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カネミ油症事件 九州放送
カネカ 油症原因企業
[ 悪徳企業と保身公務員の被害防止 ]
2018/12/2(日) 午前 10:48
カネミ油症認定に関し宇田和子教授にきく
――今の認定の問題は。
ダイオキシン類の被害はまだ全容が分かっておらず、国際的な知見を総動員するべきテーマだ。国は患者認定の責任を研究班だけに負わせているが、すべて任せることはできない。医学的な認定から漏れても、状況から明らかに被害者だという人を患者と認める行政認定や司法認定のような制度が必要だ。弁護士らを加えるなどして、事実上、医者だけが認定している状況を止めないといけない。
――現在の事態を招いた原因は。
油症のような食品による大規模な被害に対応する制度がないためだ。食中毒を扱う食品衛生法にはそもそも救済の概念がない。公害には国も関与した認定・補償制度があるが、食品に由来する被害は公害にあたらない。食中毒と公害の制度の空白に落ち込んでいる。
発覚の後、厚生相は「公害に準じた扱い」の必要に言及した。国も普通の食中毒事件の扱いでは不十分との認識があったはずだが、結局、手を打たなかった。
カネミ油症、患者側の敗訴確定 最高裁が上告棄却
カネカ 油症原因企業
[ 公衆衛生は綺麗にして健康 ]
2018/11/23(金) 午後 3:23
民事訴訟では、1985年までは、原告側勝訴の流れが続き、カネミ倉庫、鐘淵化学工業、国に賠償金の支払い命令が出されました。
それにしたがって、福岡民事、小倉民事第一陣・第三陣原告には賠償金が支払われましたが、鐘淵化学と国は判決を不服として上告したため、両者の支払い分はあくまでも「仮払金」でした。
1986年小倉民事第2陣の控訴審で鐘淵化学と国の責任が否定され、原告側の敗訴となってからは流れは一気に原告側に不利なものになりました。
原告は最高裁に上告しましたが、このまま裁判を続けて最高裁での敗訴が確定すると、カネミ倉庫以外からは一切賠償金を受け取ることができなくなるばかりか、国に対して責任を問うことができなくなり公的な救済を求める道も閉ざされてしまう可能性が大きくなったのです。また、それまでに受け取った仮払金の返還する義務も生じてしまいます。
そこで原告団は、最高裁の勧めに従って鐘淵化学との和解に応じ、和解に応じようとしない国に対しては、判決を待たずに訴えを取り下げるという苦渋の決断をせざるを得ませんでした。
[ カネカのPCBによるカネミ油症 ]
2018/11/18(日) 午後 5:05
公衆衛生 カネミ油症
公衆衛生
[ カネカのPCBによるカネミ油症 ]
2018/11/18(日) 午後 5:03
[ 世の中の傘 ]
2018/11/18(日) 午後 1:22
市や患者らの実行委が「油症の経験を未来につなぐ集い」として主催した。認定患者2322人(3月末時点、故人含む)のうち、長崎県は964人。五島市はその約9割を占める。野口市太郎市長は「事件を知らない世代も増えてきた。被害の現状を認識する機会となることを願う」とあいさつした。
被害者が高齢化する中、現在まで有効な治療法はなく、一方で未認定の被害者や、患者の子・孫の救済など残された課題は多い。同市の患者団体の旭梶山英臣会長(68)は「一般に流通した油を食したという意味でどこでも起こり得る。未知の化学物質がまた(同様の事件を)引き起こすことを考えておかねばならない」と油症の教訓を訴えた。
来賓として出席した坂口力・元厚生労働相は「(ダイオキシン類の血中濃度の基準に偏重せず)症状の有無で認定をしてもいいのではないか。50年を節目にもう一度検討すべきだ」と、患者認定のあり方を見直すよう唱えた。
公衆衛生 カネミ油症
公衆衛生
[ 公衆衛生の義務 ]
2018/11/4(日) 午前 11:51
カネカは、1954年に日本で最初に「カネクロール」という商品名でPCBの製造を開始し、1957年ころから熱媒体用途の製品として生産・販売を拡充していった。
しかし、PCBの毒性については、労働科学研究所の野村茂元熊本大学医学部公衆衛生学講座教授が、PCBの動物実験により、極めて激しい中性脂肪変性を起こして死に至ることや、PCBが皮膚疾患を起こすこと、また、それにとどまらず、PCBが皮膚を通じて体内に入り込み、肺、腎臓、副腎に一定の変化を起こすことを究明し、このような研究成果を労働科学研究所発行の「労働科学」1949年11月10日号に発表していた。
カネカは、日本で他の企業に先立ってPCBの生産を開始したものであるが、PCBを食品の熱媒体用として製品化するに当たり、それが人体に危険を及ぼすおそれの高い分野であるにもかかわらず、独自に動物実験を行ってその毒性の程度や生体に対する有害性を確かめたり、又は他の研究機関に調査を委託したりするなどしてその安全性を確認したという事実は認められない。
[ 環境汚染・違法行為情報交換会 ]
2018/10/28(日) 午後 5:54
カネミ油症問題における貴重な証言「テントの中から第2集」(紙野柳蔵発言集)という文書。433頁という大きく、重い文書である。
紙野さんのご家族が「得体の知れぬ奇病」にかかったのは、1963年3月であると言われている。その頃、家族全員(4名)と近所に嫁入り先の長女の家族全員(4名)に発症した。
近くの病院という病院で診てもらったが病名が分からぬまま数ヶ月が過ぎた。その年の10月10日の朝日新聞夕刊に「西日本一帯に奇病現れる」という見出しで、油症が報道された。
原因となったのはカネミ倉庫株式会社製の食用油であった。勿論、相当長い間会社側はそれを否定し続けてきた。その5年後(1968年)の、カネミ製油会社の社長は、自社の製品が原因であったこと認め
それ以後、長い長い闘争が続いている。この発言集は、この闘争の先頭に立ち続けている紙野さんの発言をまとめたものである。最初の文書は、1969年2月ごろに出版されたパンフ「私達は何故カネミライスオイルの為に苦しまなければならないか」に掲載された『油症患者は救われるのでしょうか』という短い論文である。
公衆衛生 カネミ油症
公衆衛生
[ 公徳心やコンプライアンス ]
2018/10/3(水) 午後 7:10
[ 公序良俗に反するカネカPCB ]
2018/8/4(土) 午後 2:18
カネミ油症、患者側の敗訴確定 最高裁が上告棄却
カネカ 油症原因企業
[ 公序良俗に反するカネカPCB ]
2018/8/4(土) 午後 1:45
カネカ・カネミ油症被害の補償体系が十分に整備されていないことから、一部の被害者はカネミ倉庫や国を相手に訴訟を提訴し、地裁と高裁において勝訴判決を得たが、最高裁判決を前に判決が転回することを恐れて訴えを取り下げた。
そのため、訴訟の過程で受け取った仮執行金を返還する義務が生じることになったが、多くの被害者は経済的に困窮していたため、返還は非常に困難だった。
この問題は「仮払金返還問題」として、訴訟が妥結に至った1987 年から特例法成立によって問題が決着する2007 年まで、「国に借金をしている」という精神的重石を被害者に負わせ、救済の訴えを封じることになった。
このように、被害の救済策が空洞化している状況を打破すべく被害者らが展開した運動によって、かえって被害者の立場は弱いものとなり、原告同士や弁護士との関係は悪化し、沈黙せざるをえない状況が作られた。





