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カテゴリー:政治・経済・法律コラム【16】
近年あまりにもやお笑い番組やバラエティーの比率が高い。しかもどのチャンネルも同じタレントが出演しており、愚にもつかない私的な会話で笑わそうとする内容ばかりが目立つ。また、悪口や相手を貶めることで笑いを取ろうとする手法も氾濫している。公共電波の乱用ではないかとさえ思えてくる。
ある情報筋によると、こうした素人風のタレント(若手芸人)を活用し、面白ければ次にまた機会を与えると言う。ある意味、実験場であり使い捨てタレントで番組制作費を安くまかなっているとも言える。深夜番組は、この傾向がもっと強く、民放各局の特色などまったく感じられないほど。
また、報道、討論番組、ニュースも以前に比べると視聴率のみを狙ったワイドショー的なものが多くなっている。なぜ杉村太蔵氏や刺客の新人議員ばかりを追いかけるのか頭をひねってしまう。太蔵氏や他の新人議員の追っかけ取材も、議員としての政策、立場、抱負、政治理念、外交姿勢を聞こうとするものではなく、無知ゆえの素人発言や発想の貧弱な面白い発言を引き出そうという思惑が透けて見える。
自民党にとってもこうした新人議員の露出度が高まれば、党全体の支持率や人気が上がりプラスと考えているのだろう。1日に1回は真面目なニュースや考えさせられる報道番組があってもいいのではないだろうか。
テレビ局は報道、言論機関でもあり娯楽番組、スポーツを放送するのみの機関ではないはず。社会的、公共的な責任と使命を担っているからこそテレビ局が免許制になっているのでは。
そこで、番組のクオリティー(質)を問う「視聴質」という新しい物差しを作ったらどうだろうか。視聴率が多少悪くても、視聴質がよければ番組の存在感を保てる。視聴者の支持を集めて、放送内容も向上するのではないだろうか。
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