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フィリピン

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フィリピン・小学校

パヤタス小学校を訪問しました。
 小学校の校門です。                   校長先生です。
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この小学校には2300人の児童が通います。
午前と午後の部に分かれています
 
午前の部の児童が帰ります。                午後の部の児童が入ってきました
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 授業風景を見学。大歓声で迎えてくれました。元気、元気でした。
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地図の前で。                         マリア像の前で決めてくれました。
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 描かれているのはスペインの支配と闘った民族の英雄です。
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 学校からゴミの山が間近に見えます。もちろんにおってきます。
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フィリピン・昼食

パヤタス・日本の援助団体と地元の方たちによって運営されているコミュニティーで昼食を出していただきました。
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 フィリピンではフォークとスプーンを使います。スペイン植民地時代、スペインは食事用であってもフィリピン人民にナイフを持たせないようにしたのです。
 野菜炒めと魚(アジのように思いました)が出され、各自が皿に盛ります。
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 言わずもがなですが、食事内容は所得に応じて異なります。この日の昼食はデザートにバナナもあり、奮発していただいたようです。
 
地域の様子です。居住地の間近にゴミの山が迫っています。
 
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フィリピン・慰霊碑

慰霊碑パヤタス
 2000年7月10日午前8時頃、高さ約30メートル、幅約100メートルにわたってゴミの山が崩落し、約500件のバラックが下敷きとなった。
 公式に確認された死者は234人であるが、実際の犠牲者は400人とも800人ともいわれている。捜索は7月22日で打ち切られたため犠牲者数が明らかになっていない。犠牲者のなかにはパヤタスに暮らす人たちの生活の改善を求める運動の中心的な役割をはしていた活動家もいる。11年が経過した今も裁判は続いている。
 
 慰霊碑です。
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ゴミ山は再び拡大し、慰霊碑のすぐ後ろにまで迫っています。住居が密集しているのです。いつ同じような惨事が起こってもおかしくない状況なのです。
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ブルドーザーが転げ落ちてもおかしくないぐらい急な斜面です。
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 写真の男性は、妻と5人のお子さんをゴミの山の崩落によって失われました。隣の女性は再婚された女性で、今は2人のお子さんがおられます。
 「2人の子供が学校に行けることが最も嬉しい」と言っておられました。
 
 
 
 
 
 
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写真の女性は「愛する夫と一緒に暮らせることが幸せ」と言っておられました。
 壁に掛けられた額縁に入った女性の写真を見て「写真の女性は誰ですか?」と尋ねると、満面の笑みで「娘です。ハイスクール卒業式の日の写真です。娘は結婚して子供もいます。」と娘さんとお孫さんを紹介してくださいました。
 
 取材に応じてくださった方は共通して立ち退きが強要されることに不安を抱いておられました。
 行政が立ち退きのため住居を準備したのですが彼らの賃金では家賃が払えないのです。立ち退きに応じた方も家賃が払えずこの地に帰ってきておられるのです。
 取材のなかで「福島原発事故とゴミの山には共通した問題がある。福島原発事故もゴミの山の問題も現在進行中だ。管理責任者がなにも責任をとらないし、対処もしない。」という話が出ました。彼らがおかれている立場から福島原発事故をしっかり認識されています。
 福島原発事故は世界の関心事であることを実感しました。

フィリピン・ゴミの山

ゴミの山パヤタス
 持ち込まれたゴミを分別しているところです。
 腐敗した生ごみ、建築物の廃材、産業廃棄物、薬品や医療廃棄物、鉄くず、ビニールなどなど、分別されずに持ち込まれます。すさまじい悪臭、ハエやカ、ホコリ。焼却処理をしないことからゴミの山は大きくなるばかりです。周辺地域にも悪臭が漂っています。また病原菌の増殖地にもなってます。
 日本などの外国人観光客はリゾート地でダイビングをしたり,マカティなどでショッピングをしてもこの地に足を踏み入れる方はおられません。当たり前のことですが。
 
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とても暑いです。でも体の露出部分は極力少なく。
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このような労働現場なので病気や怪我がたえません。
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前回のブログの子供たちの親はここで働いています。
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『地球の歩き方・フィリピン』(ダイヤモンド社)は次のように記してます
フィリピンの現実、「パヤタス」
 メトロ・マニラの郊外に「ゴミの山」を生活の糧とする人々が住む「パヤタス」という地域がある。一帯はゴミから発生するダイオキシンなどの悪臭で覆われ、呼吸することすら困難に思われる。だが彼らはそのゴミ山に住み、ゴミを拾って換金することでしか生活ができない。そこには、結核、破傷風、デング熱とさまざまな病気がまん延し、栄養失調のために風邪や下痢で亡くなる子供たちも少なくはない。強盗、レイプなども起きている。
 なぜ、そのような環境で過酷な生活を強いられなければならないのか。ここに集まってくる人々には、それなりの事情がある。都会よりさらに生活が苦しい地方からやってきた人、内戦から避難してきた人などさまざまだ。だが、忘れてはいけないのは、この貧困問題はフィリピン一国の原因によるものではないということ。少なからずとも、私たち日本人は一時期この国を占領し、そして現在、一先進国として突き進むなか、何か大切なことを置き去りにしてはこなかったか――。このゴミ山が、すべてを物語る。
 近代的ビルが建ち並び、人々の笑顔にあふれる首都マニラ。そのモダンな、明るいイメージと隣り合わせに、この現実が存在することを忘れてはならない。では、私たちに何ができるのか。すでに、この現状を深刻に受け止め、この地で支援活動をしている団体がいくつかある。・・・・・・・
 
 
フィリピンを訪問しました。
 子供たち―パヤタスにて。
 「ヘロー」とカメラを見せ、人差し指を立てて、「オケー」と言うと快く応じてくれました。撮った後は子供たちが映ったディスプレーを見せ「サンキュー」と言いました。
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バスケットコート。フィリピンではスポーツの一番人気はバスケットです。フィリピンの方は背の低い方が多いので選手の多くは米系フィリピン人とのことです。
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 日本の学生たちが《しあわせなら手をたたこう》を歌った(左)後、コミュニティーの子供たちが手拍子、足拍子を交えてタガログ語で《しあわせなら手をたたこう》を歌ってくれました。(右)
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