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カネミ油症は終わっていない。カネカや国は全被害者の救済を!

カネミ油症

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カネミ油症被害者の提訴は、関係者の思惑から全国統一訴訟団と油症福岡訴訟団にわかれて提訴された。
全国統一訴訟は国を相手にしていたが、福岡訴訟団は時間節約を目的として国を外しカネカ・カネミ倉庫を相手とした。
和解終結後の認定患者に対してはカネミ倉庫は訴訟患者の和解条件と同様の取り扱いをしているが、医療費自己負担分の支払い、一律23万円の一時金、死亡時3万円の葬祭料の支払い。
鐘淵化学工業(カネカ)は新規認定患者約80人に対しては和解金300万円を支払っていない。理由として訴訟時に原告であった人だけを対象としてカネカに責任は無いとする条件で和解した為その後の認定患者への責任は無いとしている。

一方水俣病では、チッソと一部の患者家族との間で,いわゆる見舞金契約が締結されました。この見舞金契約はわずかな補償と引き換えに将来新たな補償金の要求は一切行わないという内容でした。
 この見舞金契約は被害者の窮状と孤立に乗じて,被害者に無理矢理押しつけられたものといえます。この見舞金契約は,後の裁判(水俣病第1次訴訟熊本地裁判決)において,公序良俗に反し無効と断罪されました。


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カネミ油症に関するトピックス:朝日新聞デジタル

www.asahi.com > ニュース > トピックス - キャッシュ
カネミ油症とは》1968年、カネミ倉庫製の米ぬか油を食べた人に、神経、呼吸器などに 様々な症状が現れた。油の製造過程で混入したポリ塩化ビフェニールが加熱されて生じ たダイオキシン類が主原因とされる。2013年5月末現在の認定患者数は2210人で、 ...
mainichi.jp/ch151021433i/カネミ油症
子や孫も 被害半世紀、14日集会 「2世」救済拡大求め. カネミ倉庫(北九州市)の 米ぬか油が引き起こした国内最大の食品公害・カネミ油症の被害者らが14日、油に 混入した原因物質PCB(ポリ塩化ビフェニール)を製造した鐘… (2017年10月8日 15: 45).
mainichi.jp/articles/20170607/ddp/041/040/027000c
2017年6月7日 - 猛毒ダイオキシンが原因物質の国内最大の食品公害・カネミ油症事件は来年、発生 から50年を迎える。1968年10月に西日本を中心に被害者の存在が表面化したが、 記録をさかのぼると、同年6月7日に九大付属病院(福岡市)で油症とみ ...
mainichi.jp/ch170569531i/カネミ油症事件
2017年5月22日 - 毎日新聞のニュース・情報サイトです。事件や話題、経済 ... 五島市は来年度実施する カネミ油症事件発生50周年事業の実行委員会を設置した。油症被害者や支援団体 などで構成し、会長はカネミ油症支援センターの下田守代表。日本最…
www.nagasaki-np.co.jp/press/kanemi/ - キャッシュ
2014/03/28 3月30日に無料自主検診 2014/03/24 カネミ油症新認定訴訟 「訴える 権利」認めるか 【関連企画】 □カネミ油症1968〜69年 当時の紙面で振り返る (2010年 1月17日) □私の中の毒物 カネミ油症発覚から41年 (2009年12月7日〜12月13日)
www.nagasaki-np.co.jp/press/kanemi/kiji/t20090426.html - キャッシュ
一九六八年に本県など西日本一帯を襲った国内最大の食品公害カネミ油症事件は、未 認定患者の救済問題が一つの焦点となりつつある。特に、同じ汚染油を摂取した家族内 でも認定、未認定に区分する厳しい診断基準が問題視され、二月に ...



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転載元転載元: 有害物質は土壌・底質に蓄積する。高砂西港のカネカ盛立地を学ぶ



カネミ油症が発覚する直前、カネミ倉庫製造のダーク油を含む配合飼料が原因で、40万羽以上のニワトリが死んだ「ダーク油事件」が発生。このときにカネミ倉庫を詳しく調査していれば、深刻な事態を防げたかもしれません。当時の農水省はニワトリの問題として処理しました。縦割り行政の弊害です。
またこの時期、高価格だったカネミ油(回収したものを転売した疑いがある)の安売りが五島市や福岡県田川市で行われ、被害者が集中しました。
宿輪さんは、人為的に被害を拡大された側面も指摘されました。



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horiguchi-gyousei.com/8/ - キャッシュ
2004年9月厚生労働省の所管組織である国の「油症治療研究班(九州大学医学部を 中心とする研究グループ)」は、新たに血液中のダイオキシン濃度を検査項目に加えた新 認定基準を発表しました。 ... 福岡市博多区・福岡市中央区・福岡市南区・福岡市西区・ 福岡市城南区・福岡市早良区・大牟田市・久留米市・直方市・飯塚市・田川市・柳川市・ 八女市・筑後市・大川市・行橋市・豊前市・中間市・小郡市・筑紫野市・春日市・大野城市 ・宗像市・太宰府市・古賀市・福津市・うきは市・宮若市・嘉麻市・朝倉市・みやま市・糸島 市・ ...




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www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/.../dl/kaigi_h25-1-01.pdf
カネミ油症関東連絡会. カネミ油症被害者関西連絡会. 広島県カネミ油症被害者の会. 広島油症被害者の会. カネミ油症被害者高知連絡会. 油症医療恒久救済対策協議会. 北九州被害者の会. カネミ油症被害者福岡地区の会. 田川地区被害者の会. 長崎市 患者の会. カネミ油症五島市の会. カネミ油症新認定訴訟原告団. 厚生労働省医薬 食品局食品安全部企画情報課. 農林水産省食料産業局食品製造卸売課. 農林水産省 生産局農産部貿易業務課. カネミ倉庫(株). 患者団体. 国 ...


カネミ油症関東連絡会
カネミ油症被害者関西連絡会
広島県カネミ油症被害者の会
広島油症被害者の会
カネミ油症被害者高知連絡会
油症医療恒久救済対策協議会
北九州被害者の会
カネミ油症被害者福岡地区の会
田川地区被害者の会
長崎市油症患者の会
カネミ油症五島市の会
カネミ油症新認定訴訟原告団



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www.ponpo.jp/madarame/lec1/kanemi-np1.html - キャッシュ
空前の食品公害となったカネミ油症事件で、PCBが混入した食用油を製造、 販売した カネミ倉庫会社(北九州市)の幹部二人が業務上過失障害の罪に問われていた カネミ油症事件刑事裁判の判決公判は、 24日午前10時から福岡地裁小倉支部刑事 ... 食品公害をめぐる刑事判決としては、 この油症判決は森永ヒ素ミルク中毒事件についで 二番目。 ... 人間としての良心が裁かれていない――24日朝、 福岡県田川郡添田町の 自宅で判決を伝えるテレビを見つめながら、 紙野柳蔵さん(65)はそう考えた。




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www.jcp-fkengidan.jp/.../カネミ油症の実態と対策について-五... - キャッシュ
またこの時期、高価格だったカネミ油(回収したものを転売した疑いがある)の安売りが 五島市や福岡県田川市で行われ、被害者が集中しました。 宿輪さんは、人為的に被害 を拡大された側面も指摘されました。 2012年の救済法で同居患者などの認定が一定 進んだものの、認定基準があいまいなため影響の広がりもつかめず、今なお未認定の 被害者を多く残しています。具体的な治療法も発見されていません。宿輪さんは、「油症 研究班のデーターを患者自身が見ることはできない」「検査データを集める ...


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repository.ris.ac.jp/dspace/bitstream/.../KJ00005613256.pdf
しかしながら, 玉之浦町自. 体も長崎市等に比べれば, 離島に位置づけられていることは 忘れてはならない。 長崎県の場合, その離島に被害が集中したのである。 奈留町でも 「 奈留町油症. 患者の会」 が発足した。 奈留町ではじめて認定患者が確認された翌月, 福岡市の九州電力の社宅に住. んでいた45人 (九電グループ) が中心となり, カネ ミ, カネ ミ社長の加藤三之. 助, 鐘淵化学を被告として, 福岡民事訴訟をおこ した。 カネ ミ 事件の初め. ての訴訟であった。 そしてその年のーー月には長崎市に北九州, 田川, 広島, ...



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www.city.goto.nagasaki.jp/contents/living/index563.php - キャッシュ
活動名, ・中学生を対象とした出前講座・総合学習活動・大学生を対象とした講座活動・ ダイオキシン汚染など「食品公害」に関する啓発活動. 目 的, カネミ油症被害の全体像の 解明と、次世代への継承. 日 程. 平成25年6月〜平成26年1月. 対 象(参加者数).



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www.yusho.hosp.kyushu-u.ac.jp/seminar/index.html - キャッシュ
九州大学病院油症ダイオキシン研究診療センターのご案内。 ... 油症ダイオキシン研究 診療センターでは、「ダイオキシン類の毒性を抑制する可能性がある食物とその成分」を 紹介しております。 ... 5月28日(木), 場所, 奈留保健センター(長崎県五島市奈留町).
www.yusho.hosp.kyushu-u.ac.jp/gairai/ - キャッシュ
油症外来は九州大学病院、長崎大学病院、長崎県五島中央病院の3施設で連携をとり ながら、油症患者さんのニーズに応えることのできる体制づくりを行っています。お気軽 にお近くの外来にご相談ください。 また、スムーズな診療を行えるように、ご来院の際は  ...
blue.ap.teacup.com/documentary/366.html - キャッシュ
2005年10月5日に掲載した「五島で初のPCB・ダイオキシンシンポジウム」(記事 カテゴリは「ニュース」)関連の長崎新聞の記事をまとめました。 PCB・ダイオキシン シンポ9日開催へ準備着々 カネミ油症関連写真展示 五島五島】国内最大規模の食品 公害、 ...


「PCB・ダイオキシンシンポジウムin五島」関連記事  公害・薬害・環境・医療問題



2005年10月5日に掲載した「五島で初のPCB・ダイオキシンシンポジウム」(記事カテゴリは「ニュース」)関連の長崎新聞の記事をまとめました。

PCB・ダイオキシンシンポ
9日開催へ準備着々
 カネミ油症関連写真展示  五島
【五島】国内最大規模の食品公害、カネミ油症事件と環境問題について考える「第一回PCB・ダイオキシンシンポジウムin五島」が(実行委主催)の五島市開催を九日に控え、実行委メンバーは六日、市内の事務所で配付資料の作成など準備を進めた。
 同市は油症患者が集中し、今も複合的な症状や生活苦に悩む人は多い。実行委は患者と一般市民で構成。カネミ油症五島市の会など後援。シンポでは厳然と続く油症被害の実態や油症の主因物質、ダイオキシン類などの問題を詳細に伝える。油症関連の本格的シンポは同市で初めて。
 実行委メンバーは六日、浦口一郎委員長(38)の事務所で、会場に展示する写真やパネルをチェック。患者の生活の様子や吹き出物で覆われた皮膚、「黒い赤ちゃん」など百点に上る写真の展示方法などを検討した。
 実行委の新垣優子さん(39)は「カネミ油症の問題をもっと知り、伝え、子どもたちが安全に暮らせる環境と国の在り方を考えたい」と話した。
 九日は午後一時から三尾野一丁目の市福江総合福祉保健センターで開催。患者が被害実態を訴えるほか、弁護士や研究者らが講演。歌手の加藤登紀子さんら著名人のビデオレター上映もある。
(長崎新聞、10月7日掲載)


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聞きたい言いたい
◆PCB・ダイオキシンシンポジウムin五島実行委員長 浦口一郎さん(38)
 
 うらぐち・いちろう 五島市玉之浦町出身。1歳のころカネミ油を母乳や離乳食などを通じて摂取。県立五島商高(現五島海陽高)を卒業後、島外で商業写真の修業を積み同市にUターン。現在は、総合防災のアール・テクノ・サービス代表社員。2002年に結成したダイオキシンを考える会の共同代表。同市吉田町在住。

油症の教訓次世代へ
 <カネミ油症事件の被害者が集中する五島市。一九六八年の事件発生から三十七年がたった今、カネミ油症とダイオキシン問題のシンポジウムが九日午後一時から同市の福江総合福祉保健センターで開かれる。広く市民に参加を呼び掛ける実行委の思いと今後の展開を聞いた>
 ―浦口さん自身が油症患者ですね。
 発症は一歳ごろ。小さいころから体調は悪く、ぜんそくの発作でもよく入院した。両親も非常に苦しんだらしい。でも当時の記憶はなく、自分自身は油症のことはあまり気に留めず生きてきた。油症の患者会の活動に参加したことはない。
 ―油症やダイオキシンの問題に踏み出したきっかけは。
 ダイオキシン汚染はいつ自分に降り掛かってくるか分からない問題で関心があり、調べていくうちにカネミ油症にたどり着いた。油症の主因物質は、ダイオキシンのポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)。社会の関心が高いダイオキシンの問題と絡め、油症への認識を広げたい。
 ―シンポは五島市で初めて。どのような点を参加者に伝えたいか。
 若い人の多くはカネミ油症の実態を知らないし、子どもたちの教科書でもほとんど取り上げられていない。とにかくカネミ油症事件が五島で起きたということをまず分かってもらうことが第一段階。そして、幾つもの症状に苦しんでいる人は今も数多くいて救済されていない。加えて現在、国は患者に損害賠償仮払金の返済を迫っている。私の祖母も請求された。国はカネミ倉庫を救い、被害者を追い詰めるという信じられないことをしている。その現実を知ってほしい。
 ―今後の目標は。
 患者会は高齢化が進んでおり、油症事件への取り組みも世代交代の時期。私たち若手ができることを考えたとき、市民と手をつないで患者会をバックアップしながら事件の教訓を次世代につないでいくことが大切。いつかダイオキシンなど環境問題を考える世界会議を五島で開きたい。「カネミ油」というダイオキシンを直接食べてしまった私たちの情報を世界に発信し、人類に役立てていく。五島市を、そんな街にしたい。(聞き手は五島支局・山田貴己)
(長崎新聞、10月8日掲載)

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カネミ油症の被害訴える 五島でPCBシンポ
 国内最大規模の食品公害、カネミ油症事件などについて考える「第一回PCB・ダイオキシンシンポジウムin五島」(実行委主催)が九日、油症被害者が集中する五島市で開かれた。市民ら約百五十人は、事件発生から三十七年がたった今も苦しみ続ける被害者の訴えなどを通じ、事件の背景と被害実態への認識を深めた。
 カネミ油症事件は一九六八年、ポリ塩化ビフェニール(PCB)などが混入したカネミ倉庫(北九州市)の食用油により西日本を中心に発生。油症の主因物質はダイオキシン類のポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)。
 シンポは、八月に五島市内の被害者で発足したカネミ油症五島市の会(矢口哲雄会長、約八十人)の結成記念。被害者の苦しみを伝えることなどが目的。
 浦口一郎実行委員長(38)は「五島市で起きた事件の真実を考えてほしい」、来賓の中尾市長はあいさつで「自分のこととして憤りを感じる。国は手を差し伸べるべきだ」と述べた。
 同会事務局の宿輪敏子さん(44)は内臓疾患や腕のまひなど複合的症状、精神的苦痛を語り、カネミ倉庫や仮払金返済を被害者に迫る国を厳しく批判。被害者救済を求めた。
 引き続き、女性三人が被害実態を証言。小学一年のころ発症した四十歳代の女性は「ぶつぶつが体中に広がり、うみが魚の目玉のように取れ、そこに穴が開き血がにじみ悪臭を放った。いじめの格好の標的になった」と涙を流した。
 幾つもの症状と生活苦の中で成長し、都会で働き始めても苦しみは付いて回り、死に場所を探したこともあったという。女性は「自殺者をこれ以上一人も出さぬよう救済の道を開いてほしい。私たちには教訓を次の世代へ渡す責務がある」と訴えた。
 研究者や弁護士らが講演。原田正純熊本学園大教授は油症が皮膚、腫瘍(しゅよう)、婦人科、内科、骨・関節、自律神経などに影響を及ぼす「全身病」である点、油症認定基準が極度に厳密な点を指摘。「皮膚症状は軽減しても全身症状は悪化している。目の前の人間に症状があるのになぜ認定できないのか」と批判した。
(長崎新聞10月10日掲載)


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www.nagasaki-np.co.jp/douga/20081215/08.shtml - キャッシュ
カネミ油症四十年シンポジウムin五島 ダイオキシン被害をともに考えよう」(実行委主催) が十四日、五島市福江総合福祉保健センターであった。被害者や市民ら約二百人は、 油症事件の複雑な経過を踏まえ、未認定問題など山積する課題の解決を目指すことを  ...
www.nagasaki-np.co.jp/press/kanemi/kikaku2/05.html - キャッシュ
たった三人の船出だった。五島市の宿輪敏子(45)、浦口一郎(40)、同年代の女性の若手患者は二〇〇二年、「ダイオキシンを考える会」を発足させる。ルポ「黒い赤ちゃん」の著者、明石昇二郎(45)が三人を引き合わせた。「高齢者ばかりでなく、若い人も油症で苦しんでいる。彼らが声を上げれば、油症が決して過去の問題でないことを、社会に認知してもらえる」。明石はそう考えた。

 油症患者への差別や偏見は、身をもって感じていた。「夫や子ども、兄弟に迷惑が掛かるのではないか」。宿輪は当初、人前に出るのをためらった。だが、徐々に使命感が芽生えていった。「隠れながら訴えてもなかなか社会に届かない。誰かが顔を出して告発しなければ」。〇三年から省庁交渉などにも参加。〇四年ごろには集会で発言するようになり、カメラ取材に対しても顔をさらし、実名を名乗った。

 ダイオキシンを考える会は、一般市民の若手を加え、〇五年十月、患者組織のカネミ油症五島市の会発足を記念し「PCB・ダイオキシンシンポジウム」を同市で開催。患者らは、健康被害や後世への不安、仮払金の苦悩などを赤裸々に証言し、中尾市長や市議、一般市民らに衝撃を与えた。シンポは、その後の市議会、県議会における患者救済を国に求める意見書の可決など、救済の声が拡大していく一つのきっかけとなった。


医療費の公的負担など統一要望を決議した全被害者集会=2006年4月、北九州市
 〇五年十一月、五島市の会の宿輪と矢口哲雄(83)は五島出身の自民党衆院議員、谷川弥一を訪ねた。「患者は差別を恐れ、声を上げられなかったんです」。話が終わらないうちに、谷川は携帯電話のボタンを押した。相手は県五島保健所長。「被害実態を早急に上げるように」。短く指示した。「人命にかかわることだ。おれがやる」。谷川は確約した。目の前で動いてくれた政治家は初めてだった。

 カネミ油症被害者支援センターなどが進める日弁連への人権救済申し立ては、〇四年四月から〇六年一月までに、未認定を含む五百十九人が参加。日弁連は五島市などで聞き取り調査を進めた。

 同センターと患者の結束も強まり、〇六年四月十六日、北九州市で約二十年ぶりの全被害者集会が実現する。与野党国会議員、全国各地の患者や支援者ら約二百五十人を前に、宿輪と浦口もマイクを握った。

 翌日、日弁連は国とカネミ倉庫の油症患者に対する人権侵害を認め、救済を勧告した。(敬称略)


2007年6月6日長崎新聞掲載



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seesaawiki.jp/kanemi-yusyo/d/PCBとダイオキシン - キャッシュ
「PCB」「ダイオキシン」一度は耳にしたことはあっても、詳しく知らない方が多いのでは ないかと思います。 .... 誌ー』第1章,カネミ油症40年記念誌編さん委員会 長崎県五島市 環境省(2012)「ダイオキシン類2012」(関係省庁共通パンフレット)
www.jca.apc.org/tcsse/kaiho/kaiho-66/kaiho66-22.html - キャッシュ

カネミ油症事件とは何か(その2)

□カネミ油症事件との出会い
 カネミ油症事件の出会いは、ダイオシン問題がきっかけでした。ごみを燃やすとダイオキシンが出るので、脱焼却・脱埋立のごみゼロ資源循環型社会をめざす運動をしていました。
 ある時、厚生省と環境庁(当時)を渡りあるいているある官僚が全国各地で「ダイオキシンと人は騒ぐが、ダイオキシンで人が死んだためしがない」と講演している事実を知りました。正直ショックでした。たしかにごみ焼却場の周りで死者が出たという情報はありませんでしたが、健康被害はたくさん出ていました。
 そんな時、あるジャ−ナリストから「カネミ油症事件というのは、ダイオキシン入りの食用油を食べた事件で、何人も被害者は死んでいる」というのを聞きました。それがカネミ油症事件を知ったきっかけです。
 1999年には市民団体「止めよう!ダイオキシン汚染・関東ネットワ−ク」で、カネミ油症患者と共に、ダイオキシン国際会議でカネミ油症事件を訴えようと決まったからです。

□ダイオキシン国際会議に参加して
 ダイオキシン国際会議は1980年に発足し、毎年1回、世界各地で世界の科学者や政府関係者を集めて開く国際会議です。
 1999年の第19回ダイオキシン国際会議はイタリアのベネチアで開かれました。国際会議は約1週間開かれます。公用語は英語ということで、英語のチラシを持ち、下手な英語でどうやったらカネミ油症事件を説明できるかしらと思いつつ、ベネチアに患者夫妻を連れて行きました。
 ベネチア国際会議には1千人が参加しました。国際会議は各分科会に分かれますが、開会前日の前夜祭には参加者全員が一同に会します。そこで参加者にどれだけ訴えられるかが勝負です。カネミ油症被害の大きなパネル写真を持って、カネミ油症を英語で訴えようとしたその時、異変が起こりました。なんと参加者は全員カネミ油症を知っていたのです。

□「YUSHO」は世界語
 日本ではカネミ油症事件は、水俣病や広島と長崎の原爆症ほど知られていません。しかし、ダイオキシン国際会議では、イタリアのセベソ事件(1976年に農薬工場が爆発して高濃度のダイオキシンが空から降ってきた事件)と日本のカネミ油症事件と台湾の油症事件(日本のカネミ油症事件から約10年遅れて、台湾でも油症事件が起こった)の3つが専門家、研究者の間では有名な出来事だったのです。「SEVESO」(セベソ)と「YUSHO」(油症)と「YUCHEN」(ユ−チェン=台湾油症をそう発音する)は、「MINAMATA」「HIROSHIMA」と同じく日本語のまま通じる世界語だったのです。

□犯罪的な日本の研究者発表
 被害者が国際会議に直接参加したのは、後にも先にもこれが唯一です。私たちは、イタリアのセベソに行き、そこで被害者の代表の人と直接会いましたし、グリ−ピ−スの計らいで現地で記者会見を行い、反響を呼びました。
 しかし、驚いたのは、セベソとカネミ油症と台湾油症の分科会で、カネミ油症について発表した、日本の研究者の発表内容です。厚生省(当時)が認知する全国油症治療研究班に属する研究者ですが、「カネミ油症事件は当初(1968年)は被害が激甚だったが、31年経った(1999年当時)現在では症状が軽減している」と発表しているのです。全国油症治療研究班は九州大学医学部が中心ですが、彼らは当初の皮膚科が中心で、しかもその研究者が継続して観察している、九州電力社宅の被害者の状況を、あたかも被害者全体の病像であるかのように報告しているのです。
 本当に重症の患者は、九大付属病院のような大きな病院まで来ることができず、自宅で苦しんでいます。年1回の検診も2〜3分しか診ないお座成りな検診であることと、医師が皮膚症状中心にしか診ないため、内臓疾患や生殖器疾患や精神疾患などの重篤な被害者は、あんな検診受けてもしょうがないと忌避しているのです。

□原田正純医師中心に自主検診を開始
 とにかく、被害者の実態を知ろうということになり、水俣病で有名な、原田正純医師にお願いし、2000年に初めて長崎県五島列島の福江島と奈留島に、自主検診とヒアリング調査に行きました。
 原田正純医師は熊本学園大学教授ですが、精神神経科が専門で、世界で初めて胎児性水俣病を発見された医師です。それまでは、胎児は胎盤に守られ、母親の体内の毒は胎児にはいかないと思われていました。しかし、有機水銀のような重金属はへその緒を通過し、母親は子どもを生む度に子どもに毒素を移し、母親は毒が軽減するという事実を発見した人です。
 原田正純医師は人脈が広く、その呼び掛けで、医師や看護師たちが私たちの自主検診に参加してくれました。自主検診やヒアリング調査は、これまでに10回近く行なわれてきました。疫学が専門の津田敏秀岡山大学医学部教授とは、この自主検診活動で知合いました。

□初めは警戒していた被害者がやがて
 カネミ米ぬか油は高級な植物油として知られていました。皇后陛下も愛用しているとか、健康にも美容にもいいというのがカネミ油の売りでした。
 五島列島(福江島、奈留島、久賀島、若松島、中通島)は漁業が主の島で、有名な五島椿の産地で、油は椿油を使っていたので、本来はカネミ油とは無縁でした。
 ところが、事件が起こった1968年は、たまたま椿油が不作な年で、そこに、高級なカネミ油を格安で販売すると、カネミ油が島に持ち込まれました。あとでわかったことですが、再脱臭した劣悪なカネミ油が持ち込まれたので安かったのだと言われています。
 何も知らない島民は、カネミ油で魚を天ぷらにして食べました。ダイオキシンの毒入り油で元気がなくなると、もっと精をつけようとさらに天ぷらを食べたり、美容に良いと、そのままカネミ油を飲んだ人もいました。
 五島列島は隠れキリシタンの里です。島のあちこちに教会が立ち、異国情緒のただよう美しい島です。黒い赤ちゃんが多く生まれたのも、堕胎を避けるキリスト教の影響があったと言われています。
 かくして、カネミ認定患者の約2割が五島市に集中したのです。
 初めて自主検診やヒアリング調査に入った時は、多くの被害者は私たちを警戒しました。何の血縁も地縁もないよそ者が、事件から30年以上も経ってから、なんで来るんだというのが警戒の理由です。今では笑い話ですが、カネミ油症被害者五島市の会会長がこう言いました。「やって来た人たちは、今はやりのオレオレ詐欺の仲間だと思った」。
 こんなこともありました。ある被害者の家に原田正純医師たちと訪問しました。その家の奥さんは複数の黒い赤ちゃんを生んだ人です。ぜひ原田先生に診てもらいたいというので訪問したのですが、家に入ったとたんに主人が出てきて、「お前ら、今ごろ何しにきた。来るなら仮払い金を払う前に来い」とどなり、殴りかからんばかりの勢いでした。私たちは急いで家を出ましたが、その家の奥さんが出てきて言うことには、「お父さんを許してください。カネミを食べる前は人一倍元気な人でした。健康な人を見ると悔しいんです」。
 その後、私たちが何回も島に足を運ぶことで、私たちの本気さ真剣さが伝わりはじめ、やがて、被害者とネミ油症被害者支援支援センタ−のきずなが生まれるようになっていきました。


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www.wesleyan.ac.jp/~peace/2foods/02nagasaki_siborto.htm - キャッシュ
食品を介したダイオキシン類等の人体への影響の把握とその治療法の開発. PDF1. 14MB 添付資料 PDF632KB 全国油症治療研究班 班長 九州大学病院油症 ダイオキシン研究診療センター長 ... 五島市の概要/五島市支援行動計画/ 五島市食育 推進計画/


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カネミ油症被害者の現状と人権侵害
① 申立人ら油症被害者たちのおかれた現状は悲惨であり、深刻な人権侵害の状態にある。医療から見捨てられ、生活に苦しみ、そして今も差別や偏見をおそれて暮らしている。その人権侵害は、社会生活の全般に及ぶ極めて深刻なものである。
② 油症被害者は、中毒初期に特徴的にみられたクロルアクネと呼称される皮膚症状にとどまらず、「病気のデパート」と称されるような全身病に苦しんでいる。
③ 発生から30年以上経った今日でも、油症被害者の体内には通常人よりも数倍から数十倍のPCBやPCDF等のダイオキシン類が残留し、汚染がいまだに継続していることが、油症研究班の調査によっても判明している。
事件発生時、母親の胎内で曝露、あるいは母乳を通じて曝露された子が成長し、母となって産んだ子供から「コーラベイビー」と呼ばれるいわゆる「黒い赤ちゃん」が生まれている。しかし、このような世代間の被害の拡がりは、胎児期や乳児期に曝露された子供たちに対するその後の影響や、同人らの生殖に与える影響などとともに、医学上も社会的支援の上でも全く無視されている。


転載元転載元: 有害物質は土壌・底質に蓄積する。高砂西港のカネカ盛立地を学ぶ


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カネミ油症事件発生後の国の人権侵害性

① 被害回復義務
国は、ダーク油事件の調査段階において、必要な規制権限を行使せず、被害の発
生・拡大を招いた点で、申立人らの人権を侵害したのであるから、油症被害発覚後
においては、先行する人権侵害行為について、その被害の回復、すなわち、油症被
害者に対する適切な医療の提供、健康の維持・回復、生活面における支援をなすべ
き作為義務があったというべきである。
しかるに、国は油症被害の発生・拡大を防止しなかったのみならず、その後、現
在までの対応においても、以下に述べるとおり、被害の回復のための作為義務を尽
くしているとはいえないから、不作為による人権侵害性が認められる。

② 事件発生後の国の責任
前記のとおり、事件発生から5年後の1973年までに発表された厚生省環境衛
生局食品衛生課の係官作成の論文において、カネミ油症事件については、今後も慢
性中毒事件として、行政機関が中核となって油症の診断と治療の研究・開発等につ
いて積極的な対策を採っていくべきことが指摘されていた。
すなわち、国自身も、事件発生後、比較的早い時期において、被害が継続・深刻
化していくことを予見していたものといえる。
しかるに、国が採ってきた主な対応は、全国油症治療研究班への研究費の支出、
Xへの支援(倉庫料の支払)にとどまっている。1983年にPCDFが原因物質
の一つと確認され、1985年の三大臣協議においても、対応の必要性が再確認さ
れていたにもかかわらず、施策に大きな変化は認められなかった


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第5 当委員会の判断

1 申立人らに対する人権侵害
第4、4項で認定したとおり、申立人らは、油症により、身体的・経済的被害にとど
まらず、家庭生活や社会生活上、ひいては人生そのもののあり方にまで及ぶ重篤な被害
を被っており、重大な人権侵害を受けている事実が認められる。
2 国に対する救済制度確立に関する申立について(国の行為の人権侵害性)

(1)ダーク油事件発生時における国の人権侵害性
まず、事件発生時における国の人権侵害性について判断する。
① 国家賠償請求訴訟における国の責任の判断と人権侵害性の判断の関係
国家賠償請求訴訟をめぐる裁判所の判断は、いかなる場合に国の法律上の権限不
行使が国家賠償法上の違法性を帯びるかという争点をめぐるものであった。そして、
ライスオイルによる健康被害の発生及びそれに先行するダーク油による鶏の大量死
に対する国の対応に関しては、高裁判決レベルにおいて国の責任を肯定した判決(福
岡高判1984年3月16日判時1109号24頁)も、否定した判決(福岡高判
1986年5月15日判時1191号28頁)も、いずれも国の関与についての事
実認定についてはほぼ共通している。食品衛生法上の権限の行使・不行使が、行政
庁の自由裁量に委ねられていることを前提とした上で、その権限不行使が違法性を
帯びるか否かの一般的判断基準についても、いずれもいわゆる裁量権収縮説(行政
庁に裁量が認められている場合であっても、一定の場合においては、その裁量の幅
が小さくなり、一定の行為をなすことを義務づけられるという理論)に立っている。
また、違法性判断の具体的要件としては「①国民の生命、身体、財産に対する差し
迫った危険、②行政庁において右危険の切迫を知り又は容易に知り得べき状況、③
行政庁が容易に危険回避に有効適切な権限行使をすることができる状況」が存在す
ることを挙げている点でも共通している。

上記の両判決の判断と本件の人権救済申立における人権侵害性の判断については、
前者が国家賠償法1条における公務員の不作為の違法性の判断を行っている点で、
後者のダーク油事件の発生から食用油による人体に対する健康被害の発生にかけて
の国の不作為が申立人らの人権を侵害したものであるか否かという観点と基本的に
共通する面がある。そこで、両判決における違法性の判断基準を本件の判断におい
ても参考にすることとする。ただし、弁護士会の人権救済申立制度における判断は、
もっぱら憲法及び確立された国際法規である国際人権規約などに照らして、当該被
害について人権侵害の有無を判断するものであるから、国家賠償請求訴訟における
違法性判断より広い観点から、食品による健康被害が切迫している状況のもとで、
最も重要な人権の一つである国民の生命・身体の安全を保護するために公務員に期
待される行為規範に照らして積極的な判断をすることが求められるというべきであ
る。以下においては、上記の観点から本件における人権侵害性を判断することとす
る。



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② 事件発生時における国の不作為と人権侵害性
(ア)憲法25条及び食品衛生法
憲法25条は「1 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利
を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆
衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定する。これを受けて食品衛
生法は「この法律は、食品の安全性の確保のために公衆衛生の見地から必要な規
制その他の措置を講ずることにより、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止
し、もつて国民の健康の保護を図ることを目的とする。」(1条)と規定している。






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(イ)社会権規約
また、1966年12月16日の第21回国連総会で採択され、1976年1
月3日に発効した経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「社会
権規約」という)(日本政府は、ダーク油事件発生から約10年経過した1978
年5月30日に社会権規約に署名し、1979年6月6日の国会承認、同21日の
批准書寄託、同年8月4日の公布を受けて、同年9月21日に日本国内で効力が生
じた。)は、第12条(健康を享受する権利)において、以下のとおり規定してい
る。
「1 この規約の締約国は、すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神
の健康を享受する権利を有することを認める。
2 この規約の締約国が1の権利の完全な実現を達成するためにとる措置に
は、次のことに必要な措置を含む。

(a)死産率及び幼児の死亡率を低下させるための並びに児童の健全な発育
のための対策

(b)環境衛生及び産業衛生のあらゆる状態の改善

(c)伝染病、風土病、職業病その他の疾病の予防、治療及び抑圧

(d)病気の場合にすべての者に医療及び看護を確保するような条件の創出」

上記の規定のうち、2項(c)の「伝染病、風土病、職業病その他の疾病の予
防、治療及び抑圧」の「その他の疾病」には、例示されている「伝染病、風土病、
職業病」の他、本件におけるような食品による疾病も含まれていると解すべきで
あるから、国にはその「予防、治療及び抑圧」のために積極的な役割が期待され
ているというべきである。また、2項(d)の「医療及び看護を確保するような
条件の創出」という規定からも、国の適切な医療体制を整備する義務を定立する
ことができるというべきである。




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③ 憲法と国際人権規約から見た国の人権侵害性
まず、「①国民の生命・身体に対する差し迫った危険」という点については、当時
ライスオイルを摂取することにより、国民の生命・身体に重大な危険が切迫してい
た事実が認められることは明らかである。
次に、「②国において危険の切迫を容易に知り得べき状況にあったか」、「③国に
おいて容易に危険回避のための有効適切な権限行使をすることができたか」の要件
について検討する。

この点、農林省と厚生省は、国民に安全な食品を供給するという共通の目的を有
し、所掌事務は事実上密接に関連しているというべきである。とりわけ、国民に危
険な食品が提供されるようなことがあるならば、憲法25条で国民に保障されてい
る健康で文化的な生活を営む権利自体が侵害されるという重大な問題に直結しかね
ないのであるから、この点における両省の連絡・調整は強く要請されるところであ
る。

また、社会権規約12条の2項(c)に照らしても、当時食品の生産流通を職務
とする農林省の係官が、自己の職務を独自に執行中であったとしても、その過程で
食品の安全性が疑われるような事実を探知し、食品の安全性について相当な疑いが
あれば、食品衛生業務を本来の職務としないとはいえ、これを所管の厚生省等に通
報し、もつて権限行使についての端緒を提供する義務を負うものと解すべきである。
なぜなら、高度に工業化されたシステムの中で、主要な生産物のみならず副生産
物の利用など複雑かつ多様な生産過程を経て、日々新しく開発される多種類の化学
物質を駆使して生産活動を行っている現代社会における食品生産の仕組の中では、
一定の規制権限を有する公務員は、その本来の職務の範囲にのみ閉じこもることな
く、所轄の権限の分野以外の事柄についても、少なくとも事実上密接な関連がある
と容易に判断できる分野については、行政庁相互間の有機的連携に意を用いなくて
は、食品の安全を十分に確保することは困難であるからであり、上記の程度の義務
を課したとしても過重な負担を強いるものとはいえないからである。

なお、カネミ油症事件発生当時、日本政府は、社会権規約を正式に批准してはい
なかったが、その時点ですでに国連において採択され、確立した国際法規となって
いた人権保障基準としての国際人権規約の趣旨に照らし、社会権規約12条2項
(c)は上記の義務の根拠となるというべきである。

さらに、食品衛生法1条に規定されている「飲食に起因する衛生上の危害の発生
を防止し、もつて国民の健康の保護を図る」という国の責務から見ても、国は上記
の義務を負うと解するのが相当である

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④ そこで本件について検討するに、ダーク油事件において、1968年3月22日、
福岡肥飼検飼料課長は、Xの現地調査を行った際、ダーク油の製造工程につき事情
聴取したときに、ダーク油がライスオイルの製造工程でできる副産物であることが
判明したにもかかわらず、ダーク油の汚染原因やライスオイルが汚染されていない
か等について追及をなさず、食品衛生庁への報告も行わなかった。

また、鶏の大量死という事件に直面し、農林省本省は、福岡肥飼検に常時密接に
指示を与えていたうえ、ダーク油と食用油が、同一の工場において、同一の原料、
同一の製造工程により製造されていることを知る立場にあったにもかかわらず、よ
り詳細な実態調査や病性鑑定も指示しなかった。

⑤ 仮に、1968年3月下旬に福岡肥飼検から食品衛生行政の担当機関に通報がな
されていたとすれば、同機関としては、ダーク油事故と同様の危険性が食用油にも
及んでいるのではないかという疑いを抱くことは当然であると考えられ、そうすれ
ば、食品衛生行政の担当機関において、食品衛生法17条に基づき、Xに必要な報
告を求め、たとえXの協力が得られなくとも、Xに臨んでダーク油と食用油の関連、
帳簿書類を検査し、ダーク油の出荷の時期とほぼ同時期に出荷された食用油の流通
先を追跡した上、これを回収することにさしたる困難はなかったと思われる。
そして、食用油にもダーク油と同じような有害物質が含まれていることについて
は、適切な方法による食用油回収期間を2週間、動物実験による毒性試験に必要な
期間を4週間と見ても、遅くとも同年5月中旬には判明しえたはずであって(その
有害物質が何であるのか、なぜ混入したのか等の究明は追ってさらに困難な調査・
検討が続くとしても)、食用油中に有害物質が含まれていることが判明すれば、食品
衛生行政において、この有害な食用油の回収、販売停止等の措置を直ちに講じると
ともに、既にこれを購入・使用している消費者に対して警告を発することができた
といえるのであって、遅くとも同年6月以降はその摂取を防止でき、油症被害の拡
大を阻止することができたものと認めることができる。

以上によれば、ダーク油事件発生当時、国においては、ライスオイルという有害
な食品により、消費者である申立人らに生命・身体の危険が切迫していることを容
易に知り得る状況にあり、かつ、国民に安全な食品を供給するという目的をもつ国
の機関として、ダーク油事件の調査段階でライスオイルの回収命令等の有効・適切
な対応を行っていれば、食用油に有害物質が混入されていることを実際よりも早期
に知ることができ、ライスオイルの摂取が相当程度防止されることによって、被害
の拡大を容易に防げたと考えられるから、国はその初動対応において、作為義務違
反により、申立人らの人権を侵害したというべきである。

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(2)油症事件発生後の国の人権侵害性
① 被害回復義務
国は、ダーク油事件の調査段階において、必要な規制権限を行使せず、被害の発
生・拡大を招いた点で、申立人らの人権を侵害したのであるから、油症被害発覚後
においては、先行する人権侵害行為について、その被害の回復、すなわち、油症被
害者に対する適切な医療の提供、健康の維持・回復、生活面における支援をなすべ
き作為義務があったというべきである。

しかるに、国は油症被害の発生・拡大を防止しなかったのみならず、その後、現
在までの対応においても、以下に述べるとおり、被害の回復のための作為義務を尽
くしているとはいえないから、不作為による人権侵害性が認められる。




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② 事件発生後の国の責任
前記のとおり、事件発生から5年後の1973年までに発表された厚生省環境衛
生局食品衛生課の係官作成の論文において、カネミ油症事件については、今後も慢
性中毒事件として、行政機関が中核となって油症の診断と治療の研究・開発等につ
いて積極的な対策を採っていくべきことが指摘されていた。
すなわち、国自身も、事件発生後、比較的早い時期において、被害が継続・深刻
化していくことを予見していたものといえる。
しかるに、国が採ってきた主な対応は、全国油症治療研究班への研究費の支出、
Xへの支援(倉庫料の支払)にとどまっている。1983年にPCDFが原因物質
の一つと確認され、1985年の三大臣協議においても、対応の必要性が再確認さ
れていたにもかかわらず、施策に大きな変化は認められなかった。2004年にな
って、ようやくPCDFの血中濃度が認定基準に加えられたものの、救済措置にお
いて、その他の大きな変化や改善措置は認められない。総じて見ると、油症被害に
ついての研究は行われてきたものの、油症被害者に対する実効的な救済措置は採ら
れてきていないといえる。

一方で、油症被害者は、長年にわたって多様かつ深刻な全身症状に苦しみ、その
症状は、時間の経過に伴って、身体の各部位に変遷して現れ、世代を超えた影響ま
でもが生じてきている。

油症被害者は、国による人権侵害を受けながら、その実効的な救済措置を受ける
ことなく、自助努力で、これらの症状と戦ってきたというほかない。
また、油症被害者は、健康被害だけではなく、これに起因して、生活、職業等の
社会生活上のあらゆる場面において多大な不利益を被ってきたほか、婚姻や出産な
どでもいわれのない制約を受け、個人の尊厳も危機にさらされている状態である。
国が、今後も、現在の施策にとどめ、油症被害者に対する実効的措置を採らずに放
置するとすれば、さらに油症被害者の個人の尊厳を脅かし、生存権を侵害していく
ことになるものといわざるを得ない。
現行の食品衛生法60条は、「厚生労働大臣は、食中毒患者等が厚生労働省令で定
める数以上発生し、若しくは発生するおそれがある場合又は食中毒患者等が広域に
わたり発生し、若しくは発生するおそれがある場合であって、食品衛生上の危害の
発生を防止するため緊急を要するときは、都道府県知事等に対し、期限を定めて、
食中毒の原因を調査し、調査の結果を報告するように求めることができる」と定め、
本件のような広域・大規模な食中毒事件についての迅速な原因の究明・対策を要請
している。

また、厚生労働省の本来の責務についても、厚生労働省設置法3条(任務)は、「厚
生労働省は、国民生活の保障及び向上を図り、…社会福祉、社会保障、公衆衛生の
向上及び増進並びに…を任務とする」と定め、4条(所掌事務)3号及び21号は、
「3 疾病の予防及び治療に関する研究その他所掌事務に関する科学技術の研究及
び開発に関すること」、「21 治療方法が確立していない疾病その他の特殊の疾病
及び治療に関すること」とそれぞれ定めている。
加えて、上記のとおり、社会権規約12条は、「すべての者が到達可能な最高水準
の身体及び精神の健康を享受する権利を有すること」を認め、これを実現するため、
締結国に対し、同条2項において、「(c)伝染病、風土病、職業病その他の疾病の
予防、治療及び抑圧 (d)病気の場合にすべての者に医療及び看護を確保するよ
うな条件の創出」をそれぞれ求めている。
しかし、国が、これらの法令にしたがって、適切な対策をとってきたとはいえな
い。

国は、先行する人権侵害行為によって、申立人らに対して被害回復義務を負うと
ともに、個人の尊厳・生存権といった憲法上の人権保障の規定及び上記の食品衛生
法等に定められた責務に照らし、事件発生後、申立人らに対して、被害回復のため
に必要な措置をとるべき義務を負っていたといえる。しかしながら、国は、現在ま
でこれを怠ってきたものであって、申立人らに対する不作為による人権侵害性が認
められるものというべきである。
本件による被害が、広範で深刻かつ将来にわたること、被害回復のためには様々
な対策を要すること、被害者が全国に散在していること等を考えると、国には、国
が主体となって、積極的に救済策を講じていく義務があるというべきであり、現状
の対策にとどまることは、さらに、申立人らの人権を侵害していくことになるとい
わざるを得ない。



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(3)国に対する仮払金に関する申立について
① これまでの経緯
仮払金に関しては、前記のとおり、1996年から1999年にかけて、調停対
象者全員について、調停による返還の合意が成立している。調停内容としては、債
務者の経済的状況に応じて、①5年分割払い、②5年以内一括払い、③5年履行延
期、④10年履行延期などの内容となっており、国としては、支払方法という限定
的な範囲においては、一応の配慮をしてきたことが認められる。

② 仮払金返還問題の深刻さ
しかし、訴訟を提起した油症被害者らは、XやYから一定の金員の支払を受けて
はいるものの、その額は油症被害者らの精神的・肉体的・経済的損害を填補するに
は甚だ不十分なものであったといわざるを得ない。

そのため、実際、油症被害者らが国から受け取った仮払金については、カネミ油
症による治療費、収入減に伴う生活費の補填、長年の訴訟のための費用等に充てら
れてしまい、現在も受領した金額が残っている者はほとんどいない。

その上、実際に仮払金の返還をしている者も、月々のわずかな年金収入の中から
国に返還をするなど、経済的には極めて困窮している者が多い。中には、経済的に
困窮しているにもかかわらず、相続放棄もすることなく、自殺した子どもの仮払金
を支払った者もいる。また、相続をした分も含め、夫婦で1000万円以上の仮払
金返還請求を受けている者もいる。さらに、支払の延期がされている者も、国の仮
払金のことが頭から離れず、夜も眠れない者もおり、また、自分が死亡した後に子
どもらに請求がされることを心配している者も多い。このため、ほとんどすべての
油症被害者らが、仮払金の支払の免除を希望している。

このように、油症被害者らは、カネミ油症による被害のために健康で文化的な最
低限度の生活を送ることすら侵害されてきた上、仮払金の支払のためにさらに経済
的に厳しい生活を余儀なくされているのである。

山口県内における「米ぬか油」の販売経路


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山口県食糧株式会社
 岩国、山口、萩、柳井、宇部、下関、徳山、防府、長門市、美?市

瑞穂糧穀株式会社
 岩国、山口、萩、柳井、宇部、下関、徳山、防府、長門、美?市、下松、光、小野田、徳山、徳佐、大島、
 滝部支部

周防食糧株式会社

 




山口県にもカネミ防府営業所があり、カネミの米ぬか油が回収されました

山口県にもカネミ防府営業所があり、カネミの米ぬか油が回収されました.

昭和43年2月、3月、4月製品 16.5k 8.25k、1.65k
サラダ 白絞

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カネミ油症被害者の現状と人権侵害
① 申立人ら油症被害者たちのおかれた現状は悲惨であり、深刻な人権侵害の状態にある。医療から見捨てられ、生活に苦しみ、そして今も差別や偏見をおそれて暮らしている。その人権侵害は、社会生活の全般に及ぶ極めて深刻なものである。
② 油症被害者は、中毒初期に特徴的にみられたクロルアクネと呼称される皮膚症状にとどまらず、「病気のデパート」と称されるような全身病に苦しんでいる。
③ 発生から30年以上経った今日でも、油症被害者の体内には通常人よりも数倍から数十倍のPCBやPCDF等のダイオキシン類が残留し、汚染がいまだに継続していることが、油症研究班の調査によっても判明している。
事件発生時、母親の胎内で曝露、あるいは母乳を通じて曝露された子が成長し、母となって産んだ子供から「コーラベイビー」と呼ばれるいわゆる「黒い赤ちゃん」が生まれている。しかし、このような世代間の被害の拡がりは、胎児期や乳児期に曝露された子供たちに対するその後の影響や、同人らの生殖に与える影響などとともに、医学上も社会的支援の上でも全く無視されている。




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www.pref.yamaguchi.lg.jp > ... > 組織から探す > 生活衛生課 - キャッシュ
カネミ油症既認定患者の同居家族の認定申請のご案内. 平成24年12月から、油症 診断基準が改定され、カネミ油症既認定患者の油症発生当時の同居家族の方が、新た に認定の対象となりました。 新たな認定対象に該当される方で、山口県内に住所地が ある ...
www.pref.yamaguchi.lg.jp/.../b65f8e9485a4c632b0aee4d64f1...
様式1. 性別. 生年月日. 男. 女. 明治. 大正. . . 昭和. 連絡先. 申請者との. 続柄. 性別. 生年月日. 男. 女. 明治. 大正 . . 昭和. ふりがな. カネミ油症患者と同居していた家族に 係る認定申請書. 山口県知事 殿. 私は、カネミ油症事件の発生当時、既に認定を受けた 油 ...
www.pref.yamaguchi.lg.jp/.../c94b17039f8b76a61409f64142...
カネミ油症患者の. 同居家族の. 認定申請のご案内. 山口県. 1)から3)をすべて満たす 方が対象となります. 1)油症発生当時、油症患者(認定患者)と同居していた. 2)油症 発生当時、カネミ倉庫社製の米ぬか油を摂取した. 3)現在、心身の症状があり、治療 ...



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kotobank.jp/word/カネミ油症事件-685717 - キャッシュ
北九州市のカネミ倉庫(株)が1968年2月に製造した米ぬか油を食用した人たちの間に 油症と呼ばれる特異な症状をもつ中毒が発生した事件。患者は同年6月初めごろから 発生しはじめ,福岡県を中心に広島県,山口県,長崎県などの西日本全域におよび, ...
www.mhlw.go.jp > ... > 健康・医療 > 食品 > 健康危機・健康被害への対応 - キャッシュ
カネミ油症患者に関する施策の推進に関する基本的な指針」の一部改正について パブリックコメントが開始されました。 ... の皆様への支援. カネミ油症患者の皆様に、 法律や基本指針に沿って、様々な支援策を実施しています。 ... 山口県 ○ 別ウィンドウ で開く ...



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www.takagifund.org/grantee/r2005/02-38.pdf
カネミ油症事件は1968年、西日本一帯(長崎、福. 岡、佐賀、広島、山口県等)に発生 した日本最大の食. 品公害である。 カネミ倉庫(北九州)が製造した食用米糠油(カネ. ミ ライスオイル)の脱臭工程の熱媒体に使用された. PCB(カネクロール400)が蛇管の 腐蝕 ...




イメージ
www.yusho.hosp.kyushu-u.ac.jp/about/index.html - キャッシュ
1968年(昭和43)に発生したカネミ食用油による油症は、人類が経口でPCB類や ダイオキシン類を摂取したことによって生じた ... 全県)、島根県、広島県、山口県、高知 県、鹿児島県]、福岡県保健環境研究所ならびに油症相談員(福岡県、長崎県、広島県 に ...




イメージ
www.nagasaki-np.co.jp/press/kanemi/kikaku4/02.html - キャッシュ
油症事件の加害企業、カネミ倉庫は今も自社ホームページで米ぬか油精製の歴史を 自賛する。 同社の前身、九州精米の創始者、加藤平太郎は一八八一年、山口県で出生 。同じ年、ドイツでは研究者がPCBの合成に成功した。 加藤は、十代で朝鮮半島に渡り  ...
blog.ohashilo.jp/article/104047583.html - キャッシュ
1993年から山口県朝鮮人強制連行真相調査団 朝鮮人側事務局長2004年 国連 子どもの権利条約委員会(ジュネーブ)でロビー活動 【カネミ油症は終わっていない〜 カネミ油症患者から見るこの国の姿】 講師 宿輪敏子(カネミ油症五島市の ...



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ypir.lib.yamaguchi-u.ac.jp/sc/file/1479/.../SC20050000109.pd...
山口県でも ー968年2月以前に 27人が発症したと報. じられた?)・矢野ト ... また, カネミ 倉. 庫の杜撰な操業実態は ー968年初め以外の時期にも. さまざまな形で現れていた・ そもそも汚染の原因に ..... たC夫妻はカネミ素由を取り扱って食べたために油症. になり  ...





転載元転載元: 有害物質は土壌・底質に蓄積する。高砂西港のカネカ盛立地を学ぶ

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