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宮崎県の地震活動の特徴 | 地震本部

www.jishin.go.jp/regional_seismicity/.../p45_miyazaki/ - キャッシュ
宮崎県東方沖の日向灘では、ほぼ十数年から数十年に一度の割合でM7クラスの地震 が発生し、多くの場合津波を伴います。例えば、1662年の地震(M7.6)、1941年の地震(M7.2)や1968年の地震(M7.5)では、地震の揺れによる被害とともに津波 ...


www.pref.miyazaki.lg.jp/kiki.../bosai/page00176.html - キャッシュ
2018年11月27日 - 本県においては、過去、日向灘を震源として、人的・物的被害を伴う地震や津波に襲われてきたことから、県の日向灘地震、えびの小林地震の想定及び国の東南海・南海地震の想定を踏まえて、平成19年3月に「宮崎地震減災計画」を策定 ...
www.pref.miyazaki.lg.jp/kurashi/bosai/sien.html - キャッシュ
南海トラフ地震における具体的な応急対策活動に関する計画」に基づく宮崎県実施計画の改定について ... 宮崎県津波浸水想定における浸水開始時間予測について ... 本県における最大クラスの地震・津波の各種想定及び新たな地震減災計画について.
www.pref.miyazaki.lg.jp/.../nankaitorafu_miwomamoro... - キャッシュ
南海トラフ巨大地震とは. 最大クラスの震源域 静岡県の駿河湾から日向灘まで延びる南海トラフと呼ばれる海溝では、歴史上たびたび東南海・南海地震などの大きな地震が発生しています。 南海トラフ巨大地震は南海トラフを震源とする科学 ...




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日向灘地震の歴史 被害地震年表

[表示]節内の全座標を示した地図 - OSM
日向灘付近を震央とする地震のうち、死者が報告されている被害地震、M7.0以上の地震、および最大震度5(5弱)以上の地震を示す。
  • 出典:特に注記がないものは、1922年以前は日本地震学会[11]、1923年以降は気象庁[12]による。注記しているが、震源要素の一部は宇津[13]、被害については日本地震学会、地震調査委員会(2004年)も参考とした。
  • 地震発生年月日の欄の月日は全てグレゴリオ暦(新暦)。
地震発生年月日 震央地名 座標 深さ
(km) 規模
(M) 最大
震度 概要
1498年(明応7年)7月9日 豊後水道 北緯33度00分 東経132度15分 / 北緯33.0度 東経132.25度 / 33.0; 132.25 (1498 豊後水道) 7.0 - 7.5 山崩れ、地割れ、泥噴出などがあり、民家の被害が多数、死者も多数出た。同日の畿内の地震や、上海における津波記録から、南海地震との説もある[14][13]ほか、地震そのものがなかったとする説も存在する[15]日向灘地震 (1498年)も参照。
1662年(寛文2年)10月31日 日向灘 北緯31度42分 東経132度00分 / 北緯31.7度 東経132.0度 / 31.7; 132.0 (1662 日向灘) 7.6 日向大隅で死傷者多数。城や家屋の破損、山崩れが発生した。津波があり、沿岸7か村の田畑計8,500石が水没するなどした。(羽鳥、1985年)によれば津波の高さは宮崎で4 - 5mと推定され、日向灘では最大級のものであったとされる。外所地震(とんところじしん)とも呼ばれる[16]
1769年(明和6年)8月29日 (豊後水道) 北緯33度00分 東経132度06分 / 北緯33度 東経132.1度 / 33; 132.1 (1769 (豊後水道)) 7.8前後(異説あり) 日向・豊後肥後で被害があった。延岡城大分城での被害、寺社や町屋の損壊などが報告されている。田の水没や水難による死者が出た。被害をもとに、宮崎で震度6程度、津波が最大2 - 2.5m、地震の規模はM7.8前後などと推定されている。しかし、(松浦 ほか、2003年)などは2日後の水害による被害と混同されている恐れから規模の小さいプレート内地震であった可能性を指摘しており、(地震調査委員会、2004年)はこれを根拠に日向灘地震とはみなしていない[16]
1899年(明治39年)11月25日 日向灘 北緯31度54分 東経132度00分 / 北緯31.9度 東経132.0度 / 31.9; 132.0 (1899 日向灘) 浅い[13] 7.1 宮崎県・大分県で、家屋の破損や土蔵の倒壊などの被害があった。
1899年(明治39年)11月25日 日向灘 北緯32度42分 東経132度18分 / 北緯32.7度 東経132.3度 / 32.7; 132.3 (1899 日向灘) 浅い[13] 6.9 同上
1909年(明治42年)11月10日 (宮崎県西部) 北緯32度18分 東経131度06分 / 北緯32.3度 東経131.1度 / 32.3; 131.1 (1909 (宮崎県西部)) 約150 7.6 プレート内で起こるやや深発地震であり、日向灘地震ではない。大分県・宮崎県・熊本県鹿児島県・高知県・広島県岡山県で被害があり、宮崎市付近で被害が大きかった。
1923年(昭和4年)7月13日 (九州地方南東沖) 北緯30度54分 東経132度00分 / 北緯30.9度 東経132.0度 / 30.9; 132.0 (1923 (九州地方南東沖)) 44 7.1 4 宮崎市、鹿児島市で震度4を観測。震央は地震調査委員会の評価領域の南端付近。震央を種子島付近(南西諸島近海地震の領域)とする文献もある。死者・負傷者なし[13]
1929年(昭和4年)5月22日 日向灘 北緯31度45分 東経131度53分 / 北緯31.75度 東経131.89度 / 31.75; 131.89 (1929 日向灘) 59 6.9 5 宮崎市、人吉市で震度5を観測。津波があったが被害記録はない[13]
1931年(昭和6年)11月2日 日向灘 北緯31度47分 東経132度00分 / 北緯31.79度 東経132.00度 / 31.79; 132.00 (1931 日向灘) 28 7.1 5 宮崎市、都城市などで震度5を観測。死者1名、負傷者29名[13]。宮崎県・鹿児島県で家屋全壊がそれぞれ4棟・1棟、室戸岬で85cmの津波[11]
1939年(昭和13年)3月20日 日向灘 北緯32度05分 東経131度45分 / 北緯32.08度 東経131.75度 / 32.08; 131.75 (1939 日向灘) 57 6.5 4 宮崎市、熊本市などで震度4を観測。津波があった。死者1名、負傷者1名[13]
1941年(昭和16年)11月19日 日向灘 北緯32度07分 東経132度08分 / 北緯32.12度 東経132.13度 / 32.12; 132.13 (1941 日向灘) 33 7.2 5 宮崎市、延岡市などで震度5を観測。死者2名、負傷者18名[13]。家屋全壊は27棟で、大分県・宮崎県・熊本県で被害があり、九州・四国で最大波高1mの津波があった[11]
1961年(昭和36年)2月27日 日向灘 北緯31度39分 東経131度53分 / 北緯31.65度 東経131.89度 / 31.65; 131.89 (1961 日向灘) 37 7.0 5 宮崎市、日南市、都城市で震度5を観測。死者2名、負傷者7名[13]。家屋全壊3棟、九州から中部にかけて最大50cmの津波[11]
1968年(昭和43年)4月1日 日向灘 北緯32度17分 東経132度32分 / 北緯32.28度 東経132.53度 / 32.28; 132.53 (1968 日向灘) 30 7.5 5 延岡市、宿毛市で震度5を観測。死者1名、負傷者15名(53名とする資料もある)[13]。住家全壊1棟、半壊2棟、道路損壊18件などで、高知県・愛媛県で被害が多かった[11]。四国で到達高3m以上の津波を観測し、床上浸水56棟、船舶の被害も発生した[17]
1970年(昭和45年)7月26日 日向灘 北緯32度04分 東経132度02分 / 北緯32.07度 東経132.03度 / 32.07; 132.03 (1970 日向灘) 10 6.7 5 宮崎市、日南市、都城市で震度5を観測。津波があったが被害記録はない。負傷者13名[13]。山崩れ・がけ崩れ4件[11]
1984年(昭和59年)8月7日 日向灘 北緯32度23分 東経132度10分 / 北緯32.38度 東経132.16度 / 32.38; 132.16 (1984 日向灘) 33 7.1 4 宮崎市、大分市、熊本市、宇和島市などで震度4を観測。津波があった。負傷者9名[13]。建物の一部損壊319件、津波が発生し、最大で18cm(延岡市)を観測した[11]発震機構解は正断層型であり、フィリピン海プレート内部で発生した地震である可能性がある。
1987年(昭和62年)3月18日 日向灘 北緯31度58分 東経132度04分 / 北緯31.97度 東経132.06度 / 31.97; 132.06 (1987 日向灘) 48 6.6 5 宮崎市で震度5を観測。津波があったが被害記録はない。死者1名、負傷者6名[13]。建物や道路の被害も報告されている[11]。発震機構解は正断層型。
1996年(平成8年)10月19日 日向灘 北緯31度48分 東経132度01分 / 北緯31.80度 東経132.01度 / 31.80; 132.01 (1996-10 日向灘) 34 6.9 5弱 宮崎市、鹿屋市で震度5弱を観測。津波があったが被害記録はない。死者・負傷者なし[13]。発震機構解は逆断層型。
1996年(平成8年)12月3日 日向灘 北緯31度46分 東経131度41分 / 北緯31.77度 東経131.68度 / 31.77; 131.68 (1996-12 日向灘) 38 6.7 5弱 宮崎市で震度5弱を観測。津波があったが被害記録はない。死者・負傷者なし[13]。発震機構解は逆断層型。
なお、宮崎県や大分県などの沿岸では、日向灘地震だけではなく、南海地震をはじめとした近傍の海溝型地震に伴う地震動や津波によっても、過去幾度も被害が発生している。1854年安政南海地震 (M8.4)や1946年昭和南海地震 (M7.9)では九州でも津波の被害が生じており、1901年奄美大島近海地震 (M7.5)では宮崎県細島で20cm強の潮位変動を観測している[11][18]



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日向灘地震 (1498年)


日向灘地震 本震 発生日震央規模津波 地震の種類 被害 死傷者数
日向灘地震 (1498年)の位置(日本内)
日向灘地震 (1498年)
1498年7月9日 (JST)
日本の旗 日本 大分県佐伯市
北緯33.0度
東経132.25度
   マグニチュード (M)7.0 -7.5
有り
海溝型地震
死者多数
出典:特に注記がない場合は『理科年表 平成20年』による。
プロジェクト:地球科学
プロジェクト:災害
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1498年日向灘地震1498年7月9日明応7年6月11日)に発生したと思われる地震である。1498年日向地震とも呼ばれる。また、この地震を指して単に日向灘地震(日向地震)と呼ぶ場合もある。その後の研究により6月11日の地震は日向灘地震であった可能性が否定されるとされている。

概要[ソースを編集]

震源地は現在の大分県佐伯市沖で、マグニチュードは7.0-7.5と推定される。
『九州軍記』によれば刻(6時頃)から地震が起り、刻(10時頃)に大地震があって災害は全国に及んだという。九州で山崩れがあり、別府の延内寺では爆発が発生、寺院は住職もろとも吹き飛び、地が裂けて熱泥が噴出、現在の坊主地獄ができたという。 そのほか各地で山崩れが発生、鳥居・石碑は過半倒れ、死者多数と伝えられている。伊予でも土地の陥没[1]など地変が見られた。
同日の刻(15時頃)に京都奈良熊野三河甲斐でも強震であったという。遠江で山崩れ、紀伊や三河で津波が起ったともされる[2]


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南海道沖地震の可能性

同日に発生したとされる畿内東海地方における強震や津波の記録が今回の地震と同一地震ならば、さらに規模の大きい地震と見られ、震源域の変更が必要ともされている。また、同日には中国においても上海での津波や揚子江での水面の震動し氾濫するなどの現象が観測されており、同様の現象は宝永地震安政南海地震でも観測されていることから、この地震は南海道沖の地震であった可能性も指摘されている[3][4]。この、2ヵ月半後の9月20日(明応7年8月25日)に発生した、東海道沖の地震と推定される明応地震と対をなす南海道沖の地震の可能性があるとされる[5]
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一方で、本地震を南海道沖の地震とする説には史料の無理な解釈が含まれ、上海の水面の震動のような現象は1854年安政南海地震の2日後に起った豊予海峡地震でも記録にあり、例えば『九州軍記』の記述を話半分に聞けば、九州付近で起こったフィリピン海プレート内のスラブ地震を仮定しても畿内付近に大きな揺れをもたらすことは考えられるともされている



尖閣漁船衝突事件で事実を隠した仙谷由人に西田昌司議員が詰め寄る!


dametv.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-df31.html - キャッシュ
仙谷氏“民主党政権のウソ”認める 中国漁船衝突事件の船長釈放で- 夕刊フジ(2013年 9月24日17時12分). 尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖で2010年9月に起きた中国漁船 衝突事件をめぐり、仙谷由人官房長官(当時)が、菅直人首相(同)の ...

船長の釈放

これらの中国政府の措置を受けて、9月24日、「国内法で粛々と判断する」と発言していた菅直人首相前原誠司外務大臣国際連合総会出席への外遊で不在の中、那覇地方検察庁勾留延長期限が5日残っている時点で[46]、「わが国国民への影響や、今後の日中関係を考慮して、船長を処分保留で釈放する」と発表した[47]。これにより、船長は「不法上陸」扱いとなり、入国管理局国外退去の手続きをし[48]、翌25日未明に中国のチャーター機で中国へと送還された。船長は帰国した際、Vサインであいさつし、現地報道機関に対し尖閣諸島は中国領であり自身の行為は合法である旨を主張し英雄扱いされた[49]。10月20日には地元福建省泉州市の道徳模範に選ばれた[50]が、その後は当局から尖閣諸島周辺への出漁を禁止され、自宅を監視されているという[51]

 仙谷由人官房長官は、船長の釈放は検察独自の判断でなされたと述べ[注 1]、これを容認する姿勢を明らかにした。また柳田稔法務大臣と同日昼すぎに会談していたことに関しては「全く別件だ」と釈放決定との関与を否定し、「日中関係は重要な2国間関係だ。戦略的互恵関係の中身を充実させるよう両国とも努力しなければならない」と中国との関係修復を努める考えを示した。また釈放決定に対し民主党など政権内部からも批判が出ていることについては「承知していない」と述べた[53]国際連合総会アメリカ滞在中の菅首相は、「検察当局が事件の性質などを総合的に考慮し、国内法に基づき粛々と判断した結果だと認識している[54]」と述べ、「弱腰外交」との批判が出ている事については[55]「(今回の事件の対応は)歴史に耐えうるものだ」と発言した[要出典]。また同じくアメリカ滞在中の前原外務大臣は、「国内法にのっとって対応した検察の判断に従う[54]」と述べた。

 検察では当初、船長の起訴は可能という判断であり、勾留延長をするなど起訴に向けて動いていたが、24日午前の閣議の後、仙谷官房長官が柳田法務大臣に船長の釈放を指示し、さらに大林宏検事総長の指示の下、那覇地検による釈放の発表になったという[56]。一方、この決定について前原外務大臣を除いた外務省政務3役(副大臣政務官)は、事前に釈放の話は全く知らされていなかったという。民主党関係者からは、国連総会出席中で不在の菅と前原に代わって仙谷が泥を被ったのではないかとの見方も出ている[57]。那覇地検は外交関係に配慮したとの趣旨を盛り込むことについて政府の了解を得て、記者会見では「日中関係を考慮すると、身柄を拘束して捜査を続けることは相当ではない」と言及した[56]。政府が当初の方針から釈放に転じた理由として中国新聞は、中国が11月に行われるAPECを欠席することを懸念した菅が船長の帰国を求めたと報じた[56]

 船長の釈放を受けて、中国側は改めて日本に、事件についての謝罪と賠償を求める声明を発表。これに対し日本政府は「中国側の要求は何ら根拠がなく、全く受け入れられない」とする外務報道官談話を出した。これに対して中国側は「日本の行為は中国の主権と中国国民の権利を著しく侵犯したもので、中国としては当然謝罪と賠償を求める権利がある」と反論している[58]。その後、首相自ら「尖閣諸島は、わが国固有の領土であり、謝罪・賠償は考えられない。全く応じない」としている。

 この間にも中国政府は尖閣周辺海域に船舶を派遣しており、東シナ海ガス田に「海監51」等の10隻以上の調査船を前例のない規模で集結させた。また、24日の自民党外交部会では、既にガス田「白樺」に掘削用ドリルパイプが持ち込まれ、日中の合意違反である中国の単独掘削が開始された見込みであることが明らかになった。さらに、24日から10月6日まで、再び「漁政201」と「漁政203」が魚釣島の接続海域内に進入・徘徊し、魚釣島の周辺を半円状に何度も往復し、海上保安庁巡視船ヘリコプターP-3C哨戒機による監視と警告を受けた。これは事件発生以来2度目の「漁政」の接続水域内への進入となる。9月29日には「漁政」が初めて尖閣諸島最東端の大正島の接続水域内にまで進入し、中国メディアは歴史的偉業と報じた。

 9月29日細野豪志が「個人的な理由」で中国を訪問した。これについて菅首相や前原外務大臣は政府は関わっていないと発言していた。しかし毎日新聞11月8日朝刊において、仙石官房長官が尖閣沖問題で、民間コンサルタントである篠原令に中国との橋渡しを依頼し、その結果、細野と篠原らが戴秉国国務委員らと会談し、「衝突事件のビデオを公開しない」、「仲井眞弘多沖縄県知事の尖閣諸島視察を中止する」という密約を結び、これに仙谷官房長官が同意した事が報じられている。この際、ブリュッセルASEMでの10月4日の菅首相と温家宝首相との25分間の「交談」がセッティングされたと見られている。
与党の反応
  • 民主党では、平野博文前官房長官が、勾留延長の途中で釈放決定がなされたことについて、「どういう理由なのか、はっきり説明しないといけない」と述べ[59]松原仁金子洋一など5人の議員も釈放に抗議する声明を発表した[60]。別の幹部も「菅も仙谷も、外交なんて全くの門外漢だ。恫喝(どうかつ)され、慌てふためいて釈放しただけ。中国は、日本は脅せば譲る、とまた自信を持って無理難題を言う。他のアジアの国々もがっかりする」と述べた[61]
  • 2010年9月29日、「国家主権と国益を守るために行動する議員連盟」の準備会合が国会内で開催された。原口一博岩屋毅を共同座長とすることを決めた。民主・自民両党の有志議員に衆院会派「国益と国民の生活を守る会」の城内実を合わせ約10人が出席[62]
  • 民主党の元代表である小沢一郎は、この事件への対応について「僕がもし、政府の責任者だったら、船長を釈放しませんね」[63]と発言している。また、船長を釈放したのは那覇地方検察庁の判断だとする政府説明について、小沢は「検察に政治的判断をさせるのはどうかな」[64]と疑問視する考えを示すとともに「政治主導というなら政治家が責任を持って最後は判断しないと駄目だ」[64]と批判している。
  • 国民新党では、亀井静香代表が「政治が介入したとしか思えない。事実上の指揮権発動だ」と指摘した[65]亀井亜紀子政調会長も、「釈放には政治的判断が働いたと考えざるを得ない」と述べた[66]
野党の反応
  • 自由民主党では、谷垣禎一総裁が、「(中国人船長を)直ちに国外退去させた方が良かった。最初の選択が間違っていた」と主張し、那覇地検が釈放理由として日中関係への配慮などを挙げたことについて「捜査機関が言うべきことではない」と述べた。また大島理森副総裁は「政治が司法に介入した」と述べた上で、「日中関係も考慮した」と発言した同地検の鈴木亨次席検事の国会招致を求めた[67]
  • 公明党では、山口那津男代表が、「日中関係をこじらせることは誰も望んでいない」「釈放は一つの転機になる。法的な主張をぶつけ合うより、政治的な解決をしていく場面に転じた。釈放判断は必ずしも否定するべきではない」と評価した[68][66]。一方、高木陽介幹事長代理は「国内法、領土を守るという国家として当たり前のことを放棄した」と指摘した[69]
  • みんなの党では、渡辺喜美代表が、「明白な外交的敗北だ。菅内閣の弱腰外交を糾弾しなければならない」と述べた[68][66]
  • 日本共産党では、志位和夫委員長が「国民に納得のいく説明を強く求める」との談話を発表した[70][69]
  • 社会民主党では、福島瑞穂党首が「地検の判断を尊重するしかない」と述べた[65]
  • たちあがれ日本では、平沼赳夫代表が、尖閣諸島に対する中国側の領有権主張を日本が暗に認めたことにもなりかねないとの懸念を表明した[68][66]
日本の民間の反応
  • 衝突事件の現場から程近い石垣島では、漁業関係者から「怒りを通り越して気絶しそうだ」「国交を断絶してでも、(船長を)起訴すべきだった」「尖閣諸島周辺はカツオの好漁場だが、漁師は怖くて行けない」などの声があがった[71][72][73]。また、釈放された船長が石垣空港から中国へ送還される際、金網越しに罵声を浴びせた住民もいた[72][73]
中国政府の反応
2010年9月25日に中国政府が発表した声明文の要旨は以下の通り[74]
  • 日本が尖閣諸島海域で中国人漁民15人と船長を拘束し、船長を拘置したことに強く抗議する。
  • 魚釣島とその付近の島嶼は中国固有の領土である。
  • 今回の事件に対して、日本に謝罪と賠償を求める。
  • 日中両国は対話を通じて戦略的互恵関係を発展させていくべきであり、この立場は変わらない。

抗議デモ

2010年10月2日、渋谷で行われた抗議デモ

 船長が処分保留で釈放された事を受けて、2010年10月以降、日本国内の様々な政治団体市民団体が、本事件に関する中国政府の拡張主義と民主党政権の外交姿勢に抗議するデモ活動を行っている。特に「頑張れ日本!全国行動委員会」が主催するデモは、デモ初体験の多くの学生、主婦、家族連れが参加する大規模なものであり、10月に渋谷六本木で開催されたデモにはそれぞれ3,000人から6,000近くが参加し、11月6日に日比谷で開催されたデモには、4,500人が参加した[75]

 中国においては、2010年10月16日に「頑張れ日本!全国行動委員会」が開催した在日中国大使館を包囲するデモの情報が事前に報道されたことから、これに対抗するためにネットメールなどで反日デモが呼びかけられ、同16日から中国内陸部の各都市で反日デモが発生した[要出典]各都市のデモ隊は暴徒化し、日章旗を燃やし、日系商店のガラスや看板を割ったり引き摺り下ろしたり、駐車中の日本車を破壊するなどしたが、政府により各都市に中国人民武装警察部隊が投入され、10日間ほどでデモは終息した[要出典]

漁船衝突映像の限定公開と流出

限定公開

 衝突事件の際に海上保安庁は状況をビデオで撮影していたが、民主党政権は中国への配慮から国民への映像の全面公開を一貫して拒否していた。しかし船長が釈放された後も、フジタ社員の拘束、レアアースの禁輸、海事機関船舶の尖閣海域進出、謝罪要求等の中国側の強硬姿勢が止まらないことから、9月30日衆議院予算委員会は映像の公開を政府に求めることを決定した。そして11月1日に、6分50秒に編集された映像が衆参予算委員会の理事ら30人に限定して公開された。世論でも映像を公開する声が高まっていたため、野党自民党は記録された全ての映像を国民へ全面公開することを求めたが、政府与党はこれを拒否した。なお、事件最初期の段階において菅首相、仙谷官房長官、前原外務大臣の3閣僚はビデオを閲覧していたという[76]

YouTubeへの流出


 こうした中、11月4日21時過ぎより、投稿ハンドルネーム「sengoku38」が、インターネット動画サイト「YouTube」に、本事件の映像と思われる中国漁船が巡視船2隻に体当たりする場面が収録された合計44分の六分割された動画を流出させた[77][78][79][80]。映像の存在は2ちゃんねる等の書き込みを介して瞬く間にネット上に拡散し、翌5日早朝からはテレビでも大々的に報じられはじめた。

 11月8日には、海上保安庁被疑者を特定しないまま国家公務員法守秘義務違反、不正アクセス禁止法違反、窃盗横領の疑いで警視庁東京地方検察庁に違法に告発した。10日には、第五管区海上保安本部所属の海上保安官一色正春が「自分が映像を流出させた」と名乗り出た。警視庁の取調べにより、海上保安官は「衝突映像が闇から闇へ葬られてはいけないと思った」事を流出させた理由に挙げており、映像は神戸市のネットカフェから投稿したもので、映像は海上保安庁内で研修用に作成されたもので、政府が保秘を命じるまでは比較的自由に閲覧できるようになっていたことも判明した。15日に、映像は本来秘密性が低いとして逮捕は見送られ、東京地検への書類送検と任意の事情聴取のみは続けられた。

 この間、報道において、公益や国益のための映像の流出と公務員の守秘義務の関係が論じられていたが、世論では概ね流出は妥当であるとの評価であった。また、ネット上では特に「sengoku38」が英雄視された。

【尖閣防衛】仙谷由人の売国自白、中共は民兵と無人機で独り相撲[桜H25/9/26]  

その他船長釈放後の日中両国の動き

日本政府

転載元転載元: 友愛・平和のブログ


尖閣衝突 ビデオ流出 海外の反応



日中両国の報道の相違

 日中両国の報道は、時間が経過するにつれ細かい点で微妙なズレを見せた。
 中国においては、当初久場島(中国名:黃尾嶼)で中国船が日本の巡視船により発見され、逃走した事実はあまり報道しておらず、魚釣島(中国名:釣魚島)での日本側からの衝突事件として報道している[99]
 例として9月7日事件発生当日の中国の報道の1つ「環球網 huanqiu.com」を見ると、日本の巡視船「よなくに」が中国漁船に対して、(海域からの)退去を警告した後で衝突が発生したとし、「よなくに」の手すりの支柱が折れたとしている。また同巡視船「みずき」の衝突による破損は、右舷高さ1メートル幅3メートルとしている[100]。これらの報道では「よなくに」が中国船に対して退去を警告した点や、「みずき」の右舷の破損に関しては、比較的日本の初期の報道に近い。

 しかし事件発生から船長釈放の25日まで継続している、sohu.comの事件を特集したサイト「中国渔船与日本巡逻船发生相撞」では、中国船と日本の巡査船の衝突の様子や衝突箇所が、日本の報道と異なっている[101]。ここではあくまで中国漁船は、自国の海域での操業であったという前提で報道されている。中国漁船が操業していたところ、進路に日本の巡視船が突然現れ、「よなくに」が接触したとしている。また「みずき」との接触後、中国漁船は魚釣島海域を離れたが、その後日本の巡視船が追いかけてきて逮捕したとしている[101]

 香港・文匯報2010年11月6日の記事では、香港職業訓練局海事訓練学院の楊沛強(ヤン・ペイチャン)マネージャーの分析を紹介し、流出映像を分析するかぎり事故原因は日本巡視船が突然方向を変えたためだと報道した[102]
日本の報道では、久場島の北北西約27キロの日本の領海から約3キロの排他的経済水域(EEZ)で、巡視船「みずき」の保安官が乗り移って停船させたとしている[103]

他国の動き

アメリカ合衆国

9月20日、ジェイムズ・スタインバーグ米国務副長官は、日中間における緊張が高まっていることについて、「最も重要なことは、継続的な対話であり、複雑な状況の中で、対話に参加することが前進する最善の方法だ」と述べ、対話による妥協点を見い出すよう促した[104]

尖閣諸島付近での緊張が高まる中、2010年9月23日ヒラリー・クリントン国務長官は、日本前原誠司外務大臣との日米外相会談で、「尖閣諸島は日米安全保障条約第5条の適用対象範囲内である」との認識を示し[105][106]、同日行われた会見でロバート・ゲーツ国防長官は「日米同盟における責任を果たす」「同盟国としての責任を十分果たす[107]」とし、マイケル・マレン統合参謀本部議長は「同盟国である日本を強力に支援する」と表明した[108]。また、菅直人内閣総理大臣バラク・オバマ大統領の日米首脳会談で、両国は「緊密に連携する」ということで一致した[109]
2010年9月23日にはクローリー国務省次官補が記者との質疑応答で記者の「尖閣諸島は安保条約の適用対象に含まれるのか」という質問に対し、「我々は尖閣諸島が日本の施政下にあると信じているので、安保条約が適用される」[110]と(マスコミを通さず、アメリカ国務省公式サイト上においても)公式に明言した。なお、この記者会見では常に「尖閣諸島(Senkaku Islands)」という日本側に準じた呼称で行われた。

 なお、中国のマスコミであるチャイナネットは「『尖閣諸島は日米安保の適用範囲』は日本メディアの歪曲であり、クリントン国務長官はそのような発言をしていない」と報道した[111]が、前記のクローリー国務次官補は記者会見で明確に発言しており、クリントン国務長官も訂正をしていない。

台湾

 9月14日に台湾の民間抗議船が、行政院海岸巡防署の巡防船12隻に保護されながら日本のEEZ内にまで進出し、海上保安庁の巡視船11隻と対峙し、海岸巡防署の官吏が日本側に対して領土声明を発表した。これに対して台湾政府は「民間の自発的行動」と称賛した[112]。また、17日に来日していた中国国民党金溥聡秘書長(幹事長)は「彼らは漁民のライセンスを持っており、出船を禁じることはできない」と正当性を強調した。また「(同諸島を巡る対応で)台湾が中国と連携することはない」、「同諸島の主権が台湾にあるとの従来の主張に変わりはない」とも述べた[113]

 李登輝元総統は尖閣諸島を「歴史的に見て日本の領土」と発言し、「おネエちゃんがきれいだからといって、私の妻だと言う人間がどこにいるのだ」などと、中国や台湾が領有権を主張していることを皮肉った[114]

事件の前兆と見られる「領海侵犯の増加」

産経新聞報道によると、2010年9月10日の衆院国土交通委員会で、海上保安庁鈴木久泰長官が、2010年に入り中国籍の漁船の領海侵犯が急増していることを明らかにした[115]。これによると、尖閣諸島周辺の領海内で海保が外国籍の船舶に立ち入り検査した事例が2008年は2件、2009年は6件、2010年は9月時点ですでに21件であり、中国船に限ると2008年に1件、2009年は0件、2010年は9月時点で14件であった。

 なお「領海侵犯」とは、 沿岸国でない他国の船舶に認められている無害通航権に反し、”無害でない通航”を他国の船舶が沿岸国の領海内で行うことである。よって外国の船舶が領海へ無断で入ったからといって直ちに「領海侵犯」とはならず、「領海侵犯」は「領空侵犯」とは異なり国際法上の用語でもない。これは、国家が領空に対して排他的な管轄権を有するのと違って領海に対して排他的な管轄権を有さないからである。この本来の意味での「領海侵犯」の定義に照らせば、産経新聞の記事が「領海侵犯」と主張している「尖閣諸島周辺の領海内で海保が外国籍の船舶に立ち入り検査した事例」は、必ずしも本来の意味での「領海侵犯」だったかは明確ではない。
ただし本件に限って言えば、件の漁船の「公務執行妨害罪」や「漁業法」違反の「立ち入り検査忌避罪」が成立しており、「外国人漁業の規制に関する法律」違反容疑もあり、沿岸国の日本の法令に対する違法行為が認められることから、無害通航には該当せず「領海侵犯」が成立する。

分析

  • ウォールストリート・ジャーナルは2010年9月13日、「中国の領土権の主張をめぐる地域的な緊張の高まりを映し出している」「今回の事件がどこまで発展するかは不明だが、日中双方のナショナリストがそれぞれの政府に対し強い措置を取るよう求めており、日中ともに引く構えはない」と分析した。また中国船が故意に衝突させたと疑っている日本側も、過去に攻撃的な作戦行動をしてきた経緯があるとした上で、「日本は、脅されてすごすごと引っ込みはしないということを示す必要はあるだろうが、そのために尖閣を利用するのは危険だ」と、自制も求めている[116]。9月24日の記事では、「ネット上の意見を見る限り、日本は完全な敗者」と指摘した[117]
  • 読売新聞は社説(2010年9月16日付)で、「中国は海底資源の存在が明らかになった1970年代から尖閣諸島の領有権を主張し、それを1990年代からの「反日愛国」教育で国民に浸透させてきた。尖閣問題で「政府は弱腰」との印象を与えれば、国内経済格差などへの不平や不満に“引火”し、中国国民の矛先が共産党指導部に向けられかねない――。そんな懸念もあって、中国政府は今回、日本に高圧的な態度をとっているのだろう。だが、それは明らかに筋が違う話だ。」と指摘した[118]。9月24日の記事では、船長の釈放について、「捜査を徹底せず、不明確な根拠のままで釈放を決めたことに、日本側の“超法規的措置”との指摘は免れない」と述べている[119]
  • 2010年9月15日、ジョージ・W・ブッシュ政権国務副長官を務めたリチャード・アーミテージは仙谷官房長官との会談で、「中国は尖閣諸島で日本を試している」と指摘した[120]。また、中国東シナ海での活動活発化については、「西沙南沙両諸島の領有権問題でベトナムマレーシアフィリピン台湾に警告する意味合いも強いのではないか」と分析した[120]
  • ニューヨーク・タイムズ(電子版)は、9月10日と20日付の2回、ニコラス・クリストフ記者のコラム記事を掲載した。記事内でクリストフは「太平洋で不毛な岩礁をめぐり、緊張が高まっている」とした上で、「米国核戦争の危険を冒すわけがなく、現実的に安保発動はゼロだ」とし、私見として「中国の方に分がある」と発表した[121][122]。この記事について在米日本総領事館は即座に抗議、反論する文書を送付した。クリストフはこの文書を20日のコラムで一部公開し、反日運動への参加を呼び掛けた。実際に、読者からは、「日本人は歴史を変えるのが得意だ」などと日本を一方的に中傷する書き込みが多く見られている[123]
  • ダイヤモンド社は「レアアースの輸出規制」、「膨張する軍事予算」、「サイバー戦力」、「日米同盟」、「日本国債買い増し・円高」などに触れ、「海底に国旗を立てて領有権を主張する 中国に日本はこんなに無防備でいいのか」という論調で分析した[124]
  • ワシントン・ポストロサンゼルス・タイムズインドのタイムズ・オブ・インディアは、中国は日本に強烈な圧力を行使できることを示したとし、日本は圧力に屈したと報道した[125]
  • 世界日報は社説にて、中国が「13億人市場」という経済力を簡単に政治的な圧力に変えてしまう体質が日本にとってリスクであると指摘している[126]
  • 田母神俊雄は、尖閣問題を契機に中国から史上最大級の高度な情報戦争が仕掛けられているとしており、「第1段階として、問題がない事象に言いがかりをつけ、第2段階で国をあげて騒ぎたてる。第3段階で、懐柔策として問題の棚上げを提案し、結果的に問題自体を既成事実化する」としており、2010年10月30日現在は第2段階であるとしており、日中関係はすでに有事と考えるべきであるとして中国の戦略に乗せられてはならないとしている[127]
  • 2010年10月2日、香港のメディアは、中国指導部が今年に入ってから尖閣諸島などの領土問題を「核心的国家利益」と位置付けたと報じた[128]
  • 産経新聞は、衝突映像流出に対する中国外務省の「日本の行為自体が違法だ。いわゆるビデオ映像でこうした真相を変えることはできず、日本側の行為の違法性は隠せない」との談話に日本の政府および民主党政権が抗議・反論を行わないことを非難し、このままでは従軍慰安婦南京大虐殺のように嘘が一人歩きするとの懸念を表明している[129]


【海外の反応】外国人にもわかるわな! 「尖閣諸島、挑発しているのはどっち?」


labaq.com/archives/51519856.html - キャッシュ
日本の巡視船は、中国漁船からわずか何十メートルの位置をくるくると回り続けていたん だよ。そしてどんどん近づいていって、ぶつかったんだ。 ・この後ろからの2度目の衝突で 、中国は日本の船がわざと進行方向を邪魔したと編集した上で言っ ...

転載元転載元: 友愛・平和のブログ


2010/11/04 にアップロード
沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、海上保安庁が衝突時に撮影したとみられるビデオ映像がインターネットに流出していたことが分かった。海保は詳しい確認を急いでいるが、映像を見た海保関係者は「恐らく本物だ」と証言。内部流出した可能性が高いとみられる。映像は4日夜に投稿されたもので、6パターンあり時間は計約44分。それぞれ「本当の尖閣 海上保安庁」とタイトルがつけられている。衝突された海保の巡視船「よなくに」「みずき」と、現場海域にいた別の巡視船「はてるま」の各船上から中国漁船を撮影したものとみられる。投稿の中には、映像の冒頭に撮影者の海保職員とみられる名前が記載されているものもあった。映像には、漁船が巡視船と併走する様子や、巡視船に衝突する場面が映っているほか、鳴り響くサイレンの音や中国語で漁船に警告を呼びかける音声、「止まれ!」「右舷船尾部に衝突してきた!」といった日本語の声が入っている。巡視船「みずき」は衝突された際、船尾から黒煙を上げて全速力で加速し離れようとしていて、そのために中国漁船とは急速に離れていく

尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件

   
尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件 場所 日付 概要 原因 動機
兵庫県神戸市インターネットカフェ
2010年11月4日
21時 – 5日7時40分
尖閣諸島中国漁船衝突事件の映像が動画投稿サイトYouTube」に流出
事件後、暫時海保大の共有フォルダーに保存され、職員が自由に閲覧でき持ち出せる状態だったため。
一人でも多くの人に遠く離れた日本の海で起こっている出来事を見てもらい、一人ひとりが考え判断し、そして行動して欲しかった(2010年11月13日に海保を通じて発表された本人の談話)。
尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件 各種表記繁体字簡体字拼音英文
釣魚台列嶼中國漁船衝撞錄像流出案件
钓鱼岛中国渔船冲撞录像流出案件
diàoyúdǎo zhōngguó yúchuán chōngzhuàng lùxiàng liúchū ànjiàn
Senkaku Islands China fishing boat collision video footage leak incident
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 尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件(せんかくしょとうちゅうごくぎょせんしょうとつえいぞうりゅうしゅつじけん)とは、尖閣諸島中国漁船衝突事件の発生時に海上保安庁石垣海上保安部が録画し、同庁および那覇地方検察庁が保管していたと思われる映像が海上保安官によってインターネット動画共有サイト「YouTube」に公開され流出した事件である。尖閣ビデオ流出事件とも呼ばれる。


インターネット

インターネット上では流出を支持する声が目立ち、国の対応を疑問視する声もあった。また、Twitterにも「隠すようなものではない」「海保の人はがんばっている」など様々な意見が書き込まれた[123]。一方で「諸外国からの信頼を失いかねない」と憂慮するコメンテーターもいる[124]

匿名掲示板2ちゃんねるではいわゆる「祭り」状態になり、「英雄だ」「勇気のある内部告発者」「政府が開示すべきだった」等の意見が書き込まれ、ニュース速報+板においては本件を扱うスレッドが96時間で311まで継続した。これは、単一の案件を扱うスレッドの継続数としては2010年11月現在、歴代1位である。

「sengoku38」ブームと英雄化

3500人が参加した抗議デモで掲げられたプラカード(横浜市・2010年11月13日)[125]
ビデオ公開を要求するプラカード(尖閣諸島抗議デモ)
投稿者の「sengoku38」は高い人気を呼び、アイドルグループの「AKB48」をもじって「SGK38」と呼ばれたほか、替え歌「見せたかった」(AKB48の「会いたかった」の替え歌)やTシャツ、マグカップなどが登場するまでになった。中には「内部告発無罪」「よくやった! sengoku38」と一緒にプリントされたものもある[124][126]。フジテレビのアンケートによると100人中83人がsengoku38の行為を支持し、英雄視されつつあると報じている[127]

抗議活動

11月6日、ノーベル平和賞受賞者の劉暁波をめぐる中国政府の態度や、衝突事件のビデオを公開しない日本政府の対応などを批判する集会が、頑張れ日本!全国行動委員会および草莽全国地方議員の会の主催で日比谷公園内の日比谷野外音楽堂で行われた。集会後、日比谷野外音楽堂から常盤橋公園までデモ行進を行った。主催者発表によれば、同様の活動では過去最高となる4500人[128](警察発表では3800人[129])がデモに参加したという。また、流出する以前に行われていた同様の尖閣諸島関連の抗議活動内においても映像の公開を求める声が上がっていた。

 11月14日には、海上保安官が取り調べを受けてから宿泊を続けている神戸海上保安部と第5管区海上保安本部が入る神戸第2地方合同庁舎前において数百人規模のデモが行われ、参加者は日の丸を手に「政府はビデオのすべてを公開しろ」「sengoku38を守り抜くぞ」などとシュプレヒコールを繰り返した[130]

その他

  • 11月5日午前8時30分頃、埼玉県川口市川口駅東口デッキにて、通行人が段ボール箱を発見し不審物として警察に通報した。箱の中にはYouTubeに投稿されていた衝突映像と同じ映像が収録されているものと見られるDVD282枚が入っており、箱には「ご自由にお取りください」などと書かれ、民主党政権を批判する内容のビラも30枚ほど発見された[131]
  • 11月8日午前7時30分頃、東京都練馬区都立光が丘公園の便所で、「尖閣」「海保ビデオ」などと表書きされたCD-ROM1枚が置かれているのを警備員が発見し、警視庁光が丘警察署に届け出た[132]
  • ウェブアニメーターのラレコは自作「やわらか戦車」の第41話で本事件を元ネタにしている。

マスコミへの情報提供について

11月11日、朝日新聞記者の神田大介は、海上保安官が使用した漫画喫茶のIPアドレスGoogleが開示したが、「報道機関であれば取材源の秘匿が徹底されているので足が付くことはなかっただろう」、「(マスコミが情報を入手しても公開したか疑問を感じるというユーザーに対して)公開したと思いますよ。むしろ、マスコミは事実を握っても公開しないと思われていることにこそ、考えるべき点」と主張し、「マスコミを上手に使って内部告発をすることも考えてほしい」とTwitterで呼びかけた[133]
しかし後日、保安官がマスコミ(CNN東京支局)へ映像が入ったSDメモリーカードを送付したが報道されなかったためにYouTubeへ投稿した事ことが判明した。

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