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西郷隆盛のルーツは熊本の菊池です。
暫らくは『南洲神社』を
戦死した兵士を県毎に銅板へ。
↑は 熊本県人を掲載して有ります。
↑は山形県庄内地方から送られた柿です。
写真には有りませんが若い人の年齢は14歳前後の人の墓石が多数有りました。
写真は『村田新八』西郷隆盛を介錯して死を見届けて自ら自刃しています。
介錯は今では死語になっていますが時代劇を見ますと
出て来ます。(下に意味を↓)
([名](スル)1 切腹する人のそばに付き添っていて、その人が刀を腹に突き刺すと同時に、その首を斬って死を助けてやること。また、その人。)
当時は数え年ですので13歳前後の若人の戦死者(今で言えば中学生)
今では考えられません。
南洲神社はお終いです。
次は 『磯庭園』を掲載します。
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寺院・お寺
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西郷隆盛と戦死した同士を集めた墓地です。
当時は『勝てば官軍負ければ賊よ』と言われていたが
勝海舟との江戸城の無血開城等も有り
↑大正末期には神社として認められました。
家紋に注意して下さい。
上の写真です。
菊の葉です。
当時菊の家紋も与えられたそうですが
余りにも恐れ多いと『菊の葉』を家紋としています。
大砲の弾ですね。
当時使われた弾丸は32万発(?)とかと聞いた事が有りますが
日清・日露戦争でもその位の銃弾を使っていますネ。
『坂の上雲』が昨年テレビで放映されていました。
その位の弾が使われていました。
一番の激戦地は
『田原坂』です。
民謡にも歌われています。
わたしの隣町ですので何れ紹介しますが。
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3月5日〜6日の一泊二日で繁根木八幡宮の総代さん達の鹿児島・宮崎の霧島神宮への参拝へ参加しました。
途中の桜島ICで休憩しましたが火山灰を水で流していました。
処で昨年、平成23年に桜島は何回の噴火が有ったでしょうか。
バスガイドさんによれば 昨年一年間に996回の噴火が有ったそうです。
又
近くの新燃岳では昨年一月末(19日?)から続いています。
空振と言う言葉を初めて耳にしました。
昼食へ寄った『奄美の里』からの桜島です。
鹿児島市内です。
『奄美の里』から桜島を望む。
鹿児島市内です。
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毎月第二・第四日曜日は諏訪神社の老人会の清掃日です。
二班に分けて有りますので本来私は第四ですが
26日は所用の為出て行けませんので本日出て行きました。
(写真は今朝の7時30分です)
今朝の最低温度-2℃とか。
今朝も冷えました。
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先日(3日)は熊本でも今迄の最低温度を30数年ぶりの更新した寒い日でした。
夕方新年会へ行く準備をしていたら
近所の方から
分かりますか?
パイプがやぶれて水が流れ出ています。
私が行った時は電源を切って止めては有りましたが確認の為にスイッチONそこを
カメラで撮りました。
(携帯での撮影です。
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