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中国の不都合な嘘





中国の不都合な嘘

「中国はいかにチベットを侵略したか」

チベット侵略とダライ・ラマ法王の拉致事件

中共政府は、「解放」(=乗っ取り)の戦略の一つとして中国人(漢民族)を大量に送り込みます。

その人海戦術により、その国の主権は、
人々が気が付かないうちに少しづつ侵食されていきます。

チベットに送り込まれ、徐々に数を増やしていった中共軍が、突然、武力による侵攻を始めたのが1950年。

「始めは友好的に振る舞い、そのうちに暴力的になる」
・・その言葉通りに・・・・・
前ダライ・ラマ13世は、1932年8月、既に次のように予言していたとされています。

「遠からずチベットは崩壊するだろう。
ダライ・ラマも聖職者たちも消えてしまい忘れられてしまうであろう。
僧侶も僧院もことごとく消滅し、国土も政府の財産も取り上げられ、敵に仕えるか、さもなくば物乞いの如く世界を流離(さすら)うことになるだろう。
すべてのものは苦悩の底に沈み、恐怖に戦(おのの)き、昼も夜も不幸な陰を引いてゆかねばならぬだろう」

チベット国内にあった7千の僧院は90%以上破壊され、

チベット全人口の五分の一にあたる120万人もが犠牲となり、

財宝は中国に持ち去られ、

大量の漢民族(中国人)がチベットを占拠してしまいました。

拠る術もないチベットが苦境の中、必死で窮状を訴えた書簡を、
国連は無視しました。
国交のあったインド・イギリスも中共政府の顔色を覗い見て見ぬふりをしました。


 中国は、ダライ・ラマひとりがいなくなればチベットは簡単だと思って、イベントを催してダライ・ラマを招待しそのまま北京に連れていこうとした。それを察知したチベットの人々は、ダライ・ラマを守ろうと宮殿を3万人の人が囲んだ。ここで3月10日の暴動が起きたのである。

 チベットには武器もなく人口も少なく、中国と戦うのは自殺的な行為だったといえるだろう。しかしチベットは、人口は少ないが心はひとつ目的はひとつで、それはダライ・ラマを守る、仏教を守る、国を守るということだけだった。チベットのひとりの兵士は20人の中国の兵と戦うことができるのだ。自分が死ぬことはわかっていても、そのためになら戦うということが中国もわかっていたから、怖がって十年もかかったのだろう。

 その夜、ダライ・ラマ14世はラサを脱出、あとを追った十万人の人々ともどもヒマラヤをこえたのである。そして、インドのネール首相の認可を得て、宗教・政治両面の指導者たるダライ・ラマ法王は、北インドの地、ダラムサラに未来のチベットのため、また逃亡してきたチベット人のために、自らの亡命政権を樹立した。


日本も、中国人が徐々に移住し沖縄から侵蝕されて侵略されてきました。

そして参政権を欲しがります、土地と建物を買占め・・そして厚生年金で建てた何の役にも立たない{保養施設}を利権屋の政治家から安く叩き買い占めて、工作員の拠点にして・・・はじめは「好意的に友好的に振る舞い、そのうちに暴力的になる」・・・そしていずれ解放の名で日本も侵略されるのです。

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転載元転載元: 世界遺産の吉水神社から「ニコニコ顔で、命がけ!」


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