★(社会教育家) 大熊良樹講師の指導記録 (宝蔵神社の日々) ★

▼「唯神實相哲学」に基く指導の記録。平成22年3月31日〜平成23年3月「東日本大震災」までの記録▼

無題

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あなたの「いのち」は

   神聖受胎である。


  平成23年 3月 吉日


 
 
 
  おはようございます。
      大熊良樹です。
 
  いのち立つ・・という事が
     信仰においては
        重要であると思います。
 
  本物のいのち(実相)が
     今、立つ信仰であります。
 
 
 なまくらな信仰。
  誤魔化しの信仰。
    くらましの信仰。
 
それらは、迷いであります。
  本来「ない」ものを
      「幻想」しているのです。
 
 
 ≪覚醒(めざめ)よ!!
    目を覚ますべし。≫
 
    あなたのいのちは、
      神のおんいのちにましまし、
「神聖受胎」で
    ある真実に。
 
 
「宗教とは、 生命が
  生命を生命する事である。
 
 他物によらず生命が
    自立する事なのである。
 
  生命が生命の
    本物になる事である。
 
  然らば生命とな何ぞや。
    生きる命である。
 
 
 命とは何ぞや。
   曰く、自分である。
 
 自分は生きているのである。
 
 
  生きていると云うのは
    神のいのちを頂いている
         と云う事である。
 
   神の神聖
     受胎である。」
    (「静思集」p103谷口雅春先生)
 
 
 私たちの「いのち」は
      神聖受胎
       なのであります。
 
  なんとありがたい
     ことでありましょうか。
 
 この素晴らしい
 ≪真実に立って、≫
   無限のありがたさに立って
     すべてを始めよう
       ではありませんか。
 
    今日も素晴らしい
     一日をお過ごしください。
 

 
奇妙な一致。。このブログの
熱心な読者の方が教えて下さいました。
 
  今月(平成23年3月11日)
      東日本大震災当日
       数時間前の投稿  
 
 
     東日本大震災とは。

2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒(日本時間)、宮城県仙台市の東方70キロの太平洋の海底を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生した。
地震の規模はM  9.0。日本周辺における観測史上最大の地震である。
 
この地震により、場所によっては波高10m以上、最大遡上高40.1mにも上る巨大津波が発生し、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害が発生した。
 
 また、巨大津波以外にも、地震の揺れや液状化現象、地盤沈下、ダムの決壊などによって、北海道南岸から東北を経て東京湾を含む関東南部に至る広大な範囲で被害が発生し、各種ライフラインが寸断された。
 

2013年(平成25年)6月10日時点で、震災による死者・行方不明者は
18,554人、建築物の全壊・半壊は合わせて39万8,649戸が公式に確認されている。震災発生直後のピーク時においては、避難者は40万人以上、停電世帯は800万戸以上、断水世帯は180万戸以上等の数値が報告されている。
 
復興庁によると、避難者等の数は29万8,033人となっている。
 日本政府は震災による直接的な被害額を16兆から25兆円と試算している。この額は、地震災害による経済損失額としては世界史上最大のものである。


 
   御参考
 
   「 人工流産児供養祈願文 」
 
             谷口 雅春 先生
 
  掛巻くも綾に畏き生長の家大神と総括して称言を奉る尽十方無礙請光如来 観世音菩薩 地蔵大菩薩 薬師如来 大国主の大神また死と陰府との鍵をもち給ふイエス大神の御前に畏み畏みも白さく 
 
 近頃 わが国人口過剰にして国土狭きを理由に 折角大神より神聖受胎を受けし婦人達 その受胎せる胎児を人工流産にて流し棄つるもの その数毎年三百万に及ぶといふ 流されし胎児のうちには 既に高級霊にして迷ひなき霊もあれども そのうちの数多き霊は 折角地上に降誕して 現世に定められたる己が使命を完うして 一層高き進化をとぐべき目的にて受胎したるに拘らず 不慮の堕胎の厄に遭ひ つひに已むなくこの世を去るに到る
 
 此等諸霊は 或は無念の想ひに世をのろひ 人を咒ひ 或は悲しみ嘆きて涙の絶えるひまもなく 或は親族縁族にたよりて救はれんとするにより 彼等諸霊の無念の想ひは此世に色々の災厄をひきおこし その悲しみ嘆きの念は水に具象化して洪水 高潮 津波などの水渦となり 
 
 尚胎児として頭据わらず手脚自由ならざるままの姿にて親族縁族その他因縁ある人に頼りよれば小児麻痺の手脚不自由 知能未発達の患者を生ず
  吾ら生長の家の信徒たち この現幽両界の惨事を見るに忍びず ここに「人工流産児供養塔」を建立し この供養塔に日本全国無縁の人工流産児の霊を招霊祭祀し(無縁でない流産児で霊牌に命名されたる場合は この太字のところを 「有縁の人々の浄志により 各々汝たちに戒名を授け 此処宝蔵神社の内殿に霊牌を祭祀し」と書きかえる)大神たちの御教へたる聖経『甘露の法雨』を集団読誦して供養せんとす
 
  これら諸霊の人工流産せしめられたる怨みと悲しみと迷ひとより解脱し 「人間神の子」の実相を自覚し 霊界に於て直ちに自由を得 尚一層の向上の道に精進し得るやう 大神の大慈と大智とを雨ふらして此等諸霊を導き給ひ 過去世によき事あらば称め給ひ 過ちし事あらばゆるしたまひて 速やかに悟りの境地に導き給へと畏み畏みも祈願し奉る
 
 
  谷口清超先生行き詰まりはないを拝読すると・・・
  p168〜p175まで、 「陰極は陽転する」と題して
  洪水や水害の原因を
お説き下さっています。
 

 
   今日も見て戴き
    ありがとうございました。
 
    平成23年3月 吉日
          大熊良樹拝
 


 
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≪ 久遠の今を生きる! !≫


   平成23年 3月 吉日
    
 
  おはようございます。
        大熊良樹です。
 
 
今日から
  私がいつも心に置いてある
 
    谷口雅春先生の言葉を
       紹介して参ります。。。。
 
 
人間は生き通しであるから
  肉体は今日死んでも百年後に
    死んでも大してかわりない。
 
  それよりも、今の生き方に
   悔いのない事が大切である。
 
   悔いのない生活とは、
     一瞬一瞬に
    永遠を生きるという事である。」
 
     (「叡智の断片」p308谷口雅春先生)
 
私の死生観に大きな
   影響を与えたのは・・
      多くの体験でありました。
 
 
その中でも
  「英霊」の生き方
     (江田島で学んだ
       特攻隊の方々の生き方)から
  最も影響を受けましたが。。。。
    (昭和59年。江田島教育長:岡村清三先生
             による江田島教育会館
                 においての特攻隊の遺言説明)
 
 
   生死を越えた生き方
     というのは、「宇治」で
         体感したように思います。
 
 
 今、悩んでいる方。
 
   すっきりしない方。
 
 
  「神の子」を
    「神の最高実現」を
 
 久遠の今を、今、
  生きておらないと・・思う方は、
 
  
 「行けたら 行くのではなく・・」、
    今。今。今。
 今、心に決めて、
   宇治の練成会に
    お越しください。
 
 
 
 切なる思いで
   祈るならば
     必ず来れます。
 
 
 
 『 原点を忘れがちな
  ベテランの
    信仰者にも

  お薦めであります。。。。』

 

 

 


 
  
       今日も見て戴きまして
         ありがとうございます。
 
              大熊 良樹 拝
 
 
 


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幽斎殿にて 「祈り」と「神想観」をさせていただき今年で10年になる。
 一昨年の6月からは、幽斎殿に異動。先導もさせていただき、
   日々「天照大御神様」に祈りをささげる日々・・なんとありがたい事か。
 


 
「本当に・・
 ≪神があらわるれば
     善となり、義となり、
         慈悲となる≫のか!?」
 
 


  平成23年3月 吉日


 
 
 聖経にて
 
 
  神があらわるれば乃ち
   善となり、義となり、慈悲となり
 
   と書かれてあります。
 
 
    更には・・・・・・・
 
 
  ≪調和おのずから備わり、
   一切の生物処を得て
 
   争うものなく、
   相食むものなく、
   病むものなく、
   苦しむものなく、
   乏しきものなし
 
 
 
 と書かれてあるのです。。。。
 
  神が現れば、全て善きように
     「整う」という事であります。
 
 
さて、本当にそう
   なのでありましょうか。
 
 
 その事が、決して
  精神主義でも幻想でもなく、
   また宗教的ロマンチシズム
     でもないのだ・・ということを
 
 その一部(病気に関して)
   ではありますけれど、
 
 
 科学的に
   証明され発表された
     学者さんがおられます。
 
 
 ハーバード大学の
   マクレランド博士です。
 
  昭和53年(1978年)
      のこと・・・・・・
 
  あの神の愛を実践し
    ノーベル平和賞を
      受賞されたマザーテレサ
   愛 あふれる活動や言行の
    映像を流し、その映像を
  見た人の唾液をとって
         唾液免疫グロブリンA
             という物質を調べました。
 
  すると抗体値が上昇。
     「免疫」力が   
    非常に高まっていたそうです。
 
 
  (以後、「愛されている」という思い。
      「愛する」思いを湧かせることで
    同じ効果があることが、わかりました。)
 
 
 これが「マザーテレサ効果」
             であります。
 
 
そればかりではない。
  犯罪心理学者によって、
   マザーテレサの報道番組が
     放送されると報道された
   街においては近年まれな
         犯罪率低下を示した≫
   という事も発表されました。
 
 
 
その後、続々と
  マザーテレサ効果を
   立証する「発表」が続きました。
 
 
 
 
今では、
  「ひとは≪愛≫を
     心から感ずると
       病が軽減する事や、
    消失する事がある。
           というのは、
 
 多くの科学者
   認めうる真実
     なのであります。
 
 
 
神があらわるれば乃ち
      善となり、義となり、
             慈悲となり
 
 調和おのずから備わり、
   一切の生物処を得て
 
   争うものなく、
      相食むものなく、
         病むものなく、
           苦しむものなく、
        乏しきものなし≫の
     一実証でありましょう。
 
 
聖経で次に続くのは、
 
≪神こそ渾ての揮て、
   神は渾てにましまして
     絶対なるが故に、
  
神の外に
    あるものなし。≫
 
  神の外に
   あるものなし・・・
 
  この・・なしという
   言葉が非常に
  重要なのであります。
 
     
≪神は愛なり≫
   でありますから、
 
  神以外「無」であり、
   『非実在』であるなら・・・
 
この世はそのまま
≪天国・極楽≫という
       事になります。
 
 
実際、そうである。。
  と 説いたのが生長の家
    であり、谷口雅春先生
           でありました。
                    あすに続く・・
 


 
 
    今日も見て戴き
       ありがとうございました。
         こころから感謝申し上げます。
 

               大熊 良樹 九拝


 
 

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「不死(しなざる)      
の道を見る」
 
 

   平成23年3月 吉日
   
 
   おはようございます。
      大熊良樹です。
 
 
   托鉢中に、「愚人の100年生きるは
             賢人の1日に及ばない」
 
      という『法句経』の文言を
         見て私は衝撃を受けました・・。
 
 
  それを機会に
    初めて「法句経」を手にして
          真剣に、読ませて
               戴いたのでした。。。
 
 
「法句経」とは、釈迦が説いた
     初期「経典」であります。
 
 
  そこには・・こう
     書かれてありました。
 
 
 
   「 人 もし生きること
        百年ならんとも、」
        (もし人が百年
            生きたとしても。。。)
 
 
   「すべてのものの
     一切いかに生起(おこ)
     いかに亡ぶかを知るなくば
       この生滅の理(ことわり)
     知りて一日生くるにも
            及ばざるなり」
 
 
不死(しなざる)の道を
   見ることなくば
  この不滅の道を見る人の
   一日生くるにも及ばざるなり 
 
 
 
  ・・・・・・そう。
    人間は何のために生まれ
      なんのために生きるのか、
    その理を知らずして、
         何の人生ぞ。。。。。。
 
 
 また、肉体を越える
    本当の「自分」を
      見いだす道。
 
   「不死(しなざる)の道」を
     見ずに生きて
         何の人生ぞ。
 
 
 例え「百年生きた
         としても」・・・・ 
   その理(ことわり)を知る人の
     「一日にも及ばぬ」
         人生であるぞ。。
            というのだ。
 
 
 
私はその後・・・
 
  その答えを、
    頭でなく、体験で
      教えて戴いたのでした。。。。
 
 
 
 体験を戴いたのは、
     京都府宇治市の
   宝蔵神社神域
      行われている
  「練成会」という
    研修行事においてでした。
 
 
 
そこには宗派や信条を越えて
  年間二千人以上の方が
    参加するのですが・・・ 
 
 
そこで、「人生問題」の起源と、
  どうしたら「解決するのか」
     その原理を学びました。
 
 
10年で2万人以上であり、
  心理学でいえば
2万人以上の方が泊まり込みで
  「臨床」を受続けた
    みたいなものでありまして・・・
それをつぶさに見させて
   戴いたようなものであります。
 
 
 
実際の体験を観る。
  実際の体験を聴く。・・・・
 
 
これ皆、一次情報であり
   (本は2次情報。
        テレビは3次情報
              と言われる。。)
  脚色 伝聞 あやふや
    憶測が混じらず、
      「事実」でありまして、
 
これほど科学的な
  ≪実証≫は無い
       のであります。
 
 
 
谷口雅春先生は、
  「体験談こそ
     科学的証明である」
 と言われましたが、本当に
   その通りであると。。思います。
 
 
 私は宇治で多くの
   方々の様々な体験を
       見聞きする中で、 
 
多くの「疑問」に対する
  答えを戴き、多くの事柄が
   ストンと、
    腑に落ちました。
 
 
 
 本当にありがたい
      ことであります。
 
 今日は、
 
 私の体験談の一部を
    御紹介させて
       いただきます。
 
まだ入山したばかり
  の頃(10年前)の未熟な
       体験談ですが・・
 私の人生を変えた、
   「直接体験」であります。
    
 
     『大熊良樹体験談』 
 
 
   父母の愛は神の愛クリック
 
 
  


   
   今日も見て戴き
   ありがとう
     ございました。
 

       大熊良樹拝


 
    
 
 
    
 
 
 
 
 
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 「念ずれば成る(鳴る)」
  ≪ 祈りはひびき実現する ≫ 
 
 
   平成23年3月 吉日
 


 
おはようございます。
    大熊良樹です。
 
 
  私が僧侶として
    修行中の事です。
 
 
ある日、托鉢中に・・・
 あるお寺の前で
   掲示板に貼られている
      ≪ある文言に
          「ぎょっ」としました。≫
 
 
『愚人の100年生きるは、
   賢人の1日に及ばない』
         (「法句経」)
 
    と書かれてあるのです。。。。。
 
 
 
 
なんと厳しい
   言葉でありましょうか。
 
 
 
愚人も賢人もない。
  みな 仏であり、
   1日は1日。
     100年は100年。
 
 
同じ1日・・・
  同じ100年ではないか。。
 
 
 
それまで
  「人生100年生きても
     31億秒である。
 
   時間はいのちの雫(しずく)なり
     とも言う。1秒1分を、
  いのちがけで生きたい。。」
 
    と 願って・・生きてきました。
 
 
  その私が、
    出家した時に
      目にしたこの言葉です。
 
 
 私は
   ショックを受けました。
 
 
 
 
その厳しい
    価値観にです。。。。。
 
 
賢人とは覚者であり、
   愚人とは、凡夫
     言うのでありましょうが・・
  
 
私は、出家まで
    したけれど・・本当に
 
100年に値するような
 1日1日を、生きて
   いるのだろうか。。。。
 
 
 
 
しかし、その問いが・・後に
 「生長の家」宇治別格本山
   に、導かれる大きな理由に
     なるとは思いませんでした。
 
 
 
 
「念ずれば
     成る(鳴る)」
            のです。
 
 
祈り自体が、
   響きであり、
 
 宇宙に「宣言」を
   鳴らす(成らす)
          事であります。
 
 
 
 
 
≪ 100年に匹敵
          するような
  賢人の1日を
          生きたい。。。。≫
 
 
 
そう・・心から願った時に、
   私の人生は、どういう
       展開になったのか・・
 
  あす、
   書かせて
     いただきます。
 


   
 
   今日も見て
     戴きまして
      ありがとうございます。
 
            大熊良樹 拝
 
 


 
 
 
    

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