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のりばに入ってきました。
子供の頃、トンネルに入る前に窓を閉めなかったのでススだらけになりました。それもいい思い出です。
お掃除です。
明日のために。
2週間ほど前に来てれば花桜です。でも葉桜もいいですね。
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2015年04月27日
プーチン大統領:米諜報機関はカフカスのテロリストと直接接触した
ロシアのプーチン大統領は、テレビ局「第1チャンネル」で放送されたドキュメンタリー「大統領」の中で、ロシアの諜報機関がある時、北カフカスの戦闘員と米諜報機関の職員たちとの直接接触を確認したと語った。
プーチン大統領は、「ある時、私たちの諜報機関が、アゼルバイジャンで北カフカスと米諜報機関の代表者たちの直接接触を確認した。そこでは、輸送も援助されていた」と述べた。
プーチン大統領がこの件について現米大統領に伝えたところ、10日後にロシア連邦保安庁の指導部が米国の同僚から書簡を受け取ったという。プーチン大統領によると、書簡には「我々はロシアの全ての野党勢力との関係を維持し、そして維持してゆく。我々にはそれを行う権利があり、今後も行う考えだ」と書かれていた。
プーチン大統領は、政治的あるいは地政学的課題を解決するためにテロリストを利用してはならないと指摘した。
プーチン大統領は、
「いかなる場合においても、どんな時でも、どんな場所でも、そのようなことを行ってはならない。自分たちの目下の政治的あるいは地政学的課題を解決するためであっても、テロリストを利用してはならない。なぜならある場所で彼らを支持したならば、彼らは別の場所でも台頭し、かならずや昨日は彼らを支持していた人たちを攻撃するからだ」 続きを読む http://jp.sputniknews.com/russia/20150427/252619.html#ixzz3YVBJOlBM |
日本の民衆1千人以上が政府の沖縄新基地建設に反対人民網日本語版 2015年04月27日11:04
写真は26日、日本・東京でデモ活動に参加する人たち。同日、1千人以上の参加者が日本・東京の渋谷付近でデモ行進に参加し、日本政府が沖縄県辺野古地区で米軍普天間基地の移転のための新基地施設建設に反対した。新華網が伝えた。(編集YH) 「人民網日本語版」2015年4月27日 |
ソビエト連邦最後の国防相ヤゾフ氏に迫る人民網日本語版 2015年04月27日09:36
世界反ファシズム戦争勝利70周年ならびに大祖国戦争(独ソ戦)、抗日戦争勝利70周年の記念すべき今年、1987年から1991年まで旧ソ連の最後の国防相を務めた、現在生存する唯一の元旧ソ連元帥であるドミトリー・ティモフェヴィッチ・ヤゾフ氏に独占インタビューを行った。人民網が伝えた。
1924年にオムスク州の貧しい農家で生まれたヤゾフ氏は、かつて大小様々の無数の戦いや演習を経験したか統率したことで、足や頭部、顔などに複数の怪我を負っている。ヤゾフ氏は、「ヴォルホフやレニングラードの前線の戦いで、歩兵隊長や歩兵連隊長を務めた。レニングラード攻防戦にも参加し、バルト海沿岸に侵攻したドイツ軍を粉砕し、各加盟国を解放するため、バルト海攻勢を行った」と説明した。
戦後、ヤゾフ氏は旧ソ連軍の指揮官を務め、師団長、軍団長、軍司令官などの職務を歴任した後、階級は上級大将に昇進し、1984年に人事総局長兼国防次官に抜擢される。1987年にはソ連国防相に就任し、1990年にソ連邦元帥となった。
ヤゾフ氏は、中国や中国の人々に対して深く友好的な感情を抱いている。1991年、ヤゾフ氏は中国を公式訪問した。これは、新中国が建国されて以来、初めて迎えたソ連の国防相だった。ヤゾフ氏は、今回のインタビューでも、その時の訪中のことや、中国の人々の友好的な歓迎ぶりを懐かしそうに振り返った。今回のインタビューでヤゾフ氏は、中ソ、中ロ両国の両党および両国民の間の団結や伝統的な友情には偉大な意義があり、世界平和にとっての重要な保障となるという見方を示した。
ヤゾフ氏は、「我々は共同で日本の侵略者やドイツのファシストを打ち破った」とし、「戦争期間中は本当に辛く苦しかったが、我々はなんとか耐え忍ぶことができた。あの時代は、中国の人々も同様に苦しい日々を送り、それを耐え忍んできた。重要なのは、我々が一貫して、人々がより良い生活を送るという信念を追求し続けてきたことだ」と語った。
さらにヤゾフ氏は、「我々は過去においてどれほど中国と友好的であったか、今後も同様に友好的であり続けるだろう。これまで、我々がどれほど中国の人々と共に戦ってきたか、今後もこれまで通りだろう」と語った。このほか、ヤゾフ氏は、中国の人々が反ファシズム戦争において重要な役割を果たしてきたことを高く評価し、中ロ両国が団結し、全世界の人々と一緒にファシズム主義や軍国主義の復活を防止することを呼びかけた。
反ファシズム戦争勝利70周年の祝賀イベントの話題に及ぶと、ヤゾフ氏は、「我々が70周年を祝うのは、我々が勝利者であることを強調したいためではなく、この勝利が全世界に自由を与えたからだ。これは、全世界、全人類の勝利である」と語った。
ヤゾフ氏は、中国の抗日戦争に参加した兵士たちに敬意の念を表し、話す速度を少し緩め、「中国で抗日戦争に参加した兵士は、ロシアで大祖国戦争に参加した兵士と同じように、生存者がますます少なくなってきている」と語った。ヤゾフ氏は、最後に中国の人々に対して祝福の言葉を贈ってくれた。「中国の人々と年老いた兵士たちが健康で長生きし、幸せであることを心から祈るとともに、人々の頭上に平和な空が永遠に広がっていることを願っている」。(編集MZ)
「人民網日本語版」2015年4月27日 |
在米中国人、旧日本軍の犯罪行為告発サイトを構築童増氏のノーベル平和賞候補を支持人民網日本語版 2015年04月27日14:58
米サンフランシスコ・ベイエリアに住む多くの華僑が計画して構築を進めているウェブサイトが完成間近となった。同ウェブサイトは、第2次世界大戦中に旧日本軍によって被害を受けた中国人の権益を守るために長年の間尽力したことで今年のノーベル平和賞候補に名前が挙がっている童増氏に協力・支援することを目的として構築された。童増氏は、1990年代に対日民間損害賠償訴訟運動をスタートさせた後、旧日本軍による中国侵略戦争の被害者から数万通の手紙を受け取った。このウェブサイトには、これらの手紙の一部を英語に訳したものが公開される。これらは、何よりも真実を示す根拠資料であり、旧日本軍が中国で犯した様々な犯罪を告発したものだ。中国青年報が報じた。
童増氏は、次の通り語った。
このサイトに掲載するコンテンツの英語への翻訳作業と改訂作業は、主にベイエリアで行われた。翻訳チームのメンバーは、退職したエンジニアで、ニュージャーシー州ホルムデル市の前市長・David T. Chai(柴大定)氏と同州の在米中国人団体「史維会」の曹賛文氏を中心とする、ベイエリアに住む多くの中国人たちだ。彼らはNGOを立ち上げ、米国でウェブサイトを設立した。Chai氏は、「南京大虐殺」の著者である張純如の母親、張盈盈氏など、多くの専門家に参加を呼び掛けた。
今から20年あまり前、旧日本軍による中国侵略戦争の被害者が、童増氏の書いた文章を読んで、氏に連絡したいと思った。当時の通信手段は制約が大きかったため、郵便で氏に連絡を取った被害者が大部分を占めた。彼らは、氏に送った手紙で、耐えられないほど過酷な経験について詳しく訴えた。これらの手紙は、今まで20年あまりの間、諸事情により封印されていたが、いよいよ公開される時が来たのだ。
1年間にわたり、整理・選り分け・記録・分類保存など各作業が急ピッチで進められ、中国側と米国側の各作業も、いよいよ終盤に入った。翻訳チームも、6月末のサイトの一般公開に向けてラストスパートに精を出している。
Chai氏は、ウェブサイト構築の経緯について次のように話した。
今回の件を知った後、自ら童増氏に連絡を取り、これほど多くの大切な手紙が、万が一火災などで消失したら一体どうするのかと彼に注意を促した。手紙のままではファイリングや検索が難しいため、複製本を作る、あるいはスキャンを取って、ウェブサイトを立ち上げてそれらの資料を保存する方法のほうが良かった。そうすれば、オリジナルも保存できて、広く人々に伝えることもできるし、良からぬことを考える人に流用されるのを防ぐことができる。
今年はちょうど抗日戦争勝利70周年にあたる。今回のウェブサイト公開によって、旧日本軍による中国侵略戦争の真相に対する米国民の理解がより深まるであろう。時間やマンパワーに限りがあるため、1万通以上の手紙の中から代表的な500通を選んで英語訳を進め、手紙の内容についてはすべて印刷し、原文のスキャンも添えた。このサイトの閲読言語は、中国語繁体字・中国語簡体字・英語の3種類から選べるようになっている。
今後、資金面と時間面に余裕ができれば、全ての手紙を英語に訳すだけではなく、日本人が歴史の真相を知るチャンスとなるよう、日本語にも訳すことを計画している。
オールド・サンフランシスコ世界抗日戦争事実保護聯合会の前会長を務めた張培氏は、次の通りコメントした。
童増氏がノーベル平和賞候補になれば、表面的には彼個人の事かもしれないが、実は中華民族全体に関わる大事となる。我々は、不撓不屈の精神でナチスの残虐行為を告発したユダヤ人に学ばねばならない。1986年、全ユダヤ人の支持と呼びかけによって、自らのホロコースト体験を描いたエリ・ヴィーゼルの小説「夜」がノーベル平和賞を受賞した。あの時、世界中がナチスの暴行を厳しく非難し、ユダヤ人が受けた苦難に同情した。
童増氏の「正義はたびたび遅刻するが、授業を受けずに済むわけにはいかない」という言葉には、大変重みがある。ノーベル平和賞を選考する機関であるノルウェー・ノーベル委員会がこのサイトを訪れ、中国人が当時受けた苦難について知るよう望んでいる。これは、我々が世界平和の実現に向けて行うべき国際的な義務であると同時に、日本が歴史を正視するチャンスを提供している。(編集KM)
「人民網日本語版」2015年4月27日 |




