大湾汎の架空館

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自作小説★ カラスと夾竹桃

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8 変貌

 横倒しになったレーシングタイプ自転車の赤いスポークホイールが鈍く反射する。座り込んでいるとはいえ、黒人兵の屈強な体格と面構えは、映画の不敵な悪役のイメージそのものだ。容赦なく照り付ける日差しにチリチリと刺され、彼の肌は汗ばみ、黒光りしている。その強健な腕を見た途端、姪の苦悶の涙と踏みにじられた笑顔が鮮烈なフラッシュのように交錯して、憎しみが燃える。期待の眼差しを感じながらも、黙殺した。腹の底の苦々しいものが、明らかに負傷しているらしい相手を、無視することに決めさせたのだ。


8 変貌

 紫恵莉は夢を追うことを諦め、弟嫁も看護婦を辞め、幸二一家は東京で沖縄の酒類販売業を営む為に地元を離れた。
「もう気分は最悪。東京でも話題にされたら、どうしていいか分からない。人の視線に動揺させられるの。事件を知っている人たちにも知らない人たちにも滅茶苦茶腹が立つ。だからって別にその人たちが悪いわけじゃない。分かっているのに、無性に腹が立つの。犯人が死刑になれば、人目に曝されても堂々と生きていけるのに。」
と、紫恵莉から電話がかかってきたのは、東京に発って間もなくのことだ。多喜也の脳裏に、すっかり豹変した紫恵莉の姿が浮かぶ。事件以来、半年もしないうちに顔つきが変わり、明らかな拒食症で自殺しかねないほど生気を失い、一時期は体重が40キロもないほどに痩せ衰えた。しかし、久しぶりに聞く電話の声は、苛ついているものの多少の声量が出てきたようだ。東京に行く前は、か細くて聞き取れない声しか出せなくなっていた。多喜也は、何よりも紫恵莉が自分の方から電話する気になってくれたのが嬉しい。
「シェーリー、お前は悪くない。それに、みんながお前に敵対している訳ではないよ。大抵の人は被害者感情について知らないんだよ。経験がないから、被害に遭った人がどんな場面でどんな気持ちになるかを知らないだろうし、自分の言動が誰かを傷つけるなんて思ってもいない。被害者の抱く苦々しい感情に触れたら、びっくりして、被害者を変人扱いする。被害者から理解されないことも虐待に等しい場合があるというのに。」
と言って、多喜也は英鈴に対して無理解だったことに思いついた。急いで
「愛とか思い遣りとかが足りないんだな。伯父さんもだけどさ。」
と付け足す。
「そうね。普通の人は分かってないだけなんだよね。だからといって、どんな人にも私と同じ経験はして欲しくない。被害者感情は理解してほしい。でも、それよりも、被害者にも加害者にもならない世の中を作ってほしい。ゴメンネ叔父さん、心配ばかりかけて。いろいろ言ったけど電話してよかった。シェーリーは大丈夫だから。」 
 喋っているうちに、紫恵莉の声が幾分か和む。それでも、貶められた被害者感情というものが前進と後退を繰り返すことを、多喜也は知っている。紫恵莉の件で、似たような感情に苛まれているからだ。犯罪の被害に遭うと、人間は一時に変わってしまう。そして、それが一時に癒されるということはない。普通に生きていくことさえ困難を覚える場合もある。家族全員が悪魔の毒牙に苛まれ、その影響から脱することができていないと多喜也は思った。
「じゅんにか(本当か)。ちゃんと食べているか。才能あるんだから、何時かは夢を思い出せよな。試練に立ち向かえるようになったら、思い出せよな。でも、スターにならなくても、みんながお前を愛しているってことだけは、絶対に忘れるなよ。」
 言いながら、不意に目頭が熱くなる。
「うん。忘れない。・・・私、少し太ったよ。有り難う。叔父さんも元気でね。」
 紫恵莉の声に明るい響きと、鼻水をすする音を聞き取って、多喜也の厳つい肩が丸みを帯びる。
「うん、分かった。叔父さんも、自分なりに出来ることを頑張るつもりだ。明日は米軍基地を取り囲んで・・・」
言い終わらないうち幸也の声がした。
「兄さん、まだそういうことをやっているのか。」
 東京に行くまでは、ニィニィと呼ばれていた多喜也だった。その呼び方を、五十になっても六十になっても変えるつもりはないと、幸也も言っていたのではなかったか。他人行儀な話し方に肩透かしを食わされた気分になって、
「そういうこととは何だ。」
と、多喜也の声が強張る。
「反戦運動だよ。やめてくれないか。もう、
そっとしておいてほしい。兄さんが反戦活動をしていたら、いつまでもあのことが風化せずに、俺たちは沖縄にも帰れないじゃないか。」
 
「何で帰れない。別にお前たちが悪い訳じゃないだろう。被害者は堂々と帰って来い。」
多喜也の同間声が店内に響いた。怒りが込み上げてくるが、戦う相手が幸二でないことは承知している。
「兄さんはそう言うけれど、被害者が世間の目を気にするのは当然だろう。何でもない人の何でもない視線にまで怯えるときさえある。事件の記憶が追いかけてくる。それを兄さんは分かっているのか。」
「俺たちは米兵を裁判に掛けるために、いろんな人の手を借りて運動を展開しただろう。だから、ちゃんと裁くことができたんだぞ。」
「それでも。それでも兄さんが被害者の親戚として反戦活動を頑張れば頑張るほど、事件を知っている人たちに紫恵莉を思い起こさせ、風化に歯止めをかけるんだぞ。頼むから、もう、そっとしておいてくれ、反戦運動なんか止みれ。」
電話はそのまま切れ、多喜也の耳に風化という言葉だけが残った。多喜也はその後も何度か電話してみたが、幸也とはとうとう決裂してしまった。
独りで泡盛を前に、利き酒の名人を思い出す。
「沖縄人の人権の為に戦うことの意義を何故分からんのか・」
と、グラスを握り締めることもある。ささくれ立とうとする心に、琉球ガラスの南国色は、ささやかな慰めだった。
7 自虐の檻 

 数年の間に、可奈は病床に伏し、入退院を繰り返すようになっていた。英鈴は、四十を越えても子宝には恵まれていない。病院と家を往復する為に運転免許を取り、介護の訓練などがある時は積極的に参加している。多喜也は、何か趣味を持つべきだと提案したが、実際に英鈴が何処かへ出かけると不安を感じた。英鈴の留守中に母親の身に何事か起きたら困る。しかし、それにも増して、英鈴が秘密を持つようになりはしないかという不安もあった。出産経験のない身体はまだ若々しく、世の中には、どんな誘惑が転がっているか分からない。もし英鈴が浮気の挙句に妊娠したとしたら・・・。多喜也は、他所の女との間に子供を作るという密かな目標があって始めた遊びを、もう何年も続けていたのだが、避妊していないにも関わらず、相手に子供が出来た例がない。もしかすると、と嫌な推測を打ち消して新しい相手を探す。それが多喜也の逃避の形だった。

 しかし、秘め事が暴かれる瞬間は気まぐれのように訪れる。多喜也にとってはまさに悪魔のタイミングとでもいうべき浮気相手からの赤裸々なメールが原因だった。
 英鈴は、紫恵莉が携帯を持つようになると、紫恵莉から教わって、こっそり夫の携帯で紫恵莉に電話を掛けてみようと思い立った。悪魔のタイミングはその時に、赤い舌をペロリと出したのだ。どこそこのホテルでの逢引はどうだったとか、ハートの絵文字が多用された文面は、英鈴を怖気させるのに十分すぎるものだった。
「あんたは自分の母親のオムツ交換したことがあるか。」と英鈴は言った。夕暮れの夏が、英鈴の背後で庭の夾竹桃を鮮やかに燃え立たせている。
「身体拭いてシャンプーしたことが。私は何年もお義母さんのオムツを取替え、舐める様に綺麗にしてきたのよ。あんたに出来るか、この裏切り者。私は苛められてもお義母さんに嫌がらせ一つしたことないよ。あんたは自分では何もしないで、小言ばかり言うお義母さんの世話を私にさせてきた。私は住み込みのお手伝いさんか。その女をここに呼べ。ここに呼んで、お義母さんのことも家のことも何から何まで全部してもらえ。子供も産んでもらえ。本当に愛情があるなら、淫らな関係だけじゃなくて重荷も背負えと言え。私は出て行く。」
 多喜也は平謝りに謝って、浮気相手にも誠意を尽くして女遊びの幕を引いた。

 多喜也が再び、旋回するカラスの悪夢を見るようになったのは、紫恵莉が、米軍兵士の穢れた行いの被害に遭ったからだ。夫婦の間でわが子のように大きな比重を占めていた紫恵の身に起きた事件は、メディアでも取りざたされ、抗議集会も開かれた。多喜也は助けを求める紫恵莉と旋回するカラスの悪夢にうなされるようになった。
 走っても走っても身体が前に進まない。足元を見ると、浮気相手の生首が、弄ばれた仕返しとばかりに多喜也の足首から先をがっぷり銜えている。驚きのあまりにひっくり返って、高く上げた足を振るのだが、外れない。遠くで紫恵莉が危険な目に遭っているのだが、其処に行くことができない。うなされて目覚めると、びっしょりと汗をかいていた。多喜也は激しい恐れに囚われて、女遊びなどせずに紫恵莉の身の安全に気を配るべきだった、浮気相手にも悪いことをしたなどと自分を責める日が続き、自虐の檻を出られない。
 裁判が終わるまで悪夢は続いたが、紫恵莉と同じく、英鈴も憔悴して横になることが多くなり、可奈の介護ヘルパーが来るようになっても、英鈴は毎日の生活に疲れ果てるほど活力を失っていた。
 可奈が老人ホームに入ることになったのは、もう八十に近い年齢のせいで近隣の知り合いが一人二人と減っていき、同じような年齢の友達がほしいと、可奈自身が以前から望んでいたことでもある。多喜也はふと、英鈴はまだ養子を望んでいるだろうか、と思った。 

                             続く

 
 何かが視界に入る。黒人兵の隣で黒い塊が動いている。あれはカラスではないか。北部のヤンバルの森に生息していると聞くが、那覇では見たことがない。昭和四十年代の初期までは宮古島にも生息していた。そうだ、あの日も隣家の屋根の上でカラスの群舞が繰り広げられていたんだったっけ。



 6 紫絵莉の夢

 紫恵莉は命の樹のようにすくすくと伸び、多喜也は成長を楽しみに見守る親の気分を味合わっていた。ダンスを始めた紫恵莉の為に店の横のガレージを掃除して、なるべく大きい鏡を貼り付け、工具の棚にはモニターテレビやラジカセを用意した。
「よし、これで友達との練習がここで出来るぞ。」
 満足げな多喜也の声に、サスペンダーを腰の両側に垂らしたぶかぶかの白いバギーパンツ姿の紫恵莉が手を叩いた。「すっごーい。まるで、アメリカ映画みたい。」
 小さな顔は明らかに弟嫁からの遺伝で、その中に黒々と輝く大きな二重瞼の目は、幸也を介しての亡父の遺伝子に違いない。若いアンテナは流行に敏感で、限られた小遣いで個性を演出する才能は誰に似たのだろうか。女手一つで二人の息子を大学まで出した可奈の、才気煥発な商才に通じるものなのか、それとも、弟嫁の家系に芸能に秀でた者がいるのか、どちらにしても家族にとって宝物のような嬉しい存在となっている。
「シェーリー、目指すなら国際的なスターだぞ。伯父さんのお父さん、つまり紫恵利のお祖父ちゃんは通訳だったんだ。戦争経験者が何時の間に英語を勉強したんだろうね。あの頃、小さな離島から米軍基地の通訳になるってことは、ちょっとしたサクセス・ストーリィだったんだぞ。伯父さんも英会話はかなり上達したから、通訳できるマネージャーに立候補するよ。シェーリーは可愛くて歌もダンスも上手いから、諦めなければ必ず夢を掴めると信じているからな。」
思春期の頃に失った父親の影を追うように英語を学び、紫恵莉の夢に便乗して、多喜也は、沖縄から国際的なスターを輩出する夢を見る。
「うん。安室みたいになれるまで頑張るぞう。」
 紫恵莉は川面に魚が爆ぜるときの輝きをもって応えた。
「その調子。今、街のイベントに出場出来る実力のある中学生チームはシェーリーズだけだから、有望株だ。ビデオを病院に持って行って、おばあちゃんにも見せてあげよう。」
 わくわくと膨らんでくる明るいものに満たされて、多喜也は、煌めく川面を眺める眼差しになった。



 夢に向かって努力できた時代は幸せだった。何もかも、ぶち壊しになる前は・・・。
 外に向かってささくれ立とうとする気持ちを抱いて北を目指す国道五十八号、滅多に見る機会のないカラスに惹かれ、なるべく近くに車を止めた。那覇では、テレビで観るようなカラスと人間の攻防はない。ネット検索で、撃退グッズやゴミ集積所の防護ネット等のサイトを見たことがあるが、増えすぎたカラスは迷惑な隣人らしい。尤も、地上の生物ほとんどの増減には、人間の業が関わっている。問題に気づいた人類は環境に対する認識を変え、どうあるべきか、どうするべきかを考え、変わろうとしている。

5 夾竹桃事件

 二言三言喋れるようになった紫恵莉は、伯母に当たる英鈴を実母のように慕って、マーマーと呼ぶようになった。

 弟嫁は、紫恵莉が一歳の誕生日を過ぎてから働きに出て、可奈が孫は家で預かると言うので誰も逆らえず、また、弟嫁の実家も現役の共働きだったから、紫恵莉は一日のほとんどを英鈴と過ごしていた。
 
 それで、看護婦の弟嫁がシフト勤務で遅くなる日に幸也が連れて帰えろうとすると、まだオムツをしている紫恵莉は、引き裂かれる前の生木のように英鈴の首にしがみつき、「マーマー。」と激しく泣く。そんな時は、英鈴の目にもうっすらと光るものが揺れることがあった。

「義姉さんのことを自分の母親だと思っているのかなあ。」

 幸也がこぼした言葉に、多喜也の胸で何かが閃いたのも、そんな夜だった。
(実の父親よりも英鈴に懐いているのなら、シェーリーを養女に貰えないか。)
「今日はうちで夕飯を食っていけ。その間に紫恵莉も眠るさあ。じゃなかったら、紫恵莉はうちに泊めればいいだろう。これからはそうしよう。」
と言いつつ英鈴に相槌を求めると、英鈴は切れ長の目を更に細めてこくこくと細かく頷いた次には踵を返し、奥に入って床の上にへなへなと座り込むと紫恵莉に頬ずりをした。

 幸也を交えて囲む食卓に、可奈は満足そうな笑顔を添えたが、英鈴が紫恵莉を寝かせに席を外すと、毎回のように声を潜めた。

「英鈴に子供が出来なかったら紫恵莉を養女に貰えんかね。」

「母ちゃんにはかなわんさ。兄ニイ、何とか言ってくれよ。いっつも同じことばっかし言われる身にもなってくれよ。」
 幸也は頑として拒んだが、多喜也は笑って聞くことにしていた。

 紫恵莉と三つ違いで産まれた幸也夫婦の二人目の子は、可奈にとって待望の男の子だった。

 幸也のアパートに、出産祝いの準備をするために出かけようとする英鈴を、
「あんたはそんな服を着て行くつもり。赤ちゃんのいる所に。」
と、可奈が引き止めたのは、昼休みに入った幸也が、母親との食事を済ませて紫恵莉に絵本を読み聞かせている時だった。

「だって、これはターキーがプレゼントしてくれた服よ、お義母さん。どうして駄目なの。」
 店で扱っているシルクのフレンチスリーブで、淡いピンクの地に紅い夾竹桃が描かれている。

「これだから、この嫁は。あのね、夾竹桃には毒があるって分からんの。そんな柄の服を着て行く場合じゃないでしょう。いくら多喜坊のプレゼントでも。もう少し気働きしないかよ、まず。あんたは夾竹桃みたいに毒があるさ。」

 排水溝から溢れ出す汚水のような言葉を並べ立ててから、可奈は、はっと口を噤んだが、英鈴は目に涙を浮かべて着替えに立ち去り、紫恵莉は、

「おばあちゃんの馬鹿っ。何で苛めるの。英鈴マーマーには毒はない。お洋服も毒じゃない。」

と涙ぐんで地団駄を踏んだ。この血の繋がらない幼い姪っ子が、英鈴にとっては家族の誰よりも頼りになる味方だった。



 晩酌で軽く飲んだ後に、多喜也は英鈴を連れて居酒屋の暖簾をくぐった。路地裏の赤い提灯は見慣れたもので、出産祝いが済んで数日経っていたこともあり、その間の労を惜しまず動き回った英鈴をねぎらうつもりだった。弟嫁の家族の前でも「子供が出来ない台湾嫁」と可奈に言われながら、英鈴は忍耐を示して尽くしていた。

「出産も二度目になると早いな。陣痛が始まってから産まれるまでの時間があっと言う間で驚いたよ。」
 多喜也は弟生誕の思い出を、英鈴に話すつもりだった。

「男って、普段は偉ぶっていても、何にも知らないのね。」
と笑った英鈴だったが、その実、英鈴自身、弟嫁から聞いて始めて知ったことだった。

 英鈴は酔ったふりをして、
「お願い。シェーリーを養女に貰って。本当は、親と引き離すのはどうかと思う。でも、お義母さんも願っている。私もシェーリーが可愛い。でなければ別の女に産んでもらえば・・・。本当に私を愛しているなら、出来るはず。・・・でしょ。」
などと夫を試した。

 英鈴は本気で言った訳ではなかったが、多喜也は、(そういう処が、毒があると詰られるところじゃないのか。)と、責めるつもりもなくふと思う。

「他の女に子供を生ませるなんてことを、どうして出来ると思うわけ。俺の人間性は無視か。第一、相手も傷つくじゃないか。」
と却下されると、嬉しい気持ちもある反面、英鈴の口から出てくる言葉は、外国ではお金の為に生んでくれる人もいるのに、という呟きだった。

 勿論、夫が他の女と臥所を共にすることを黙認することは出来ない。体外受精とか、問題があるらしいけれど代理出産という手もあると言いかけて、英鈴は惨めな気分に打ちひしがれた。

「三十過ぎの初産という話はごろごろあるじゃないか。シワサンケ(心配するな)。」

 英鈴は人目を気にして小声になった。
「ターキーは何も分かっていない。私は毎日お義母さんと顔を突き合わせているのよ。毎日何か言われる。子供のことは毎日言われるわけじゃないけれど、毎日のように言われる。一週間に一度でも言われたら気持ちが立ち直るのに一週間かかる。そしてまた言われる。繰り返し。心を氷で覆って頑張っても無理。どこ傷つく。もう、どこも傷ついた。私、ダイヤモンドじゃない。硝子の女だよ。どんなに分厚く見えても落とすと割れる。人に貰った本も破かれた。お義母さんのこと本当は優しい人だと知っている。けれども憎くなることもある。何故だか分かる。子供はまだか、まだか、まだか・・・出来ないのか。シェーリーが養女に来たら、お義母さんも喜ぶ。」

 多喜也は、夾竹桃事件を幸也から聞いている。幸也は母親を諫めたと言うが、多喜也は下手に口出しするのを控えていた。それもあって、別居や離婚の問題に発展するかと案じたが、英鈴は、多喜也の手を握りながらさめざめと泣くのだった。

4 台湾嫁・英鈴

 懐かしい記憶の引き出しを閉めると、静かな二階が気になった。そこには、思わず項垂れてしまいたくなるほどの嫁姑問題が棲んでいる。

 一体、リズムやメロディを変えて止め処なく流れ続ける歳月というレコードはヒトに優しいものなのか、それとも逆のものなのか。多喜也の記憶は7年前の結婚式前夜へとスリップする。

「あんたが貰う嫁さんは台湾の人で、日本人ではないのだから・・・」
と、可奈は言いかけた。

 一日かけて磨き上げたキッチンの白いタイル壁が、電灯の光を反射して真新しいもののように澄ましている。可奈は、買い換えたばかりの重厚なダイニングテーブルに向き合って、小さな咳払いをした。

「相手に理解できない点が見つかったからといって怒ってはいけない。」

 多喜也は、分かっているよ、理解できない自分に問題があるかもしれないと言うのだろうと、答えたつもりだ。可奈は真剣な声色で一言一言を区切った。

「浮気もいけない。特に、日本人の女との浮気は禁物。どんなことがあっても、一生、英鈴を守っていくんだよ。」

 既に寡婦となっていた可奈の頬が、まるで自分が嫁ぐかのように誇らしげに張り詰めていたことを、昨日のように覚えている。

 それなのに、今では嫁の名前さえ呼ばない。

 英鈴とは結婚七年目に入っているが懐妊の兆しが一向になく、彼女の方から、もう子供は諦めて養子を貰おうかと言い出したのは、ちょうど八ヶ月前の、弟嫁に子供が出来たことを知った日の夜だった。

 多喜也は晩酌の缶ビールの栓を開ける手を止めて、暫くの間、睫毛を伏せた白い顔をじっと眺めた。ゆるいウエーブが額から耳の後ろに流れる黒髪は、背中の中ほどまである長さを一本の三つ編みにしている。月型の眉に目尻の上がった切れ長の目が涼しげな印象を与えるのは、民族の特性だろうか。英鈴の高すぎない鼻も、多喜也の心を射止めたものの一つだったが、元の勤務先の近くにある中華飯店で英鈴を見かけたときは、手足のすらりと長いチャイナ服姿の美しさに見とれたものだ。

 七年経っても変わらない白い顔を眺めながら、
(母さんの世話を押し付けっぱなしなのに、子供が出来ると大変だぞ。)
と、心の裡で呟いた。

 実際、その日も可奈は朝から二階の自室で休んでいたが、医師によると内科的には問題がないとの検査結果だったから、多喜也はあまり深刻な心配はしていない。

 しかし、可奈は体調の変化が激しいというだけではない。多喜也には筋違いだと思える細かいことで、全て自我を押し通そうとする。我侭というよりも他の人をへこませずにはいられない病気のように思えた。そんな自己顕示欲の強い可奈に手を焼いて、多喜也は仕事に精を出し、家のことはすっかり女房任せにしていたが、社会性を失った可奈は重箱の隅を突くように英鈴に当たる。それでも英鈴は家事だけでなく可奈の世話から店の手伝いまで身を粉にし、他の人をあざ笑うこともなければ卑下することもない。
 多喜也は、(うちの台湾嫁は掘り出し物の女房だ)と自慢に思っている。

「女という生き物はね、自分の血肉から痛みを伴って命を生み出す尊い生き物なんだって。お義母さんが言うの。それを知らない私は何? 尊くないの?」

 黄色いスクランブル・エッグをまぶしたゴーヤとスライスハムのツナサラダをテーブルの上に置きながら、英鈴が言った。テーブルには、主食の五穀米のご飯と蟹カマのソーメン汁、三枚肉とかぼちゃと椎茸の煮物、胡瓜の浅漬けが並んでいる。
 無理に笑顔を作る英鈴の後ろで、キッチンのタイルが光っている。結婚前夜に可奈が磨いた時のままその白さを保ってきたのは、可奈が元気な時分は可奈が、家事を英鈴が任されてからは英鈴が、磨いてきたからだ。

 多喜也は、英鈴が子供を欲しがっていることに気がついていた。長男嫁らしく仏壇に祈願し、こっそり体温計をつけていることにも。
「陣痛の痛みも、十ヶ月のあいだ身体の中で命が育ってゆく感覚も、その間に抱く感情も、私はまったく知らない。だから、私は女じゃないとでも言う訳。」
 静かな湖のように落ち着いた声の、語尾が震えている。向き合って座った英鈴の目に暗く輝く焦りは、長男嫁の使命感の強さだ。

 多喜也にしてみても多少の焦りを感じないわけではなかったが、ほくほくのかぼちゃを頬張った口で、わざと軽い声を出してみせた。
「そんなに気にしないでもいいと思うよ。いつもの事だろう、母さんに何か言われるのは。子供は天からの授かりものだから、出来る時は出来ると言っておけよ。」

「そんなことを言ったって、いくら仏壇を拝んでも授からないんだもの。」
 英鈴の声が跳ね上がった。

  階段の途中で、空のポットを抱えた可奈の眉根が吊り上がる。長男夫婦の会話が内耳でリピートする。可奈は眉間の皺を深く刻んで、痛む膝を摩りながらゆっくりと階上の影の中へ戻った。

「養子を考えましょ。親のいない子供を引き取って、可愛がって育てるのよ。お義母さんはいつも言っている。まだか、まだかと。お義母さんは最初、私を英鈴、英鈴と言って可愛がってくれた。二年前まで仲が良かった。何でも教えてくれたし、とっても優しかった。でも、今は私のことを台湾嫁と言う。分かっている。お義母さんは私が台湾人だから嫌っているんじゃない。孫に囲まれて暮らす温かな家庭を夢見ていたのに、子供を産めない嫁を貰ったとがっかりしている。だから苛々しているの。早く赤ちゃんを抱かせてあげたい。お義母さんに喜んで欲しいの。私もお母さんになりたい。」

「しかしなあ、どこかで、結婚十四年目で子宝に恵まれたという話を聞いたことがあるぞ。しかも、もし、万が一、養子を貰った後で子供ができたらどうする。」

 英鈴は、どちらも分け隔てなく育てると目を輝かせて誓ったが、多喜也は歯の痛みを堪えるような顔つきになって、首を縦に振らなかった。お母さんごっこのツケは大きいぞと言いたい処を抑えながらも
「出来るわけがない。自分の子の方が可愛いに決まっている。」
と、本心を曝け出した。

 二人は、この時から同じような会話を、何度も繰り返している。多喜也には耳栓でもしたい話題だが、英鈴は夫の顔色を量りながら、養子を諦めていないことを知らせるのだった。

・・・・・・・・・・・・

ところで、下はカテゴリーからのコピーなのですが、不思議な現象が・・・



お久しぶり。ちょまぁ家族との対立はまぁ・・・仲直りのような感じでまたまた一件落着。では本編をどーぞ。 あと分からない人いたらじっくりこれ見てw http://blogs.yahoo.co.jp/okiki26/8174645.html えっと〜今は夏休みなのぉ。 ... 時空の羽 P66 2月2日 19:22


ここにこのページ(2月2日 19:18)が載るはずはんだけれど、何故か、小説のカテゴリーに載らないので、これって不正??? という疑問を書いておきますね。


優しい光が窓から、部屋へ入ってきた。 そうだ。 朝になったのだ。 俺は自分の首にかかった『龍の涙』を見てみる。 昨夜、月水調に貰い受けたものだ。 俺の世界では、勾玉(まがたま)と言われるものに近いと思う。 この国に伝わる神器。 ... 放浪の戦乱記 ―旅の道筋は遠く―(8) 2月2日 19:17

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