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営林署前駅

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「営林署前駅」。夕張鉄道の線路は若菜からはほぼ夕張線に並走します。
夕張市若菜常盤の営林署前は1956(昭和31)年 8月11日に臨時停車場として開設、12月1日駅として正式開業しています。待合室とともに夕鉄共栄社の売店が併設され踏切・道々を横断すると夕張営林署がありました。
1971(昭和46)年11月15日栗山駅・夕張本町駅間旅客営業廃止に伴い廃止となりましたが、駅舎は今も仏具店として残っています。写真・石田司氏撮影・1989年頃。

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SL館内に保存されているシューパロ湖駅の名所案内。
「桜ケ丘公園 対岸700m」の記述が目をひきます。
「桜ケ丘」はショーパロ川の東側に位置し、戦後の1946(昭和21)年から「桜ヶ丘開拓団」によって開墾が進められ、1948(昭和23)年11月1日には桜ヶ丘小学校が開設されています。
集落付近にはかつて三菱鉱業大夕張鉄道の「農場前臨時停車場」(1946年2月・第二農場前臨時停車場として開設)があり、シューパロ川には吊り橋がありました。
大夕張ダム建設に伴い農家は離村、臨時停車場も1957(昭和32)年2月に廃止されています。
ダム完成に伴うシューパロ湖の登場により一部が公園として整備されたが、それも余り活用される事も無く消滅しました。
その後の建設されたシューパロダムにより、大夕張地区も水没、地域の歴史は人々の記憶から消えようとしています。

※写真はSL館収蔵のシューパロ湖駅の観光案内、農場前臨時停車場(白黒写真をカラー化)、当時の観光案内(白黒写真をカラー化)、シューパロ湖の絵はがき(桜ケ丘公園の辺り)。

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・旭沢鉄橋と炭住街
列車は1分の停車で10時4分、明石町駅を発車する。ここから終点の大夕張炭山までは大夕張炭鉱の炭住街がシューパロ川の河岸段丘に整然と並らび続いている。 列車は目のくらむ高さの旭沢鉄橋を渡る。1929(昭和4)年、炭鉱の北部開発・移転に伴いこの鉄道も延長され南大夕張・大夕張間には8本の鉄橋が架けられたが、昭和30年代後半のダム工事や道路工事に伴い埋め立てられ、いまでも残っているのは明石沢とこの旭沢の2本の鉄橋だけとなってしまった。 対岸の常盤町の炭住街を見下ろしながら列車は山小屋のような駅舎の「千年町駅」に到着した。 数人が列車を降り、発車。山手には大夕張営林署があり、岳富町の商店街を築堤から見下ろしながら「大夕張駅」に到着した。 ここでほとんどの乗客が下車する。2分の停車のあと発車、定刻の10時19分、「大夕張炭山駅」に列車が到着した。構内には巨大な選炭機やずり山がそびえ、石炭貨車やメタノールのタンク車が数多く停車して炭鉱の活気が伝わってくる。 石炭産業の不振が伝えられるが、ここ大夕張は南大夕張の新鉱と共に歴史も浅く、しばらく合理化・閉山とは無縁のようである。(了)

※写真は旭沢橋梁と大夕張炭山駅構内。後者は白黒写真のカラー化。

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・シューパロ湖と夕張岳
「南大夕張駅」で5人ほどが降車し、新たに10人程が乗ってくる。一部の石炭貨車を切り離し定刻の9時45分に南大夕張駅を発車、120万t規模の出炭を目指し建設中の南大夕張新鉱の施設を見下ろしながら列車は青葉トンネルに進入する。 煙にまかれながら列車がトンネルを抜けると、車窓からの景色は一変する。窓外には1961(昭和36)年に完成した大夕張(二股)ダムによる人造湖・シューパロ湖が広がり、ダム管理事務所の対岸にはかつての森林鉄道の鉄橋・三弦橋がその造形美を湖面に映している。 短い崩落覆いを抜け列車は細長いシューパロ湖に沿って北上する。1962(昭和37)年6月行楽客誘致のため設置された「シューパロ湖駅」もバス路線の充実により乗降客が低迷し昨年9月末に廃止され、駅舎の土台が寂しさを誘う。シーズンオフなのか湖畔の公園にも人影は無い。吉野沢トンネルに入る辺りから遠くに夕張岳が現れる。明石沢の短い鉄橋を渡ると「明石町駅」に到着する。乗降客は少なく夕張岳への登山客であろうかリックサックを担いだ数人が降りていったが、この駅の西の高台には夕張東高校があり、朝夕の通学時間には狭いホームは高校生達で賑わう。

※写真は南大夕張駅舎、南大夕張新鉱(記念入場券)。そして湖畔を行く混合列車・白黒→カラー化です。

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・北夕炭鉱閉山と南大夕張新鉱
遠幌駅で5〜6人ほどの乗降客があり9時28分定時に発車する。遠幌加別川を高い鉄橋で渡ると右手には岳見町の炭鉱住宅が続き、左手には農地が広がる。北菱鹿島炭鉱のベルトコンベアを抜けると、北夕炭鉱のポケットがあるが4月に既に閉山となっており、夕張川対岸の台地上に広がる炭住街も静けさにつつまれている。 やがて新しい商店が軒をかすめ9時40分南大夕張駅に到着する。ここは1966(昭和41)年から開発が進められた南大夕張新鉱の石炭積出駅で昨年10月から試験採炭を開始し、今年の8月には営業採炭を開始する予定となっている。駅構内近くには新しい選炭機がそびえ、石炭を満載した貨物列車も停車している。菊水町・青葉町では北夕とは対照的に新しい炭鉱住宅の建設が続いている。

※遠幌の鉄橋を渡る混合列車と新しい炭住街(青葉町)。

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