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概要http://www.kbc.co.jp/tv/kanemi/image/image_outline.jpg1968年、北九州市に本社を置くカネミ倉庫が製造した食用の米ぬか油を食べた西日本一帯の1万4000人以上が吹き出物や内臓の疾患、がんなどの被害を訴えた。原因は油に含まれた猛毒のダイオキシン類。患者の症状は44年がたった今も続く。認定患者は2012年3月末現在、1966人(うち死亡者数596人)にのぼる。
被害の発覚カネミ油症事件は1968年(昭和43年)10月10日、朝日新聞が「正体不明の奇病続出」と第一報を報じたのが発覚の発端だった。西日本各地で吹き出物や手足のしびれ、倦怠感などの健康被害を訴え出る人が相次いだのである。原因は北九州市に本社を置くカネミ倉庫の米ぬか油「カネミライスオイル」。被害は福岡県を中心に西日本一帯に及び、1万4000人以上が被害を訴え出る「国内最大の食品公害」となった。
人類初のダイオキシン類による食中毒被害中毒の原因は当初、油の臭みを取る工程の熱媒体として使われた有機塩素化合物PCB(ポリ塩化ビフェ二ール)とされ、患者の症状は次第に軽減されると考えられていた。しかし1974年、油にはPCBが加熱されることで変性した猛毒のダイオキシン類、PCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)が主な原因物質であることが判明する。2001年には国もダイオキシン類が主原因であることを認め、カネミ油症事件は「人類が初めてダイオキシン類を直接口から食べた」事件であることが明らかとなった。
患者の症状ダイオキシン類はベトナム戦争(1960年〜1975年)でアメリカ軍が使用した「枯葉剤」にも含まれていたことで知られる。症状は吹き出物などの皮膚症状や手足の痺れといったものから、肝機能障害、骨の変形、歯の異常や頭髪の脱毛、流産、がんに至るまで全身の多岐に及び、カネミ油症は「病気のデパート」とも言われる。
これまで多くの被害者たちが、がんなどを発症し、死亡している。ダイオキシン類は体内での残留性が高いことでも知られており、患者たちの症状は44年がたった今も続いているのが現状である。 次世代被害ダイオキシン類の大きな特徴の1つは被害が子や孫の世代に引き継がれることである。事件発生当時には油を食べた女性患者から皮膚の色が黒ずんだ「黒い赤ちゃん」が生まれるケースが数多く報告され、社会に大きな衝撃を与えた。2010年5月、国は認定患者を対象に実施した健康実態調査の結果を公表したが、子供、もしくは孫に「吹き出物がある」、「疲れやすい」などといった被害を訴える患者が調査対象者ののべ半数以上に及んでいる。
差別と偏見カネミ油症の根本的な治療法は今も見つかっていない。また「黒い赤ちゃん」など被害が次世代に引き継がれていく懸念などから患者たちは事件発生当初から結婚や就職などで激しい差別や偏見に見舞われた。患者たちは次第に被害について口をつぐむようになり、毎年一部の自治体で実施される油症検診すら受診しない患者が相次ぐようになるなど、被害の実態把握は大きく遅れた。また患者の多くが家庭の食卓でカネミ油を食べたケースが多いことから、家族ぐるみで油症の症状に苦しみ、働けなくなったり、医療費がかさむなどして生活困窮に陥るケースが相次いだ。
未認定問題と認定基準2012年3月末現在、カネミ油症患者として認定されたのは1966人(うち死亡者は596人)。被害を訴え出た1万4000人の約14%に過ぎない。厚生労働省の全国油症治療研究班が定めた認定基準によって被害者の認定、未認定が振り分けられ、現在は血中のダイオキシン濃度が最も重要視されている。しかし、その基準の妥当性には疑問の声も上がっている。
裁判と仮払金問題カネミ油症をめぐる民事裁判は発覚の翌年1969年に始まった。裁判は責任企業のカネミ倉庫やPCBを製造したカネカを相手取り1986年までに8件が提起され、うち5件については被害の拡大責任を問われた国も相手取って行われた。原告は1985年までにカネミ倉庫だけでなく、国にも2度勝訴。しかし、翌86年5月、全国統一民事訴訟第二陣の二審判決で流れは変わり、国に逆転敗訴した。その後最高裁も原告敗訴の見通しを示したことから、原告は国への訴えを取り下げる。その結果原告は先に受け取った1人当たり約300万円の賠償金の仮払金を返還する義務が生じ、すでに医療費や生活費などにつぎこんでいた原告たちの中には返還に応じきれず、自殺者も現れるようになった。その事態を重く見た当時の自公政権は2007年に仮払金返還を免除する特例措置法を成立させ、仮払金問題は一定の解決に至る。
2008年には87年の裁判終了後に新たに認定された新認定患者がカネミ倉庫を相手取り損害賠償請求訴訟をおこし、現在も裁判は続いている。 取り残されていた患者救済(〜2013年3月)カネミ油症の被害者は油症検診を受診して患者と認定されない限り、一切の医療費助成を受けることができない。さらに認定されても責任企業のカネミ倉庫からは見舞金23万円の支給(認定時のみ)と、認定後の医療費の一部が支給されるだけで、過去の裁判の原告への賠償金500万円も経営難を理由に支払いが凍結されたままである。国は治療研究の資金として全国油症治療研究班に約2億円の研究費(2012年度)を、そしてカネミ倉庫には経営を支援するため政府米の倉庫代 およそ1億5000万円(2011年度)を支払っているが、過去の裁判で原告側が国への訴えを取り下げたことを根拠に、患者に直接、医療費などの公的支援を行うことを一貫して拒んでいる。
政権交代で芽生えた救済の機運事件から42年が経過した2010年、患者の高齢化が進む中、患者と支援者は政権交代を機に2010年1月以降、医療費の公的負担などを盛り込んだ「カネミ油症被害者救済法案」の成立を求めて全国で被害者集会を開催し救済を訴えた。そして3月には、患者と支援者が民主党幹事長室に救済法案の成立を陳情。民主党内でも一部の議員が救済法案の議員立法の検討を進めるなど、法案成立への機運が高まっていたが、2010年6月の鳩山総理辞任などの 政局の混乱を受け、法案の通常国会提出は断念された。
被害者救済法の成立2011年8月、被害者からの声を受けて民主、自民、公明など有志の国会議員は超党派の国会議員連盟を設立。被害者救済法成立に向けた機運が再び高まりはじめた。そして、翌2012年3月には自民、公明両党がまとめた救済法案に民主も合意し、救済法成立は現実性を帯び始める。しかし厚生労働省などが「食中毒は原因企業による補償が原則」などとして法制化に強く反発。それを受けて民主党は一転、法案ではなく国の予算措置による救済案に傾くなど救済へ向けた動きは迷走する。結局、自民、公明が民主を引き込む形で超党派の議員連盟は法案をまとめ議員立法で国会へ提出。2012年8月29日の参院本会議で救済法は可決、成立された。
医療費の公的支給ならず・・・ カネミ油症被害者救済法国は救済法に基づく支援策として2013年度から当面、認定患者を対象に毎年1回健康実態調査を実施し「支援金」として年19万円を支給。また従来からカネミ倉庫に対し行われている備蓄米などの保管委託を拡大してカネミ倉庫の経営支援策を拡充させ、カネミ倉庫からも年5万円を支給する。さらに認定基準も見直し、被害発覚当時に認定患者と同居していた家族などで未だ未認定のままの患者も認定することになった。しかし、患者の医療費については国からの支給は見送られ、従来通りカネミ倉庫から支給されることとなり、国からの直接救済を望んでいた患者からは失望の声が相次いだ。
残された次世代被害今回の救済法成立は、患者にとって完全救済への「大きな一歩」に過ぎないと言える。認定基準が見直されたとはいえ、大半の未認定患者は救済されないままであり、被害者が高齢化する中、未だ根本的な治療法の開発にも至っていない。また子や孫への「次世代被害」に対する救済も手付かずの ままである。カネミ油症被害者の完全救済には未だ多くの課題が残されたままとなっている。
カネミ油症被害者の未認定問題
油症被害の届出は、1969年7月1日現在で1万4320人である。これ以降公式の届出数は公表されていない。これに対し、認定された油症被害者は申立時現在1867人で認定者の割合は13パーセントである。この「認定」率は食中毒事件としては極めて異常である。
カネミ油症事件は、食中毒事件であるにもかかわらず、最終的な報告文書はどこにも存在しない。この異常に低い「認定率」は、初期の「皮膚症状」に偏った「診断基準」による患者切り捨て以外の何ものでもない。食品衛生法の規定とおよそかけ離れた検診・認定制度によるものである。 通常の食中毒事件においては、医師の届出・保健所による調査により「認定」されるが、カネミ油症事件では、法にない「認定制度」により、多数の未「認定中毒患者」が生み出された。 また、カネミ油症被害に対する「恒久対策」がないことから、「苦労」して「認定」してもらっても実りは少なく、このことが被害者を検診に消極的にさせている。 http://www.kbc.co.jp/tv/kanemi/image/midashi_archives.gif
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カネミ油症被害の補償体系が十分に整備されていないことから、一部の被害者はカネミ倉庫や国を相手に訴訟を提訴し、地裁と高裁において勝訴判決を得たが、最高裁判決を前に判決が転回することを恐れて訴えを取り下げた。
そのため、訴訟の過程で受け取った仮執行金を返還する義務が生じることになったが、多くの被害者は経済的に困窮していたため、返還は非常に困難だった。
この問題は「仮払金返還問題」として、訴訟が妥結に至った1987 年から特例法成立によって問題が決着する2007 年まで、「国に借金をしている」という精神的重石を被害者に負わせ、救済の訴えを封じることになった。
このように、被害の救済策が空洞化している状況を打破すべく被害者らが展開した運動によって、かえって被害者の立場は弱いものとなり、原告同士や弁護士との関係は悪化し、沈黙せざるをえない状況が作られた。
2018/8/4(土) 午後 1:26 [ 公序良俗に反するカネカPCB ]
カネミ油症認定に関し宇田和子教授にきく
――今の認定の問題は。
ダイオキシン類の被害はまだ全容が分かっておらず、国際的な知見を総動員するべきテーマだ。国は患者認定の責任を研究班だけに負わせているが、すべて任せることはできない。医学的な認定から漏れても、状況から明らかに被害者だという人を患者と認める行政認定や司法認定のような制度が必要だ。弁護士らを加えるなどして、事実上、医者だけが認定している状況を止めないといけない。
――現在の事態を招いた原因は。
油症のような食品による大規模な被害に対応する制度がないためだ。食中毒を扱う食品衛生法にはそもそも救済の概念がない。公害には国も関与した認定・補償制度があるが、食品に由来する被害は公害にあたらない。食中毒と公害の制度の空白に落ち込んでいる。
発覚の後、厚生相は「公害に準じた扱い」の必要に言及した。国も普通の食中毒事件の扱いでは不十分との認識があったはずだが、結局、手を打たなかった。
2018/12/2(日) 午前 10:48 [ 悪徳企業と保身公務員の被害防止 ]