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朝来市大蔵地域自治協議会のブログ
活動状況をブログでお伝えしています。皆さん、のぞいてみてください。

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大蔵のお宝調査 平成25年1月27日(日)
 
 ちょっと昔の農家住宅や町屋、それらが形成する農村景観や町並みなども「大蔵のお宝」です。
部会では、127日、「大蔵の民家と町並み見学会」を実施しました。
指導は、高瀬区の西垣善夫さんです。
西垣さんは、建設業を経営される傍ら、兵庫県ヘリテージマネージャーとして歴史的建造物や町並み景観の調査、保全、活用などに取組んでおられます。
 
 
ヘリテージマネージャーとは
地域の歴史文化遺産を発見・保存・活用し、まちづくりに活かす能力を持つ人を 「ヘリテージマネージャー」 
(歴史文化遺産活用推進員)と呼びます。
教育委員会と建築士会などが協力して人材を養成し、町並みの調査や古民家の修復、活用を始め、
歴史文化遺産を活かすまちづくりの様々な場面で活躍されています。
 
 
 一面銀世界の日曜日。
凍てつく寒気をものともせず15名の「勉強好き」が東谷公民館に集まりました。
 最初の見学は、元は養蚕農家住宅であった3階建の住家です。
以前はどの集落にもあったのでしょうが、今ではこの絹巻重美さん宅と芳賀野にもう一軒あるだけと思います。
 
イメージ 1
 
1階が柱の見える真壁(しんかべ)、2・3階が柱を塗り込めた大壁(おおかべ)で、温湿度を管理しやすい典型的な養蚕農家の造りだと、西垣さんは、素人が分かるまでていねいに教えてくださいます。雨、雪の侵入を防ぐため、中間に庇が付けられています。大屋根には、かっては換気のための越屋根(こしやね)があったものと思われます。
 
 
 
 
イメージ 2
 
この住家は1・2階とも真壁ですが、やはり養蚕農家住宅だったのでしょう。越屋根が残されています。バッキ(抜気)ともいうそうです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 3
 
土蔵は、大工の経験や考え方によって千差万別。
同じ地域でも様々な建て方があっておもしろいと、西垣さんのコメントです。
(以下、雪のない写真は別の日に写したものです。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 4
 
 
これは「お宝の道」と、山中区長さん。
東谷で唯一昔のままの道だそうです。
枚田へ越える幹線道路で、お地蔵さんが祀られています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 5
 
この住宅は文化祭で写真展示しました。
建築当時、足立義夫旧大蔵村長(昭和1221)宅の離れで、外装をガラス張りにした斬新な建物です。
中央の欄間は、組子(くみこ)の細工が左右のものと違います。遊び心がうかがえる、築79年の建物です。
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 6
 
T氏宅は、切妻屋根の両妻の壁を高くあげた「本うだつ」がきれいに保存されています。
八鹿や和田山の町屋によくあります。
大蔵では、岡の早崎さん宅にもあります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 10
イメージ 11
 
左は、T氏宅の腕木(うでぎ)と方杖(ほおづえ)。
右は、最初の絹巻氏宅の腕木と持送り(もちおくり)。いずれも桁(けた)を支える部材です。
 
  腕木は、上部の水平の材
  方杖は、腕木を斜めに支える杖のように見える材
  持送りは、腕木を支えている板状の材
 
 
さて、平野区の民家も見学する予定でしたが時間が無くなり、和田区長さんのご配慮で平野公民館で
休憩、池田古墳石棺の一部と考えられている石材を見学した後、土田へ向かいました。
 
イメージ 12
 
 
今井さんの農作業小屋は、大きな抜気と粗壁に開けられた小さな窓がおもしろいです。タバコの乾燥小屋です。内部は1階から天井まで吹き抜けのはずです。宮田の9号線沿いにもありますね。大蔵に残っているのは2棟だけでしょうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 13
 
S氏宅も母屋の2階が大壁です。大津壁(おおつかべ)に白漆喰の窓の枠取りが印象的です。大津壁は、黄の顔料を混ぜた漆喰で仕上げてあります。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 14
イメージ 7
 
 
M氏宅は、大戸(おおど)の一部がくぐり戸になっています。普段はくぐり戸を出入りしますが大戸も開閉できます。
2階の壁が高く見えるのは、元は3階建の養蚕農家住宅で、3階の床は今も残っているそうです。
 
イメージ 8

 
 
 
 
I氏宅には、格子戸が残されています。
西垣さんより手前の腰までの格子は中連格子(ちゅうれんごうし)といい、取り外しが容易になっています。後ろは、背の高い台格子(だいごうし)です。
全体の造りも、2階の低い昔風の建物です。
 
 
 
 
 
イメージ 9
 
 
N氏宅は、栗や松の良材が要所に使われ、現在でも狂いの少ないていねいな造りです。左の壁に見えている二本の ほぞ が柱としっかり組み合わされ、地震に強い構造です。
家の前を小溝が流れています。「洗いと」の跡も残っていますね。

 
 
 
 
 
 
 
 町屋の面影を残す土田の家並みはまだまだ続きますが、もうお昼です。
 
  最後に、粗壁の家について「粗壁の家を建てた人々は、その家を一代で完成させようとは思わなかったのかもしれない地域で採れる赤土をこね、時間をかけあくや臭いを出しながら何度も塗り重ねていくので、できたところまで中断している家屋もあるだろう。」とのお話を聞き、昔の家づくりに思いをはせながら今日の見学を終了しました。
 
 部会では、今後も民家を訪ねて大蔵の各地区を歩きたいと思います。
 おもしろそうと思われる方は、どんどん参加してください。
 西垣さん、今日はありがとうございました。これからも、よろしくお願いします。

 
                                   (文・写真/交流と魅了づくり部会 斉藤)
 
大蔵地域自治協議会のHPへ戻る→http://ookura-jichikyo.com

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