呼ばれておりました。

「サンドちゃん」、つまり、上(姉)と下(妹)にはさまれて、
サンドイッチされてる〜!から「サンドちゃん」です。

このサンドちゃん=私は以下の理由で海外に出てしまいました。

新御三家がブームの時に姉は「西城秀樹」、妹が「郷ひろみ」
が好きだと宣言。残った私は無理やり「野口吾郎」のファンにさせられた。

ピンク・レディーが国民を熱狂させていた時に、姉は「ミー」妹は「ケイ」、
そして私はその歌って踊りまくる姉妹たちの前に正座をして、
「ミーちゃ〜ん!」「ケイちゃ〜ん!」と声援を送るのが私。
私もケイちゃん、したかった・・・(涙)

妹に借りた100円がいつの間にか利子がついて、1000円に
なっていた。

プロレスが流行っていた時に、それぞれ、得意な技かけをしあうようなり、
ウェスタン・ライアットが得意だ!っと言ったばかりに、
姉と妹の4の字固めやコブラ・ツイストなどの足技の練習に使われ、
技をかけられまくった!
ウェスタン・ラリアットはロープの反動がないとできん技です(涙)。

西部警察の最終回を見ていた時に「夕飯だよ〜、下に降りておいで〜」
っと言われたが、降りて行かなかった。
感動と涙で下に降りていくと、すきやきに白菜だけしか残ってなかった!
・・・・そして、母から「弱肉強食」という言葉があると学んだ。

「たのきんトリオ」が流行った時に「誰が好き?」っと聞かれ、
姉が「としちゃん」妹が「マッチ」と即効、答え、その瞬間から
「よっちゃん」のファンに無理やりされた!

etc...etc....etc...(他にも多数あるが、思い出したら
またぶちまけたいです)

いつしか、私のテーマ・ソングは父がよく見ていた番組の

「し〜らない街を旅してみたぁ〜い、どぉ〜こか、遠くに
行きたぁ〜い」になった。

そうして、私は日本をでて、本当に海外に旅立ったのでした・・・。

小さい頃、そう、小学生の頃、私は自殺をしたくてしたくてたまらない
自殺願望をもっておりました。

きれいな姉に可愛い妹。もう、劣等感いっぱいの毎日でした。

そんな私は日々、その思いを日記に記し、自殺できない自分の
勇気のなさに悲しみと嘆きを綴り続けてました。

ある日の事、いつものように日記を開くとそこには
赤文字で母から
「バカなことは考えるのはよしましょ〜。生きていればいつか良いこと
あるかもよ。がんばれ!がんばれ!」っと書き込まれ、
更に漢字の添削をされてました。

それ以来、日記はつけなくなり、何故か自殺する気もなくなり
今に至るのですが、今だから言うけど、おかーちゃん、

「人の日記に返事を書くな!!!」

でも、そんなおかーちゃんのお陰で今、生きているのか?私?

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