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2013/10/20 に公開
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福一以前より何も変わらぬ醜悪極まりないこの国のリアル。清志郎が歌っていたように、もう誰にも止められないのか。 東京新聞 2013.9.24 掲載 「こちら特報部」 カネミ油症事件 阻まれる救済 の転載です。 関連情報 九州朝日放送 カネミ油症 - KBCが追った44年の記録 - http://www.kbc.co.jp/tv/kanemi/ ↓上記サイトのイントロダクションより転記 「美容と健康にいい」 そんな宣伝文句で売られていた米ぬか油。 その油には猛毒のダイオキシン類が含まれていた。 44年前、福岡県を中心とする西日本一帯で起きたカネミ油症事件。 吹き出物、手足のしびれ、肝機能障害、骨の変形、永久歯の欠落、大量の脱毛、そしてがん・・・。 根本的な治療法もない中、猛毒は44年がたった今もなお被害者たちを苦しめる。さらに被害は子や孫の世代までにも忍び寄る・・・。人類史上初めてダイオキシン類を直接口にしたカネミ油症事件。 KBCはこのカネミ油症事件を発覚から44年にわたり追い続けてきました。 カネミ油症患者や支援者は「元の身体を返せ! 元の家庭を返せ!」というシュプレヒコール。
紙野さんも、ズッとその「元の身体を返せ! 元の家庭を返せ!」と叫んでおられたシュプレヒコールでした。 一人ひとりの身体だけじゃなくて、家庭がほんとに破壊されていって、紙野さんの家庭だって、次女の人が婚約をしていたのに、油症になって婚約を破棄。それを悔やんで自殺未遂。おじさんおばさんは、また自殺未遂するんじゃないか、と夜も眠れんと、子どもを見張っていないかんみたいな時が続くんですね。だから油症になるというのは、病気も大変だけど、病気によってほんとに人間関係がズタズタにされてしまう。
1901:兵庫県高砂市の三菱製紙と加古川沿岸農漁民が、汚濁水めぐり紛争
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カネカ 油症原因企業
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http://www.kbc.co.jp/tv/kanemi/image/midashi_outline.gifhttp://www.kbc.co.jp/tv/kanemi/image/btn_nenpyo.jpg
概要http://www.kbc.co.jp/tv/kanemi/image/image_outline.jpg1968年、北九州市に本社を置くカネミ倉庫が製造した食用の米ぬか油を食べた西日本一帯の1万4000人以上が吹き出物や内臓の疾患、がんなどの被害を訴えた。原因は油に含まれた猛毒のダイオキシン類。患者の症状は44年がたった今も続く。認定患者は2012年3月末現在、1966人(うち死亡者数596人)にのぼる。
被害の発覚カネミ油症事件は1968年(昭和43年)10月10日、朝日新聞が「正体不明の奇病続出」と第一報を報じたのが発覚の発端だった。西日本各地で吹き出物や手足のしびれ、倦怠感などの健康被害を訴え出る人が相次いだのである。原因は北九州市に本社を置くカネミ倉庫の米ぬか油「カネミライスオイル」。被害は福岡県を中心に西日本一帯に及び、1万4000人以上が被害を訴え出る「国内最大の食品公害」となった。
人類初のダイオキシン類による食中毒被害中毒の原因は当初、油の臭みを取る工程の熱媒体として使われた有機塩素化合物PCB(ポリ塩化ビフェ二ール)とされ、患者の症状は次第に軽減されると考えられていた。しかし1974年、油にはPCBが加熱されることで変性した猛毒のダイオキシン類、PCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)が主な原因物質であることが判明する。2001年には国もダイオキシン類が主原因であることを認め、カネミ油症事件は「人類が初めてダイオキシン類を直接口から食べた」事件であることが明らかとなった。
患者の症状ダイオキシン類はベトナム戦争(1960年〜1975年)でアメリカ軍が使用した「枯葉剤」にも含まれていたことで知られる。症状は吹き出物などの皮膚症状や手足の痺れといったものから、肝機能障害、骨の変形、歯の異常や頭髪の脱毛、流産、がんに至るまで全身の多岐に及び、カネミ油症は「病気のデパート」とも言われる。
これまで多くの被害者たちが、がんなどを発症し、死亡している。ダイオキシン類は体内での残留性が高いことでも知られており、患者たちの症状は44年がたった今も続いているのが現状である。 次世代被害ダイオキシン類の大きな特徴の1つは被害が子や孫の世代に引き継がれることである。事件発生当時には油を食べた女性患者から皮膚の色が黒ずんだ「黒い赤ちゃん」が生まれるケースが数多く報告され、社会に大きな衝撃を与えた。2010年5月、国は認定患者を対象に実施した健康実態調査の結果を公表したが、子供、もしくは孫に「吹き出物がある」、「疲れやすい」などといった被害を訴える患者が調査対象者ののべ半数以上に及んでいる。
差別と偏見カネミ油症の根本的な治療法は今も見つかっていない。また「黒い赤ちゃん」など被害が次世代に引き継がれていく懸念などから患者たちは事件発生当初から結婚や就職などで激しい差別や偏見に見舞われた。患者たちは次第に被害について口をつぐむようになり、毎年一部の自治体で実施される油症検診すら受診しない患者が相次ぐようになるなど、被害の実態把握は大きく遅れた。また患者の多くが家庭の食卓でカネミ油を食べたケースが多いことから、家族ぐるみで油症の症状に苦しみ、働けなくなったり、医療費がかさむなどして生活困窮に陥るケースが相次いだ。
未認定問題と認定基準2012年3月末現在、カネミ油症患者として認定されたのは1966人(うち死亡者は596人)。被害を訴え出た1万4000人の約14%に過ぎない。厚生労働省の全国油症治療研究班が定めた認定基準によって被害者の認定、未認定が振り分けられ、現在は血中のダイオキシン濃度が最も重要視されている。しかし、その基準の妥当性には疑問の声も上がっている。
裁判と仮払金問題カネミ油症をめぐる民事裁判は発覚の翌年1969年に始まった。裁判は責任企業のカネミ倉庫やPCBを製造したカネカを相手取り1986年までに8件が提起され、うち5件については被害の拡大責任を問われた国も相手取って行われた。原告は1985年までにカネミ倉庫だけでなく、国にも2度勝訴。しかし、翌86年5月、全国統一民事訴訟第二陣の二審判決で流れは変わり、国に逆転敗訴した。その後最高裁も原告敗訴の見通しを示したことから、原告は国への訴えを取り下げる。その結果原告は先に受け取った1人当たり約300万円の賠償金の仮払金を返還する義務が生じ、すでに医療費や生活費などにつぎこんでいた原告たちの中には返還に応じきれず、自殺者も現れるようになった。その事態を重く見た当時の自公政権は2007年に仮払金返還を免除する特例措置法を成立させ、仮払金問題は一定の解決に至る。
2008年には87年の裁判終了後に新たに認定された新認定患者がカネミ倉庫を相手取り損害賠償請求訴訟をおこし、現在も裁判は続いている。 取り残されていた患者救済(〜2013年3月)カネミ油症の被害者は油症検診を受診して患者と認定されない限り、一切の医療費助成を受けることができない。さらに認定されても責任企業のカネミ倉庫からは見舞金23万円の支給(認定時のみ)と、認定後の医療費の一部が支給されるだけで、過去の裁判の原告への賠償金500万円も経営難を理由に支払いが凍結されたままである。国は治療研究の資金として全国油症治療研究班に約2億円の研究費(2012年度)を、そしてカネミ倉庫には経営を支援するため政府米の倉庫代 およそ1億5000万円(2011年度)を支払っているが、過去の裁判で原告側が国への訴えを取り下げたことを根拠に、患者に直接、医療費などの公的支援を行うことを一貫して拒んでいる。
政権交代で芽生えた救済の機運事件から42年が経過した2010年、患者の高齢化が進む中、患者と支援者は政権交代を機に2010年1月以降、医療費の公的負担などを盛り込んだ「カネミ油症被害者救済法案」の成立を求めて全国で被害者集会を開催し救済を訴えた。そして3月には、患者と支援者が民主党幹事長室に救済法案の成立を陳情。民主党内でも一部の議員が救済法案の議員立法の検討を進めるなど、法案成立への機運が高まっていたが、2010年6月の鳩山総理辞任などの 政局の混乱を受け、法案の通常国会提出は断念された。
被害者救済法の成立2011年8月、被害者からの声を受けて民主、自民、公明など有志の国会議員は超党派の国会議員連盟を設立。被害者救済法成立に向けた機運が再び高まりはじめた。そして、翌2012年3月には自民、公明両党がまとめた救済法案に民主も合意し、救済法成立は現実性を帯び始める。しかし厚生労働省などが「食中毒は原因企業による補償が原則」などとして法制化に強く反発。それを受けて民主党は一転、法案ではなく国の予算措置による救済案に傾くなど救済へ向けた動きは迷走する。結局、自民、公明が民主を引き込む形で超党派の議員連盟は法案をまとめ議員立法で国会へ提出。2012年8月29日の参院本会議で救済法は可決、成立された。
医療費の公的支給ならず・・・ カネミ油症被害者救済法国は救済法に基づく支援策として2013年度から当面、認定患者を対象に毎年1回健康実態調査を実施し「支援金」として年19万円を支給。また従来からカネミ倉庫に対し行われている備蓄米などの保管委託を拡大してカネミ倉庫の経営支援策を拡充させ、カネミ倉庫からも年5万円を支給する。さらに認定基準も見直し、被害発覚当時に認定患者と同居していた家族などで未だ未認定のままの患者も認定することになった。しかし、患者の医療費については国からの支給は見送られ、従来通りカネミ倉庫から支給されることとなり、国からの直接救済を望んでいた患者からは失望の声が相次いだ。
残された次世代被害今回の救済法成立は、患者にとって完全救済への「大きな一歩」に過ぎないと言える。認定基準が見直されたとはいえ、大半の未認定患者は救済されないままであり、被害者が高齢化する中、未だ根本的な治療法の開発にも至っていない。また子や孫への「次世代被害」に対する救済も手付かずの ままである。カネミ油症被害者の完全救済には未だ多くの課題が残されたままとなっている。
カネミ油症被害者の未認定問題
油症被害の届出は、1969年7月1日現在で1万4320人である。これ以降公式の届出数は公表されていない。これに対し、認定された油症被害者は申立時現在1867人で認定者の割合は13パーセントである。この「認定」率は食中毒事件としては極めて異常である。
カネミ油症事件は、食中毒事件であるにもかかわらず、最終的な報告文書はどこにも存在しない。この異常に低い「認定率」は、初期の「皮膚症状」に偏った「診断基準」による患者切り捨て以外の何ものでもない。食品衛生法の規定とおよそかけ離れた検診・認定制度によるものである。 通常の食中毒事件においては、医師の届出・保健所による調査により「認定」されるが、カネミ油症事件では、法にない「認定制度」により、多数の未「認定中毒患者」が生み出された。 また、カネミ油症被害に対する「恒久対策」がないことから、「苦労」して「認定」してもらっても実りは少なく、このことが被害者を検診に消極的にさせている。 http://www.kbc.co.jp/tv/kanemi/image/midashi_archives.gif
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10.14 カネミ油症とPCB 汚染を考える集いin 高砂
〜次世代に安全・安心な食と環境を!〜 日 時:2017 年10 月14 日(土) 13:30〜16:30
会 場:高砂市文化保健センター2階 多目的室1 (高砂市高砂町朝日町1 丁目2 番1 号) アクセス:山陽電車「高砂駅」北へ徒歩5分 JR は西方面からは姫路駅 東方面からは明石駅で乗り換え 参加費:500円(資料代を含む) 内 容: ❶基調報告 吉田 千佳子(YSC 運営委員)
❷高砂現地からの報告 山本 清子(高砂市民) ❸カネミ油症被害者からの訴え ❹質疑討論 主 催:「カネミ油症とPCB 汚染を考える集い」実行委員会 <連絡先>カネミ油症被害者支援センター 事務局 伊勢一郎 携帯 090‐9321‐8607 FAX 03−3403−4021 後 援:高砂市・高砂市教育委員会 1968 年西日本一帯で発生したカネミ油症食中毒事件がきっかけと
なって、1972 年日本は世界に先駆けて人工合成化学物質のPCB(ポ リ塩化ビフェニール)を原則製造中止にしました。 しかし、それから45 年経った現在も、日本人の体内や環境中には PCB が蓄積し残留した状態が続いています。最近の研究では、次世 代の健康への影響をもたらしていることも明らかになっています。 カネミ油症は、このPCB 及びその製造過程で副産物として生成した ダイオキシン類を含んだライスオイルを食したことが原因で発症した 食中毒による健康被害ですが、その影響は第1世代にとどまらず、第 2、第3世代にまで及んでいることが明らかになっています。 事件発生から来年10 月でちょうど50 年となります。今、改めて「カネ ミ油症」事件とは何なのか、PCB 汚染の現状は?次世代への影響 は?など、有害化学物質による食と環境の安全と安心について考え る集いを、ここ兵庫県高砂市で開催することとなりました。次世代に安 全・安心な食と環境を引き継ぐために、カネミ油症被害者とともにぜひ ご一緒に考えませんか。 関連行事①
「油症とPCB 汚染を考える」展示会
期間:10 月2 日(月)〜13 日(金) 会場:高砂市役所 ※見学随時自由 関連行事②
PCB 盛立地〜カネカ高砂工場見学
日時:10 月14 日(土) 9:30「高砂駅」集合 10:00〜11:00 高砂西港・PCB 盛立地見学 11:00〜12:00 カネカ高砂工場を周囲から眺望 10.14 カネミ油症とPCB汚染を考える集い in 高砂 http://static.seesaawiki.jp/img/usr_second/common/icon_pen.gif
日時:2017年10月14日(土) 13:30〜16:30 会場:高砂市文化保健センター2階 多目的室1 (兵庫県高砂市高砂町朝日町1丁目2番1号) アクセス:山陽電車「高砂駅」北へ徒歩5分 JRからは姫路駅または明石駅で乗り換え.阪神本線から直通もあり 詳しくは こちら(高砂市文化保健センターのサイト)へ 参加費:500円(資料代を含む) 内容:1.基調報告 2.カネミ油症被害者からの訴え 3.高砂現地からの報告 4.質疑討論 主催:集会実行委員会 <連絡先>カネミ油症被害者支援センター事務局・伊勢一郎 携帯:090-9321-8607 FAX:03-3403-4021 <集会の趣旨> 1968年西日本一帯で発生したカネミ油症食中毒事件がきっかけとなって、1972年日本は 世界に先駆けて人工合成化学物質のPCB(ポリ塩化ビフェニール)を原則製造中止にしました。 しかし、それから45年経った現在も、日本人の体内や環境中にはPCBが蓄積し残留した 状態が続いています。最近の研究では、次世代の健康への影響をもたらしていることも 明らかになっています。 カネミ油症は、このPCB及びその製造過程で副産物として生成したダイオキシン類を含んだ ライスオイルを食したことが原因で発症した食中毒による健康被害ですが、その影響は 第1世代にとどまらず、第2、第3世代にまで及んでいることが明らかになっています。 事件発生から来年10月でちょうど50年となります。 今、改めて「カネミ油症」事件とは何なのか、PCB汚染の現状は?次世代への影 響は?など、有害化学物質による食と環境の安全と安心について考える集いを、 ここ兵庫県高砂市で開催することとなりました。 次世代に安全・安心な食と環境を引き継ぐために、カネミ油症被害者とともに ぜひご一緒に考えませんか。 <関連行事> 「油症とPCB汚染を考える」展示会」 期間:10月2日(月)〜13日(金) 今後は更なるコストと安全と時間による選択と実施に当たっての事業主体と責任の明確化が求められる。 |
カネミ油症、患者側の敗訴確定 最高裁が上告棄却2015年6月3日
1960年代に起きた食品公害「カネミ油症」に認定された患者ら54人が、原因企業の「カネミ倉庫」(北九州市)などに損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第三小法廷(木内道祥裁判長)は患者らの上告を退ける決定を出した。2日付。不法行為から20年で損害賠償を求める権利を失う「除斥期間」が過ぎているとして訴えを退けた二審・福岡高裁判決を支持。患者側の敗訴が確定した。
訴えていた患者らの多くは、新たな認定基準が適用された2004年以降に認定された。患者側は「認定を受けないと国の被害実態調査の対象にもならず、救済を要求することは現実的に不可能だった」と主張。認定された時点から除斥期間が始まるとみなすべきで、損害賠償を求める権利があると訴えていた。
14年の二審判決は、「カネミ油症が、症状が進行したり、一定の潜伏期間の後に症状が出たりするとは認められない」と判断。患者らが遅くとも69年12月にはカネミ油を口にしており、その時から20年が経過した時点で除斥期間が過ぎていると結論づけた。
カネミ油症患者に検診手帳 厚労省が支援策カネミ油症患者に検診手帳 厚労省が支援策
厚生労働省は24日、1960年代に西日本一帯で起きた食品公害・カネミ油症の患者に「検診手帳」を配布するなど新たな支援策を2016年度から実施すると明らかにした。福岡市で開かれた国、患者団体、原因企業カネミ倉庫(北九州市)による三者協議の場で示した。
患者側は国とカネミ倉庫が給付する年計24万円の支援金の増額を求めているが、厚労省は「非常に難しい要望」として否定的な見解を示した。
手帳は、皮膚疾患などを診察する定期検診時の症状を記録することで、長期的な体調管理に役立ててもらう狙い。ほかに広島、福岡、長崎3県に配置している相談専門員を他県にも置き、相談態勢を強化。漢方薬を使った治療開発の臨床研究も推進する。
カネミ油症は、カネミ倉庫製造の食用米ぬか油にポリ塩化ビフェニール(PCB)やダイオキシン類が混入し、油を使った料理を食べた人々が全身の吹き出物や内臓疾患などの症状を訴えた。〔共同〕
http://www.kbc.co.jp/tv/kanemi/image/midashi_outline.gif概要 1968年、北九州市に本社を置くカネミ倉庫が製造した食用の米ぬか油を食べた西日本一帯の1万4000人以上が吹き出物や内臓の疾患、がんなどの被害を訴えた。
原因は油に含まれた猛毒のダイオキシン類。患者の症状は44年がたった今も続く。認定患者は2012年3月末現在、1966人(うち死亡者数596人)にのぼる。
被害の発覚 カネミ油症事件は1968年(昭和43年)10月10日、朝日新聞が「正体不明の奇病続出」と第一報を報じたのが発覚の発端だった。西日本各地で吹き出物や手足のしびれ、倦怠感などの健康被害を訴え出る人が相次いだのである。
原因は北九州市に本社を置くカネミ倉庫の米ぬか油「カネミライスオイル」。被害は福岡県を中心に西日本一帯に及び、1万4000人以上が被害を訴え出る「国内最大の食品公害」となった。
人類初のダイオキシン類による食中毒被害 中毒の原因は当初、油の臭みを取る工程の熱媒体として使われた有機塩素化合物PCB(ポリ塩化ビフェ二ール)とされ、患者の症状は次第に軽減されると考えられていた。
しかし1974年、油にはPCBが加熱されることで変性した猛毒のダイオキシン類、PCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)が主な原因物質であることが判明する。2001年には国もダイオキシン類が主原因であることを認め、カネミ油症事件は「人類が初めてダイオキシン類を直接口から食べた」事件であることが明らかとなった。
患者の症状 ダイオキシン類はベトナム戦争(1960年〜1975年)でアメリカ軍が使用した「枯葉剤」にも含まれていたことで知られる。症状は吹き出物などの皮膚症状や手足の痺れといったものから、肝機能障害、骨の変形、歯の異常や頭髪の脱毛、流産、がんに至るまで全身の多岐に及び、カネミ油症は「病気のデパート」とも言われる。
これまで多くの被害者たちが、がんなどを発症し、死亡している。ダイオキシン類は体内での残留性が高いことでも知られており、患者たちの症状は44年がたった今も続いているのが現状である。 次世代被害 ダイオキシン類の大きな特徴の1つは被害が子や孫の世代に引き継がれることである。事件発生当時には油を食べた女性患者から皮膚の色が黒ずんだ「黒い赤ちゃん」が生まれるケースが数多く報告され、社会に大きな衝撃を与えた。
2010年5月、国は認定患者を対象に実施した健康実態調査の結果を公表したが、子供、もしくは孫に「吹き出物がある」、「疲れやすい」などといった被害を訴える患者が調査対象者ののべ半数以上に及んでいる。
差別と偏見 カネミ油症の根本的な治療法は今も見つかっていない。また「黒い赤ちゃん」など被害が次世代に引き継がれていく懸念などから患者たちは事件発生当初から結婚や就職などで激しい差別や偏見に見舞われた。患者たちは次第に被害について口をつぐむようになり、毎年一部の自治体で実施される油症検診すら受診しない患者が相次ぐようになるなど、被害の実態把握は大きく遅れた。
また患者の多くが家庭の食卓でカネミ油を食べたケースが多いことから、家族ぐるみで油症の症状に苦しみ、働けなくなったり、医療費がかさむなどして生活困窮に陥るケースが相次いだ。
未認定問題と認定基準 2012年3月末現在、カネミ油症患者として認定されたのは1966人(うち死亡者は596人)。被害を訴え出た1万4000人の約14%に過ぎない。厚生労働省の全国油症治療研究班が定めた認定基準によって被害者の認定、未認定が振り分けられ、現在は血中のダイオキシン濃度が最も重要視されている。
しかし、その基準の妥当性には疑問の声も上がっている。
裁判と仮払金問題 カネミ油症をめぐる民事裁判は発覚の翌年1969年に始まった。裁判は責任企業のカネミ倉庫やPCBを製造したカネカを相手取り1986年までに8件が提起され、うち5件については被害の拡大責任を問われた国も相手取って行われた。原告は1985年までにカネミ倉庫だけでなく、国にも2度勝訴。
しかし、翌86年5月、全国統一民事訴訟第二陣の二審判決で流れは変わり、国に逆転敗訴した。
その後最高裁も原告敗訴の見通しを示したことから、原告は国への訴えを取り下げる。
その結果原告は先に受け取った1人当たり約300万円の賠償金の仮払金を返還する義務が生じ、すでに医療費や生活費などにつぎこんでいた原告たちの中には返還に応じきれず、自殺者も現れるようになった。その事態を重く見た当時の自公政権は2007年に仮払金返還を免除する特例措置法を成立させ、仮払金問題は一定の解決に至る。
2008年には87年の裁判終了後に新たに認定された新認定患者がカネミ倉庫を相手取り損害賠償請求訴訟をおこし、現在も裁判は続いている。 取り残されていた患者救済(〜2013年3月) カネミ油症の被害者は油症検診を受診して患者と認定されない限り、一切の医療費助成を受けることができない。さらに認定されても責任企業のカネミ倉庫からは見舞金23万円の支給(認定時のみ)と、認定後の医療費の一部が支給されるだけで、過去の裁判の原告への賠償金500万円も経営難を理由に支払いが凍結されたままである。
国は治療研究の資金として全国油症治療研究班に約2億円の研究費(2012年度)を、そしてカネミ倉庫には経営を支援するため政府米の倉庫代 およそ1億5000万円(2011年度)を支払っているが、過去の裁判で原告側が国への訴えを取り下げたことを根拠に、患者に直接、医療費などの公的支援を行うことを一貫して拒んでいる。
政権交代で芽生えた救済の機運 事件から42年が経過した2010年、患者の高齢化が進む中、患者と支援者は政権交代を機に2010年1月以降、医療費の公的負担などを盛り込んだ「カネミ油症被害者救済法案」の成立を求めて全国で被害者集会を開催し救済を訴えた。
そして3月には、患者と支援者が民主党幹事長室に救済法案の成立を陳情。民主党内でも一部の議員が救済法案の議員立法の検討を進めるなど、法案成立への機運が高まっていたが、2010年6月の鳩山総理辞任などの 政局の混乱を受け、法案の通常国会提出は断念された。
被害者救済法の成立 2011年8月、被害者からの声を受けて民主、自民、公明など有志の国会議員は超党派の国会議員連盟を設立。被害者救済法成立に向けた機運が再び高まりはじめた。そして、翌2012年3月には自民、公明両党がまとめた救済法案に民主も合意し、救済法成立は現実性を帯び始める。
しかし厚生労働省などが「食中毒は原因企業による補償が原則」などとして法制化に強く反発。それを受けて民主党は一転、法案ではなく国の予算措置による救済案に傾くなど救済へ向けた動きは迷走する。
結局、自民、公明が民主を引き込む形で超党派の議員連盟は法案をまとめ議員立法で国会へ提出。2012年8月29日の参院本会議で救済法は可決、成立された。
医療費の公的支給ならず・・・ カネミ油症被害者救済法 国は救済法に基づく支援策として2013年度から当面、認定患者を対象に毎年1回健康実態調査を実施し「支援金」として年19万円を支給。また従来からカネミ倉庫に対し行われている備蓄米などの保管委託を拡大してカネミ倉庫の経営支援策を拡充させ、カネミ倉庫からも年5万円を支給する。
さらに認定基準も見直し、被害発覚当時に認定患者と同居していた家族などで未だ未認定のままの患者も認定することになった。
しかし、患者の医療費については国からの支給は見送られ、従来通りカネミ倉庫から支給されることとなり、国からの直接救済を望んでいた患者からは失望の声が相次いだ。
残された次世代被害 今回の救済法成立は、患者にとって完全救済への「大きな一歩」に過ぎないと言える。認定基準が見直されたとはいえ、大半の未認定患者は救済されないままであり、被害者が高齢化する中、未だ根本的な治療法の開発にも至っていない。また子や孫への「次世代被害」に対する救済も手付かずの ままである。カネミ油症被害者の完全救済には未だ多くの課題が残されたままとなっている。
http://www.kbc.co.jp/tv/kanemi/image/midashi_archives.gif
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10 Y(カネカ)鐘淵化学工業 のカネクロール400の供給に当たっての危険性の警告状況と油症被害への対応
(1)カネクロール400をXに供給するに当たっての危険性の警告状況 カネカは、1954年に日本で最初に「カネクロール」という商品名でPCBの製造を開始し、1957年ころから熱媒体用途の製品として生産・販売を拡充していった。 しかし、PCBの毒性については、労働科学研究所の野村茂元熊本大学医学部公衆衛生学講座教授が、PCBの動物実験により、極めて激しい中性脂肪変性を起こして死に至ることや、PCBが皮膚疾患を起こすこと、また、それにとどまらず、PCBが皮膚を通じて体内に入り込み、肺、腎臓、副腎に一定の変化を起こすことを究明し、このような研究成果を労働科学研究所発行の「労働科学」1949年11月10日号に発表していた。 また、同人は、1953年ころ、科学工業協会安全衛生委員会に提出した「有害な科学物質一覧表」にPCBを挙げ、その中でPCBを体内に取り込むと肝臓障害や塩素ニキビが起きることを指摘していた。
カネカは、日本で他の企業に先立ってPCBの生産を開始したものであるが、PCBを食品の熱媒体用として製品化するに当たり、それが人体に危険を及ぼすおそれの高い分野であるにもかかわらず、独自に動物実験を行ってその毒性の程度や生体に対する有害性を確かめたり、又は他の研究機関に調査を委託したりするなどしてその安全性を確認したという事実は認められない。 また、カネカがカネミ倉庫にカネクロール400を販売するに当たって、PCBの危険性について周知徹底を図っていたという事実も認められない。カネカのカネクロール400のカタログには、
「カネクロールは塩素化合物として若干の毒性をもっていますが、実用上ほとんど問題となりません」「皮膚に付着した時は石鹸洗剤で洗って下さい。もし付着した液がとれ難い時は、普通の火傷の手当で結構です。」「カネクロールの大量の蒸気に長時間曝露され、吸気することは有害です。 カネクロールの触媒装置は普通密閉型で、作業員がカネクロールの蒸気に触れる機会はほとんどなく、全く安全であります。」
といった記載がなされている程度であった。
(2)油症被害への対応
前記のとおり、1987年3月20日、最高裁において、原告とカネカとの間で、上告審係属中の二つの事件に下級審継続中の全ての訴訟の原告が利害関係人として参加した全訴訟一括和解方式による和解が成立した。 最高裁の和解成立時までに、カネカは合計約86億円を支払っていた。その内訳は、 ①一連のカネミ油症事件に関する訴訟の仮払仮処分、下級審の判決に基づく仮執行による約77億円、
②1978年7月の確認書に基づく660人の未訴訟油症被害者への見舞金8億5800万円である。
カネミ油症事件に関するカネカの支払総額は約105億円となっている。 なお、仮執行の金額が見舞金を超えている場合で、本来カネカに対して返還されるべき金額は和解条項に基づく計算上約48億円となっているが、返還はされていない。
他方、カネカが和解後に認定された油症被害者に対し、和解した者と同様に支払措置を講じたという事実は認められない。
<カネミ油症50年>「カネカが回収すべきだった」 カネミ倉庫社長 ...www.jea-navi.com/archives/2075 - キャッシュ
2018年7月16日 - PCBによる金属腐食性も否定しているように読める。食用油に大量混入したPCB。原因は裁判において、脱臭工程でステンレス管を流れるPCBが管を腐食させ、漏れて食用油を汚染したとみられ、PCBを製造販売したカネカの責任も追及され ...
www.data-max.co.jp/2012/.../pcb3001_dm1739_1.html - キャッシュ
カネミ油症事件のきっかけとなるPCBを製造した鐘淵化学工業(現・カネカ)は、燃焼式の方が効率よくスピードも速いため、自分たちで迅速に処理を進めようとして、燃焼式による処理実験を行ない、その実験は成功した。熱媒体油として使用されていたPCBは ...
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp > ... > ニュース、事件 - キャッシュ
(1) カネミ倉庫はライスオイルの製造業者として、カネカはわが国で初めてPCBの生産を始めた化学企業として食品製造向けの工業薬品を供給する者も食品製造業と同じ高度の安全確保義務を負うており、それを果たさなかった。 (2) カネミ ... www.ktr.co.jp/analysis/case/case_120.html - キャッシュ
PCB分析. 簡易定量から精密分析まで、各種技術を取り揃えております. 背景. ポリ塩化ビフェニル(Poly Chlorinated Biphenyls, PCB)の適正処理に関して、2001年にPCB 特別措置法が施行され、PCB処理が進んでおります。さらに、PCBを使用していない ... blog.goo.ne.jp/.../e9695583700b64f86b3d70d83d0a4d... - キャッシュ
2018年2月15日 - 計 4.15t/日(24時間) ←「兵庫県公報」には、PCB廃棄物の保管量及び処理する総量の記載なし 施設の概要 カネカの高砂工業所に保管しているPCB廃棄物は、JESCOの受入基準で水分含有量が超過しているので、受入条件を満たすため ... matome.naver.jp/odai/2135204214385341701 - キャッシュ
米ぬか油製造工程の最終段階で,米ぬかの中にステンレスパイプを通し,熱媒体として PCBを循環させることにより脱臭をし ... PCBはその特性から,電気絶縁油 |





