大湾汎の架空館

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ハルマゲドン三日前

蝉 2


「見て。何処まで高いの。偏光シールドで覆われているなんて信じられない。空って凄い。空って、宝物ね。」

 晴れ渡った空に思春期の憂鬱から開放されたのか、フリーベルの声が弾む。赤毛の一房を耳の上から綺麗に編み込んで肩に垂らしている。透き通った白い肌に、淡い雀斑が浮き始めている。
もう、ひと月が過ぎたのだ。地上で新しい生活を始めてから。淡い雀斑は新参者の証だが、フリーベルにとっては誇らしい気持ちにさせる勲章のようなもの。
 珍しく、ヘドロヘアーの用意した花柄のワンピースを着ている。襟と胸元に白いレースとフリルをあしらった上品なデザインで、普段のフリーベルなら小ばかにして袖を通すことはない。化繊の黒いパジャマが彼女自身を表現する一番のファッションだと信じているからだ。
  
「空は宝物か。なるほどね。」
 生まれ故郷から出てきた当初の自分をフリーベルに重ねて、フリーベルと瓜二つの貌を持つ少年が、プラスチックで出来たような肌理の細かい頬をぽりぽり掻いた。赤毛のぼさぼさ頭は前髪が目の近くに垂れて、その目はフリーベルと同じ空色をしている。ひょろ長い手足と、白い皮膚に細かく浮き出た雀斑は、一人前の蝉の印。地下深く掘られた宗教帝国から地上に這い出てきた蝉。

「だって、誰も地上のことは教えてくれなかったもの。一年前、栄吉が特別クラスに進級して姿を消したときは驚いたんだからね。」
 唇の両端に微笑を湛えながら自分とそっくりの少年を睨む。

一年間勉学に励んで、踏襲するように特別クラスに進級し、双子の片割れが地上の都市に潜入していると知った。そのときの驚きと歓びが、心の中で再現される。

栄吉と呼ばれた少年は、ざっくりと編まれたカットソーのサマーセーターに掛けた濃紺のエプロンの前ポケットに両手を突っ込んで笑った。栄吉は、化繊の白いパジャマ派だが、そんな主義など薔薇屋では通用しない。
「僕だって、此処にいるのはやっぱり不思議だよ。此処には此処の素晴らしさがあるけれど、やはりバビロンさ。滅びゆく都市だ。偏光シールドの内側にはバビロンの亡者がうようよしている。」

「でも、空は美しいわ。今まで見たどんなものよりも。偏光シールドなんて、目には見えないもの。」

「見えないからといって、偏向シールドをナメるんじゃないよ。」




                      続く

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