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カネミ油症事件の経過
1)ダーク油事件;カネミ油症事件は予見できなかったのか 1968(昭和43)年2月20日ごろ、鹿児島県日置郡のブロイラー養鶏団地を
はじめ九州、四国、中国など西日本各地で奇病が発生した。鶏が急に元気が なくなり、食欲がなくなり、産卵しなくなり、体に浮腫が来、呼吸困難がき て口を開けて斃死した。その数は推定190万羽から210万羽といわれている。 連絡を受けた鹿児島県畜産課は家畜保健衛生所九州支場に原因究明を依頼 した。まず、死んだ鶏の解剖の結果、肝臓壊死、腎臓の尿細管拡張、腹水、 胸水、心囊水腫、浮腫、皮下浸潤、出血などの所見が明らかになり、ブロイ ラー大量斃死の原因は中毒であることが明らかになった。 3月14日県畜産課は農林省福岡肥飼料検査所に対して「原因は配合飼料に
あると考えられる」と報告した。この配合飼料を製造したのは東急エビス産 業の九州工場と林兼産業の下関工場の2社だけであった。 検査所の聞き取りでは東急エビス産業側は奇病発生の原因となった配合
飼料は二製品で、これらの二製品が他の製品と違うところは、北九州小倉区 東港町のカネミ倉庫の米ぬか油を製造する過程で副生するダーク油を材料に 使っていたことである」と述べている。さらに、このダーク油や飼料を鶏に 直接与えると鶏は全く同じような症状を示した。すなわち、3月の中旬には 鶏奇病の原因はカネミ倉庫のダーク油であることは明らかになった。検査所 は3月15日、農林省畜産局流通飼料課に報告し、16日には二社に飼料の回収 を命じた。3月18日には東急エビス中央研究所ではダーク油による動物実験 を開始している。それによると、2月7日、14日に出荷したダーク油にのみ 毒性があることが分かっている。 3月22日、飼料課長ほか係員たちは、カネミ倉庫の本社工場を立ち入り調
査した。そして、カネミ倉庫の加藤三之輔社長に確かめたところ「ライスオ イルは飲むことが出来ます。私も飲んでいますが、何の異常もありません。 大丈夫です」と答えたという。ダーク油を製造する工程や製品の出荷状況な どについてはかなり詳しく事情聴取をしたらしいが、肝心の人が口にする米 ぬか油については追求されなかった。実際、患者の中には健康や美容によい という宣伝によって、飲用していた者がいたのである。保健所から勧められ たという者もいた。 5月には農林省家畜衛生試験場の小華和忠や勝屋茂美らはこれらの飼料を ひな鶏に食べさせて同じ症状が発症することを確認している。後でわかった ことだが、ダーク油には1300ppm のカネクロール400が含まれていた。 6月14日、問題の配合飼料とダーク油を使って農林省家畜衛生試験場で 行った再現試験の結果が検査所に報告された。それによると「原因はダーク 油の原料である油脂が変質したために起こった中毒である」というもので あった。この時、詳しい原料の化学的分析(たとえば、ガスクロマトグラフ によるなど)を行うべきであった。人の口に入れるものであるから一片の通
知と警告だけで済ませないで、さらなる経過観察を注意深く続けるべきで あった。 当時、アメリカでは同じような鶏の水腫病(chick edema disease)
が多発し、‘60年代には多くの報告がアメリカの畜産関係専門書に報告され、 ある種の有機塩素系化合物が原因であることが推定されていたのである。す なわち、アメリカのCantrellらによって水腫病の原因はヘキサクロロベンゾ -P-ダイオキシンと同定されていたという。さらに、1956年にはハンブルグ大 学の皮膚科研究グループがダイオキシン類は塩素痤瘡を作ることを明らかに していた。1967年にすでに、Jensen(スエーデン)も環境中にPCB を発見 していた。すなわち、注意深く関係の専門家たちがその気になればいくつか の重要な情報はあったのだった。 この時、その鶏卵や汚染鶏を食べた者がどうなったかの調査もない。また
死んだ鶏の80%前後が地中に埋められたとみられる。それらは環境汚染を 起こしてはいないのか、決して腐敗しない化学物質だから現在も残留してい て厄介なはずである。 ダーク油の汚染が指摘された3月下旬から油症が発覚した10月までの約半 年間に国、北九州、カネミは何らかの対策がとれたはずであった。しかし、 何かの対策がとられた形跡はない。 九大油症研究班の倉恒匡徳は「ダーク油事件は油症事件が報道される約
8ヶ月も前に発生していたのである。鶏の病気は人に深刻な影響を与えるお それがある。農林省が、この誰しも考える“おそれ”に配慮して、この事件 を厚生省に連絡しておれば、油症の拡大もまた防げたことが考えられる」と 書いている。 2)油症発覚;食品衛生法違反では
ダーク油事件の当時、西日本の各地で体に黒い吹き出物がでる患者が多発 して各地の医療機関を訪れていた。汚染されたダーク油の出荷時期、ブロイ ラーの発病時期と問題のライスオイルの出荷時期、奇病の発症時期とは同じ だった。
1968年4月以来、ブロイラーの方は出荷停止によって発生が食い止
められた。しかし、ライスオイルの方は人間に関することであったが、発症 が発見されて、原因が分かるまでにさらに時間がかかった。その間、被害は 拡大していった。とくに、被害拡大防止こそが行政の最大の責任であったに もかかわらず、その懈怠によって被害が拡大した。 6月7日に九大皮膚科に3歳の女児が痤瘡(にきび)様皮疹と診断された
が、8月には家族全員が同様の症状となって受診した。しかし、食中毒事件 として捉えられていなかったか、少なくともそのような対応は見られていな い。それは、皮膚科は食品衛生法の処理に慣れていなかったこともある。そ の後、九大にライスオイルを持ち込んだ者がいたが問題にされないので、10 月3日、その米ぬか油を今度は大牟田保健所に届けた。そこで、やっと保健 所は翌日、福岡県衛生部に集団的奇病の発生を連絡した。 昭和43年1月度精製々品出来高
昭和43年3月度精製々品出来高
昭和43年4月度精製々品出来高
昭和43年4月度精製々品出来高
その以前から、九大と福岡県衛生部は事前に察知していたと思われる。九
大の五島応安医師は学会に発表するまで控えていたという。これは食品衛生 法の届出義務違反ではないか。 10月10日に朝日新聞で奇病発生が発表されると、翌11日、衛生部は九大病
院に派遣、調査を開始した。新聞は11日にはダーク油との関連を報道する。 一方、北九州市衛生局は11日にカネミ倉庫に立ち入り調査を実施し、サンプ
ルを採取して九大に分析を依頼した。この日、カネミ倉庫に対して原因がはっ きりするまで販売を中止するように勧告したが、会社側はそれを受け入れな かったために、15日食品衛生法によって1ヶ月の営業停止を通知した。 新聞に連日報道されると、疑いをもった人々が保健所に届出て、その数は 同日、30日には1万2270人に達した。 九州大学医学部、同薬学部、県衛生部合同の「油症研究班」が10月14日に結成され。19日には「油症患者診断基準」を決定した。まだ、原因が確定されていない時のもので、未知の疾患に対する診断基準であるからあくまで暫定的なものでなくてはならなかった。
3)病因物質の追求 10月14日に久留米大学の山口誠哉教授はヒ素中毒説を発表した(後否定) 10月18日、九大医学部に油症外来を開設して集団検診を始める。
10月19日に編成された油症研究班は班長、勝木司馬之助(内科、九大病院 長)、副班長は樋口謙太郎(九大皮膚科教授)と下野修(福岡県衛生部長)か らなり、部会として臨床部会(部会長樋口謙太郎)、分析専門部会(部会長塚 元久雄九大薬学部部長)、疫学部会(部会長倉恒匡徳・公衆衛生学教授)を置 いた。 10月22日、高知県衛生研究所がカネミ倉庫の米ぬか油から、27日には国立
衛生試験所がそれぞれ有機塩素系化合物を検出に成功した。米ぬか油から初 めて有機塩素系化合物が検出されたのであった。 11月4日には研究班の稲神農学部教授がカネミ油に含まれた有機塩素系化
合物のガスクロマトグラフのパターンがカネクロール400(鐘化)のパターン と一致することを証明した。原因が油に含まれるPCB とするとどこから混 入したかが問題になった。 11月6日には九大皮膚科の五島應安氏が油症被害と鶏のダーク油による被
害の原因が同じであることを実験的に証明し、11月4日には米ぬか油から、 11月16日にはダーク油から相次いでPCB が検出された。
11月16日、篠原久(化学機械工学)教授を団長とする九大調査団がカネミ
倉庫の製油部工場を立ち入り検査した。その結果、脱臭塔内を通っているス テンレスパイプに3箇所のピンホールを発見して、そこからカネクロールの 漏出が確認された(後にこれは訂正されるのだが)。これによって、原因究 明は終了したとされた。 しかし、1971年、アメリカのR.W.Risebrough博士の指摘によってカネク
ロール400にはPCBsの他にPCDFs、PCDDsなどが含まれていることが分 かった。その結果、油症の主な原因はPCDFsによるものであることが明らか になった。いずれにしても、油症は単純な汚染の結果ではなく複合汚染によ るものであった。したがって、その臨床像も複雑で前例のないものであるこ とが推定された。 追跡調査(五島の患者たち)で分かったこと、生活の場でみる 2000年から2004年にかけて、長崎県五島列島の玉之浦町、奈留町の油症患
者61人(11人は九州在住)について、現地を訪れ検診と聞き取りを行った。 自主医療班は神経内科、精神科、皮膚科、婦人科、疫学、保健師(院生)、看 護師(院生)、社会福祉士からなる。 男性20人、女性41人。年齢は33歳から79歳。平均年齢は男性60.6歳、女性 は64.8歳でいずれも高齢者が多い。 事件が起こった1968年は、たまたま椿油が不作な年で、そこに、高級なカネミ油を格安で販売すると、カネミ油が島に持ち込まれました。あとでわかったことですが、再脱臭した劣悪なカネミ油が持ち込まれたので安かったのだと言われています。
何も知らない島民は、カネミ油で魚を天ぷらにして食べました。ダイオキシンの毒入り油で元気がなくなると、もっと精をつけようとさらに天ぷらを食べたり、美容に良いと、そのままカネミ油を飲んだ人もいました。 五島列島は隠れキリシタンの里です。島のあちこちに教会が立ち、異国情緒のただよう美しい島です。黒い赤ちゃんが多く生まれたのも、堕胎を避けるキリスト教の影響があったと言われています。 かくして、カネミ認定患者の約2割が五島市に集中したのです。 初めて自主検診やヒアリング調査に入った時は、多くの被害者は私たちを警戒しました。何の血縁も地縁もないよそ者が、事件から30年以上も経ってから、なんで来るんだというのが警戒の理由です。今では笑い話ですが、カネミ油症被害者五島市の会会長がこう言いました。「やって来た人たちは、今はやりのオレオレ詐欺の仲間だと思った」。 こんなこともありました。ある被害者の家に原田正純医師たちと訪問しました。その家の奥さんは複数の黒い赤ちゃんを生んだ人です。ぜひ原田先生に診てもらいたいというので訪問したのですが、家に入ったとたんに主人が出てきて、「お前ら、今ごろ何しにきた。来るなら仮払い金を払う前に来い」とどなり、殴りかからんばかりの勢いでした。私たちは急いで家を出ましたが、その家の奥さんが出てきて言うことには、「お父さんを許してください。カネミを食べる前は人一倍元気な人でした。健康な人を見ると悔しいんです」。
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カネミ油症被害者の現状― 40年目の健康調査
はじめに
今から40余年前の1968(昭和43)年10月10日、人類史上初の大規模有機塩素系化合物による食中毒事件がマスコミによって報道された。これがカネミ油症事件の始まりであっ。 しかし、初期の報道が特徴的な皮膚症状に集中したために皮膚科以外の多くの研究者の注目を十分に引かなかった。
その後の研究によって本症は決して皮膚症状だけでなく、ほとんど全身の症状であることが明らかになってきた。カネミ油症は皮膚症状が特徴的で目立つ症状であったとしても、初期から決して皮膚症状に限らず、多彩な症状(全身の)であったことは明らかであった。
さらに、黒い赤ちゃん(胎児性油症)の存在が報道されることによって、世間の関心はさらに高まった。胎児性水俣病は人類史上初の胎盤経由の胎児の中毒事件であり、胎児性油症も世界に類のない(人類史上初の)経験であった。 したがって、本共同研究の一人である原田は胎児性水俣病の研究中であったためにその長期予後について強い関心をもち、胎児性油症患者の実態を調査したいと考えていた。胎盤を経由して胎児に重大な影響を与えることは胎児性水俣病に次いで人類史上重大な経験であったから医学者なら誰でも強い関心をもつ筈であった。
現地を訪れ実際に患者を診察する機会が来たのは1974年夏のことであった。当時、久留米大学医学部公衆衛生学(高松誠教授)の非常勤講師であった原田は高松教授と共に長崎県五島の玉之浦の調査に参加することが出来た。 その時は、小児患者を中心に胎児性油症を診察することができた。その後、1981年に再度、小児性と胎児性患者のことが気になって2回目の調査を行った。幸いなことに様々な症状を持ちながらも子どもたちは健気に頑張っており、メチル水銀と異なって神経症状は目立たず一見順調に発育しているかのようにみえた。しかし、メチル水銀と異なって症状が見えにくいことは気づかれていた。
子どもたちは皮膚症状もさることながら、自律神経系や精神面(情意面)の障害がみられたが、専門家でないとややもすれば見逃される種類の症状であった。
その後の経過について原田は気にかかりつつも、現地を訪れることはなかった。もちろん、九州大学の油症研究班によってその後も地道な研究調査が続けられてはいたのだが、長い間油症事件は世間(マスコミなど)からも医学会からも忘れ去られたかのように話題になることは少なかった。 ところが、2000年になって再度、五島を訪れる機会が突然訪れた。それは油症患者の矢野忠義、トヨ子夫婦の訪問であった。それは1999年のことであった。
原田を含めて医学も行政も(九大の油症班を除いて)あまりにも実態の解明(追跡調査)を怠っていたことに愕然とした。それ以来、自分自身の罪滅ぼしのつもりで有志を募り、少数ではあるが未認定を含む油症患者の検診を行い、できる限りの問題提起をしてきた。 カネミ油症事件がおこってから32年目になる2000年から2004年にかけて、主として五島市玉之浦地区、奈留地区を中心に、61人について臨床的調査を行った。その契機となったのは仮払金の問題であった。裁判が和解になったことで一審判決で支払われていた仮払い金を国が戻すように要求してきたのであった。それこそ、患者や家族はパニック状態に陥ってしまった。 矢野夫妻から話を聞くまで全く事情を知らなかった原田は、自らの怠慢と無知を恥じ、これは大変なことだと思った。それから患者さんの訪問診察が始まったのであった。幸い調査にはボランティアの医師(衛生学、神経内科、精神神経科、皮膚科と熊本学園大学社会福祉学部大学院生(看護師)の協力を得て現地検診を重ねることができた。
2005年7月3日、その結果は「カネミ油症に関する意見書」として人権侵害の訴えの資料として当時の坂口力厚生労働大臣に提出した。関係者の努力によって仮払金の問題は一応の解決をみた。しかし、仮払金の問題が一応の政治決着をみたからといって問題が解決したわけではない。救済の内容や認定基準の問題、未認定患者の救済問題など問題は山積している。
患者は高齢化しており時間はあまりない。明らかに症状は悪化している。そこで、その実態の一部を明らかにすることが世界初の有機塩素系化合物による中毒の実態の一部を明らかにすることになると考えている。 本報告は第3次(2009年8月、2010年7月)の油症実態調査の報告である。 第1章 実際の症例
2009年8月8日・9日、長崎県五島市玉之浦、奈留の2ヶ所で成人50名の検診を行った。さらに、翌2010年に同地区の受診希望者が9名加わり、合計59名となった。検診の目的は認定、未認定を問わずカネミ油摂食者が40年後の今日、どのような症状の変化があるかを明らかにすることであった。 実際の患者の数は膨大で、受診希望者が多数で全員を調査・検診することは短期間で、しかもボランティアでは不可能である。しかし、この種の事件における臨床的・疫学的調査は大多数を検診せずともその実態はモデルとして明らかになり、それを基に救済対策の立案・実行は可能である。医学的実態の不明確さが救済の怠慢の口実に使われてはならない(水俣病事件などのように)。
参加した医師は5名、看護師4名、聞き取りなどのサポーター(支援者)多数であった。 カネミ油症事件の10年後に同じような事件が台湾で起こったが、症例の一 人一人が世界初の他に類のない症例であるから貴重である(15,16,17,18)。考えて みると少数例の場合は症例報告として報告されるが、多数の場合には個々の 症例の具体的な報告は軽視されがちである。そこで、本報告では家族の認定 患者の有無、自覚症状、皮膚症状と既往歴(過去の病歴)および現在治療中 の疾病を拾い上げた。過去の病歴については時間をかけて調査をしたが、も
ちろん完璧ではないことは言うまでもない。従来、各専門家ごとにバラバラ に捉えられていた油症を総合的に捉えようとする1つの試みであることを付 け加えておきたい。患者は受診希望者順である。 以下、各症例は年齢、性別、認定の有無、家族内認定患者の有無、残存皮 膚症状、自覚症状、皮膚科以外の疾病(既往歴、治療中)、症状の程度の順 に記載した。 №1:80歳、女性。未認定。家族に認定患者あり(夫、長男)。 斑状色素沈着、皮下出血。頭痛、視力低下、両膝関節痛。 高血圧、甲状腺腫(手術)、骨粗しょう症、白内障、歯牙障害。高次脳機 能障害(失行、失認)。日常生活支障度⑵。 №2:82歳、男性。未認定。家族に認定患者あり(父、娘)。 色素沈着、痤瘡。四肢痛、耳鳴り、めまい、不眠。 骨折、胃潰瘍、高血圧。白内障、聴力障害、四肢の感覚障害、片足たち不 能、マン現象(+)。日常生活支障度⑵。 №3:75歳、女性。認定。家族に認定患者なし。 色素沈着(特に歯ぐき)、丘疹、紫斑。四肢痛、じんじん感、腰痛、めまい、 耳鳴り、息切れ、不眠。高血圧、骨粗しょう症、皮膚がん、白内障、歯牙障 害。日常生活支障度⑵。 №4:63歳、女性。認定。家族に認定患者あり(父、弟)。 色素沈着(爪も)、湿疹。かゆみ(掻痒感)、頭痛、耳鳴り、立ちくらみ、 肩・肘・手関節痛。流産1回。高血圧、胃ポリープ(手術8回)、胆石、貧血、 心臓肥大、抑うつ状態(治療中)。白内障、聴力低下、歯牙異常。日常生活 中略
第6章 考察― 油症患者から見えてきたもの
6−1.今回調査のまとめと問題点 われわれの調査は1,941人の油症認定患者(2010年3月現在)のほんの一 部分にしか過ぎない。しかも、診察希望者であるから当然、現在症状に問題 カネミ油症被害者の現状 ― 41 ― がある者、たとえば、原因不明といわれた疾患をもつ者、病状が悪化した 者、将来に不安をもつ者など重症者が多かったことが考えられる。しかし、 基本的には油症の現在の臨床的な特徴を代表していると考えてよい。なぜな ら、現在までに報告されている油症の臨床症状から恐ろしくかけ離れたもの ではなかった(台湾の例も含めて)からである(13)。一方、40余年経過して いる以上、症状に高齢化の影響が見られるのも当然である。しかし、症状に 高齢化の影響が見られるとしても、基本的には油症の症状であり、加齢の影 響によって顕在化したと考えることもできる。本来、われわれが強調して きたように、油症は基本的には非特異的症状(皮膚症状を除いて)の集合で あるために(全身病)、症状をばらばらにしてしまえば油症は見えなくなっ てしまう。そのことが油症の重要な特徴の1つであることを強調しておきた い(14,15)。 さらに、重要なことは未認定の問題である。対象となった患者の家族 に未認定患者(油症と認められていない)が少なからずいた。その数は、 1万4千人とも言われている。彼らもまた、高齢化しているからその実態の 解明は急がれる。未認定患者の実態についてはほとんど報告がなく、放置さ れているといえる。また、次世代、次々世代に対する影響も十分に明らかに はされてはいない(49,50)。 油症の全体像を考える時に重要なことは、すでに発生から40余年経過して いることである。すでに多くの重症者は亡くなっている。たとえば、現時点 で血中ダイオキシン値と臨床症状を比較して、量・反応関係が成立しないと しても、それで直ちに関係ないと結論つけることは出来ない。それは、重症 者はすでに亡くなり、あるいは当時、血中のダイオキシン値の分析が行われ ていなかったからである。したがって、中毒後、長期経過した後で血中のダ イオキシン濃度を診断の根拠とすることは極めて危険である。油症事件は人 類初の(未知の)中毒事件であるという認識と謙虚さが必要である。 6−2.油症の臨床的特徴 40余年後のしかも、ほんの一部の検診であったが、明らかになったこと は少なくない。一つは、皮膚症状は軽快して見え難くなっているもののなお 頑固に残存し続けているということである。一つは、多彩な症状が頑強に持 続していることである。しかも、全身性であるために疾患(油症の)特異性 が見られ難く、偶然の合併症または加齢によるものと考えられそうな特徴が あった(非特異性)。今回の結果は、従来のわれわれの調査と同じ結果であっ た(13,14)。一つは、明らかに加齢によって症状が悪化したものがあることであ る。すなわち、油症の臨床的特徴が非特異的症状であるから、油症による症 状かどうかの判断は40年にわたる経過が重要であって、現時点だけで判断す ることは危険で、家族の症状、症状の経過とともに自覚症状も極めて重要で あった。 現在の診断基準は血中の有機塩素系化合物の値に拘り過ぎている(43)。40 年も経過してなお、血中の有機塩素系化合物が高濃度であることは貴重な データではあるが、化学物質の体内における代謝は個体差が大きいことを考 えれば、この値を診断の根拠(基準)にすることはきわめて危険で、過誤を 犯す可能性がある。さらに、人類が未だかって経験したことのない全身性の 疾病であるから、各専門科(分野)の垣根を越えた研究と医療体制を模索し なければならない。人類は未だかってこのように多種多様な専門科(分野) にまたがる疾病を1人で抱えた事例を経験したことがあっただろうか。医学 の進歩と同時に専門化、細分化していく医学・医療の歴史に大きな問題提起 をしていると考えるべきである。その意味では油症の臨床的特徴に対応すべ き初の医療体制を模索することは現代医療の1つの新しい分野の開拓に貢献 することにもなる。 6−3.行政の対策 40余年の油症の歴史を振り返ってみると、皮膚症状と血中の特定の有機 塩素系化合物の濃度に拘った結果、多くの患者を救済の枠から外してしまっ カネミ油症被害者の現状 ― 43 ― た。まさに、行政がその救済責任を放棄してしまった歴史であったといえ る(1,12,14,15,42,45)。広く救済することは単に行政の責任を果たすのみならず、人 類初のダイオキシン類の影響を明らかにして、人類の未来に貢献することに なる。救済の具体的なあり方としては、カネミ油を摂食したことが明らかで あれば、最低、健康手帳を交付し、医療費、通・入院費の補償を行い、さら に症状の重篤さによっては、症度に応じた救済対策を行うべきである(立法 措置を含む)。そのためには、実態調査を早急に行うことが必要になる。 九大・長大油症研究班は被害者と関係を密にとり、人類史上初の油症の実 態の把握、病態の解明など医学研究を継続することはもちろん、法的に存在 もしない認定業務(患者の線引き)を行わないことである。油症研究班の研 究が患者の救済に十分に生かされていないのは研究と救済を混同しているか らといえる。行政は研究が現実の患者の治療や未認定患者の救済に生かされ るように指導すべきであると同時に、医学的に不明確なことを救済懈怠の理 由にしてはならない。 さらに、医療(狭義の)のみならず、患者の日常生活の支援、相談、カウ ンセリング、生活資金援助などを含む各種相談窓口を設置し、臨床心理士、 ケースワーカー、社会福祉士など必要な人材を配置するべきである。 われわれはかって、カネミ油症事件は重大な人権侵害事件であるという認 識の上にたって10の提案をしたことがある(13,14)。それは未だに実現されず、 被害者は年を重ねてしまっている。高齢化する患者の現状を見るにつけ対策 は急がねばならない。 ↑ この本は販売しています
カネミ油症被害者の現状と人権侵害
① 申立人ら油症被害者たちのおかれた現状は悲惨であり、深刻な人権侵害の状態にある。医療から見捨てられ、生活に苦しみ、そして今も差別や偏見をおそれて暮らしている。その人権侵害は、社会生活の全般に及ぶ極めて深刻なものである。
② 油症被害者は、中毒初期に特徴的にみられたクロルアクネと呼称される皮膚症状にとどまらず、「病気のデパート」と称されるような全身病に苦しんでいる。
③ 発生から30年以上経った今日でも、油症被害者の体内には通常人よりも数倍から数十倍のPCBやPCDF等のダイオキシン類が残留し、汚染がいまだに継続していることが、油症研究班の調査によっても判明している。
事件発生時、母親の胎内で曝露、あるいは母乳を通じて曝露された子が成長し、母となって産んだ子供から「コーラベイビー」と呼ばれるいわゆる「黒い赤ちゃん」が生まれている。しかし、このような世代間の被害の拡がりは、胎児期や乳児期に曝露された子供たちに対するその後の影響や、同人らの生殖に与える影響などとともに、医学上も社会的支援の上でも全く無視されている。 |
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うなじから背中にかけて黒くて細かい吹き出物が出た女性の写真と、輪が出来たロープが天井から吊り下がっていた部屋の写真が頭に焼き付いている。
解説を読むといつでも死ねるようにと、天井からロープを吊り下げていたそうだ。
2006年4月17日
株式会社カネカ
代表取締役社長 V 殿 日 本 弁 護 士 連 合 会 会長 平 山 正 剛 要 望 書 当連合会は、カネミ油症人権救済申立事件について調査した結果、貴社に対し、下記のとおり要望します。 記 第1 要望の趣旨 1 申立人らのうち、株式会社カネカから和解金等の支払を受けていないカネミ油症の被害者に対し、既に和解金等の支払を受けた者と均衡を失しない金額の金員を支払うこと。 2 国が行うべきカネミ油症の治療方法の研究・開発等に関する事業並びにカネ
ミ油症の被害者に対する医療費、医療関連費及び生活補償費の支給に関する事 業に対し、相当額の金員を支出して協力すること。 第2 要望の理由
別添調査報告書記載のとおり 以 上
3 株式会社カネカに対し、以下のとおり要望する。
(1)申立人らのうち、株式会社Yから和解金等の支払を受けていないカネミ油症の被害者に対し、既に和解金等の支払を受けた者と均衡を失しない金額の金員を支払うこと。 (2)国が行うべきカネミ油症の治療方法の研究・開発等に関する事業並びにカネミ油症の被害者に対する医療費、医療関連費及び生活補償費の支給に関する事業に対し、相当額の金員を支出して協力すること。 2 申立の理由
(1)申立人について 申立人らはX(カネミ倉庫)が製造・販売したカネミライスオイル(以下「ライスオイル」という)を摂食し、または、摂食した母親から生まれた子らであるが、いずれも、ライスオイルに含まれていたポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)などのダイオキシン類及びポリ塩化ビフェニール(PCB)などの有害化学物質中毒によって、治癒が困難な健康被害(以下「カネミ油症」という)を引き起こされた者らである。 申立人らは、「油症研究班」の診断により都府県から油症患者と「認定」された者及び未認定の油症被害者である。認定された油症患者は、Xから少額の「見舞金」や「油症券」の交付をうける外、訴訟により一定の和解金を取得した者もいる。しかし、極めて一部の者を除き、損害賠償金の全額を受け取った者はいない。 申立人らには、未認定の油症被害者が存在する。申立人らは、食品衛生法でいう「食中毒患者」であるが、通常の食中毒事件とは異なり、カネミ油症においては「診断基準」が作られ、要件をみたし、「認定」された者が「患者」とされ、膨大な未認定の「食中毒患者」を残している(1969年に届出を行った1万4320名中、認定を受けた者は申立時現在1867名で13パーセントにすぎない)。 油症被害者へは、Xの「油症券」により医療費の自己負担分や医療関連経費の一部支払が行われているが、極めて不十分であるほか、Xによって恣意的に運用されており、およそ恒久対策の名に値しないもので、年々先細りしている(2005年度で約5000万円)。被害者には他にどこからも支援措置はない。 (2)相手方について
国の担当行政機関は、食品衛生法及び国民の医療、社会保障を担う厚生労働省及び仮払金返還問題を担当する農林水産省である。 Xは、原因食品のライスオイルを製造・販売した直接の加害者である。 カネカは、直接の原因物質であるカネクロール400を製造し、Xに供給した原因企業である。Yは、戦後日本のPCBの大半を製造、供給していた。このPCBの処理には、多額の公費が使われている。
(3)カネミ油症被害者の現状と人権侵害
① 申立人ら油症被害者たちのおかれた現状は悲惨であり、深刻な人権侵害の状態にある。医療から見捨てられ、生活に苦しみ、そして今も差別や偏見をおそれて暮らしている。その人権侵害は、社会生活の全般に及ぶ極めて深刻なものである。 ② 油症被害者は、中毒初期に特徴的にみられたクロルアクネと呼称される皮膚症状にとどまらず、「病気のデパート」と称されるような全身病に苦しんでいる。
③ 発生から30年以上経った今日でも、油症被害者の体内には通常人よりも数倍から数十倍のPCBやPCDF等のダイオキシン類が残留し、汚染がいまだに継続し
ていることが、油症研究班の調査によっても判明している。 事件発生時、母親の胎内で曝露、あるいは母乳を通じて曝露された子が成長し、 母となって産んだ子供から「コーラベイビー」と呼ばれるいわゆる「黒い赤ちゃん」 が生まれている。しかし、このような世代間の被害の拡がりは、胎児期や乳児期に 曝露された子供たちに対するその後の影響や、同人らの生殖に与える影響などとと もに、医学上も社会的支援の上でも全く無視されている。 ④ 生活苦と仮払金返還問題
油症被害者は、様々な疾病に長期にわたり罹患し、そのことから満足に働くこと
ができず、生活に苦しんでいる者も少なくない。また、これに加えて仮払金返還問 題がある。 この仮払金返還問題は、油症被害者を、癒えぬ病状に加えて二重三重に苦しめている。仮払金の支払義務を負う者は、この義務を負った当時未成年者だった者も少なくなく、支払義務を負うことで結婚を諦めたり、このことを隠して結婚したり、 発覚を恐れたりしながら暮らしている者や、このことが発覚して離婚した者もいる。 仮払金の問題により前途を悲観し、自殺した者もいる。 ⑤ 未認定問題
油症被害の届出は、1969年7月1日現在で1万4320人である。これ以降公式の届出数は公表されていない。これに対し、認定された油症被害者は申立時現在1867人で認定者の割合は13パーセントである。この「認定」率は食中毒事件としては極めて異常である。 カネミ油症事件は、食中毒事件であるにもかかわらず、最終的な報告文書はどこ にも存在しない。この異常に低い「認定率」は、初期の「皮膚症状」に偏った「診 断基準」による患者切り捨て以外の何ものでもない。食品衛生法の規定とおよそか け離れた検診・認定制度によるものである。通常の食中毒事件においては、医師の 届出・保健所による調査により「認定」されるが、カネミ油症事件では、法にない 「認定制度」により、多数の未「認定中毒患者」が生み出された。 また、カネミ油症被害に対する「恒久対策」がないことから、「苦労」して「認定」
してもらっても実りは少なく、このことが被害者を検診に消極的にさせている。 ⑥ 社会的な差別や偏見 これまで油症被害者は数々の社会的差別を受けたり、周囲から偏見の目で見られたり、場合によっては家族同士の間でもいわれない差別と屈辱的な扱いを受けたりしてきた。例えば、「黒い赤ちゃん」が生まれた女性の場合には、黒人と関係してできた子ではないのかと疑われたり、周囲からこのような噂をたてられたりす るケースもあった。 また、子どもの結婚に支障が出ることを恐れて、子どもにさえも自身が油症被害者であることを秘密にせざるを得ないといった家族も多く生じた。
仮払金の返還請求書を国から受け取った者が、はじめて自分が油症被害者から生まれた子どもであることを知って、前記のとおり、離婚したり、前途を悲観して自 殺したりした場合もあった。 (4)カネミ油症被害者の苦難は何故もたらされたのか
① カネミ油症被害については、国やY、X等を相手に訴訟が提起され、下級審で7 つの判決が下されたが、最終的には1989年3月までに全ての原告とX、Yとの 間で和解が成立し、他方、国に対する訴えは取り下げられて終結した。 このように、カネミ油症事件は訴訟上は一応の決着を見たのであるが、油症被害 者らにとって「解決」はなかった。 それは、油症被害そのものが、本来、未知の化学物質による被害として、金銭賠 償を原則とする訴訟のみでは解決し得ない性質と拡がりを内包するものであったか らである。国は、訴訟とは別に食中毒事件として、食品衛生法に基づく調査を徹底 して実施し、「食中毒患者」としてその症状を把握しておくべきであった。 改正前の食品衛生法27条に規定された「中毒に関する届出、調査及び報告」は、ほとんど履行されていなかったのである。
このように、カネミ油症事件においては、事件全体に関する調査・報告が欠落していることが、被害に関する全体の正しい把握を困難にし、その後の対策を樹立する上での困難を決定的なものにした。カネミ油症を「未知の」「慢性食中毒事件」として調査し、患者の苦難に対処するという医療・生活面での恒久対策は、今日に至るまで何も行われていない。
また、国は、訴訟の「終結」と離れて恒久対策を確立すべきであった。水俣病公 害事件、スモン薬害事件、薬害エイズ事件等の様々な事件において、国はその責任の有無を離れて、被害者救済の立場から恒久対策を確立してきた。 しかし、カネミ油症事件では、医療面・生活面いずれをとっても国の関与する恒久対策は全くない。
これは、他の事件に比べて著しく不平等である。 ② 企業の対応の問題点 (ア) カネミ倉庫は、資力がないことを理由に損害金の支払を怠り続けている。「油症券」による治療費などの一部支払は、その支払基準に「明確な基準」はなく、被害者らからは「恣意的」と評価されている。 国は、油症券による医療費の支払のための「X支援」として、Xの倉庫を利用することによりカネミに対して「保管料」を支払い、その額は年間1億円を超えるが、その内油症券の支払は半額以下の約5000万円となっている。この点から見てもXが、損害金の支払を怠る理由はない。
(イ) 株式会社カネカは、最高裁判所での和解を根拠として、カネミ油症事件に関する訴訟終了後に新しく認定されたカネミ油症の被害者(以下「新認定被害者」という)への和解金の支払を拒んでいるが、支払を拒む合理的根拠はない。
株式会社カネカは、我が国におけるPCBのほとんどを製造・供給した企業である。このPCBの処理に、現在まで莫大な公費が支払われていることを考慮すれば、Yが油症被害者に支払を拒み続けることについて、社会的理解を得ることはできない。
また、認定された油症被害者との間で既にされた和解の内容が新認定被害者まで拘束するものとすることは法律上不当である。 (ウ)油症研究班の問題点
油症被害者が放置されてきたことについて、「油症研究班」の責任は、その医学・専門性に鑑みれば軽くない。また、油症研究班が法的に根拠のない「診断基準」で、法にない食中毒患者の「認定」方法をとることによって多くの患者を切り捨ててきたことは不当である。また、油症研究班が、油症被害者の長期の疫学調査を怠ってきたことは、治療・研究の障害となっている。 化学物質中毒にもかかわらず、皮膚科を中心とした油症研究班が構成されたこと、また、それが継続されてきたことに根本的原因がある。
第3 調査の経過(略) 第4 認定した事実
1 カネミ油症事件の概要 (1)カネミ油症事件とは カネミ油症事件とは、米ぬか油であるライスオイルを製造・販売していたXが、製 造工場の脱臭工程において、Y(当時の商号は鐘淵化学工業株式会社)の製造に係るPCB(ポリ塩化ビフェニール)製品である「カネクロール400」を加熱炉で25 0度まで加熱した上、ステンレス製パイプに送り込んで脱臭塔内のライスオイルに熱 を伝えて脱臭する仕組みをとっていたところ、ライスオイルにカネクロール400が 混入し、これが販売されて消費者が摂食したことによって発生した化学性食中毒事件である。 (2)事件の発生と原因物質 1968年2月頃から10月頃にかけて、北九州を中心とする西日本一帯で、皮膚、 爪、歯茎が黒変(メラニン色素の沈着による)し、全身にニキビ状の発疹(クロルア クネと呼称される)ができ、目やにがひどく、手足がしびれるという奇病が発生した。 1968年10月14日には、九州大学、久留米大学、福岡県衛生部を中心とした 油症研究班が組織され、また、同年10月19日には厚生省による米ぬか油中毒事件対策本部(以下「対策本部」という)が設置されて、原因物質の究明が開始された。 1968年11月4日、油症研究班は、油症被害者が食べたライスオイルに含まれ たPCBが原因物質であると発表し、対策本部も、1969年3月、同様にPCBが 原因物質であると断定した。 その後の研究により、1974年には、油症の主な発生因子は、PCBの加熱によ り生成されたPCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)であることが判明し、1983年6月の全国油症治療研究班の会議において、PCDFが原因物質の一つであることが確認された。PCDFは強毒性のダイオキシン類である。その毒性はPCBの数千倍で人体への残留性と毒性が特に強く、肝臓や皮下脂肪に残留する性質のものとされて いる。 その後、1987年までには、原因物質にコプラナーPCBも含まれていることが
発表された。コプラナーPCBは、PCBのうち特に毒性の強い同族体の化学物質で あり、同じくダイオキシン類の一つである。 10 カネカのカネクロール400の供給に当たっての危険性の警告状況と油症被害への対応
(1)カネクロール400をXに供給するに当たっての危険性の警告状況 カネカは、1954年に日本で最初に「カネクロール」という商品名でPCBの製造を
開始し、1957年ころから熱媒体用途の製品として生産・販売を拡充していった。 しかし、PCBの毒性については、労働科学研究所の野村茂元熊本大学医学部公衆衛生学講座教授が、PCBの動物実験により、極めて激しい中性脂肪変性を起こして死に至ることや、PCBが皮膚疾患を起こすこと、また、それにとどまらず、PCB が皮膚を通じて体内に入り込み、肺、腎臓、副腎に一定の変化を起こすことを究明し、このような研究成果を労働科学研究所発行の「労働科学」1949年11月10日号に発表していた。また、同人は、1953年ころ、科学工業協会安全衛生委員会に提出した「有害な科学物質一覧表」にPCBを挙げ、その中でPCBを体内に取り込むと肝臓障害や塩素ニキビが起きることを指摘していた。 Yは、日本で他の企業に先立ってPCBの生産を開始したものであるが、PCBを
食品の熱媒体用として製品化するに当たり、それが人体に危険を及ぼすおそれの高い分野であるにもかかわらず、独自に動物実験を行ってその毒性の程度や生体に対する有害性を確かめたり、又は他の研究機関に調査を委託したりするなどしてその安全性を確認したという事実は認められない。 また、YがXにカネクロール400を販売するに当たって、PCBの危険性について周知徹底を図っていたという事実も認められない。Yのカネクロール400のカタログには、「カネクロールは塩素化合物として若干の毒性をもっていますが、実用上ほとんど問題となりません」「皮膚に付着した時は石鹸洗剤で洗って下さい。 もし付着した液がとれ難い時は、普通の火傷の手当で結構です。」「カネクロールの大量の蒸気に長時間曝露され、吸気することは有害です。カネクロールの触媒装置は普通密閉型で、作業員がカネクロールの蒸気に触れる機会はほとんどなく、全く安全であります。」といった記載がなされている程度であった。
(2)油症被害への対応
前記のとおり、1987年3月20日、最高裁において、原告とYとの間で、上告審係属中の二つの事件に下級審継続中の全ての訴訟の原告が利害関係人として参加した全訴訟一括和解方式による和解が成立した。 最高裁の和解成立時までに、Yは合計約86億円を支払っていた。 その内訳は、
①一連のカネミ油症事件に関する訴訟の仮払仮処分、下級審の判決に基づく仮執行による約77億円、
②1978年7月の確認書に基づく660人の未訴訟油症被害者への見舞金8億5800万円である。
カネミ油症事件に関するYの支払総額は約105億円となっている。なお、仮執行 の金額が見舞金を超えている場合で、本来カネカに対して返還されるべき金額は和解条項に基づく計算上約48億円となっているが、返還はされていない。 他方、カネカが和解後に認定された油症被害者に対し、和解した者と同様に支払措置を講じたという事実は認められない。 4 カネカに対する申立について
(1)食品の安全性は、食品製造業者に高度の安全確保義務を課すことだけで確保され得るものではなく、食品の製造工程において、食品の安全性に重大な影響を及ぼすおそれのある危険な資材・原料・装置等を提供する関連業者の安全確保のための取り組み等の寄与があって、はじめて万全のものとなることはいうまでもない。 とりわけ、PCBのような人体に極めて有害な合成化学物質は、万一、食品を介し て人体に直接摂取されるようなことになれば、多数の人の生命・身体に計り知れない害悪を及ぼす危険性があるのであるから、供給者においては、その危険性につき事前に十分調査し、需用者に可能なあらゆる手段を尽くしてその物質の危険性を正確に認識させ、安全性の確保の重要性につき十分に注意を喚起させるべきである。 (2)カネカがカネミ倉庫へ供給したカネクロール400は、閉鎖された循環系での使用を前提としたものであるが、カネミは、万一、それが漏出して製造過程でライスオイルに混入して食品として出荷されたならば、人体にどのような危害を与えるのかにつき、十分に調査・研究を尽くし、その調査・研究の結果に基づき、Xに対し、カネクロール400の使用にあたっての危険性の警告及び情報の提供をなすべきであった。 ところが、前記のとおり、Yは、PCBの危険性につき、事前に十分に調査・研究 し、Xに対して必要な警告を尽くしたとはいい難い。 Xがカネクロール400を出荷した行為は、食品製造業者として著しい過失が認め られるが、そこにはカネクロール400の危険性に対する認識不足も起因していたも のと認められる。仮に、YからXに対し、カネクロール400の人体への有害性に対 する十分な警告と情報の提供がなされていれば、Xのカネクロール400の危険性に 対する認識が変わっていた可能性、ひいては、Xによるカネクロール400が混入し たライスオイルの出荷が防げた可能性は否定し難い。したがって、Yには上記の警告並びに情報提供をする義務を怠った過失による人権侵害性が認められるというべきである。 その上、カネカについての和解が成立して7年を経過した後の1994年には、我が国においても製造物責任法が制定され、製造者に厳格な責任を課すことが製造物による被害の防止と救済を図ることに資すること、そして、それが、社会の要請でもあるという考えが確立されてきていることに照らしても、人体に有害なPCB製品のカネクロール400を製造して食品の製造工程に利用させる目的でカネミ倉庫に供給したカネカには、企業の社会的な責任という観点からしても、現在もなお続いている悲惨かつ深刻な油症被害の救済を行うことが求められると考える。
また、カネカが見舞金を支払った油症被害者は、和解をした油症被害者に限られており、そうでない油症被害者との間には大きな対応の格差が存在するのであり、この点についても、侵害されている油症被害者の人権の救済という観点から見逃すことはできない。 (3)以上から、カネカに対しては、前記のとおり要望する。 大株主の状況株主名 株式数(千株) 持株比率(%) 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) 日本生命保険相互会社 株式会社三井住友銀行 明治安田生命保険相互会社 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口4) 株式会社三菱東京UFJ銀行 BNYMSANV AS AGENT/CLIENTS LUX UCITS NON TREATY 1 三井住友海上火災保険株式会社 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口9)
昭和化成工業株式会社
龍田化学株式会社
サンビック株式会社
役員一覧(2017年6月29日)
代表取締役会長 代表取締役社長 取締役副社長 取締役専務執行役員 取締役常務執行役員 社外取締役 監査役 常務執行役員 執行役員
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【大阪市 阿倍野区 晴明通】人材派遣会社社長・山崎修、偽駐禁除外標章(産経 2016.3.14 21:20) 偽造した身体障害者用の 駐車禁止除外指定車標章を 使ったとして、 大阪府警南署は14日、 偽造有印公文書行使容疑で、 ★ 人材派遣会社社長、 山崎修容疑者(51)
(大阪市 阿倍野区 晴明通) を逮捕した。 「駐車違反の取り締まりを受けず便利なので使った」 府警は同日、山崎容疑者の自宅を家宅捜索し、
偽造した標章5枚を押収した。 「平成26年7月ごろ、
身体障害者だった親族が交付された標章を デジタルカメラで撮影し、 パソコンに取り込んで作った」などと偽造も認めており、 同署は使用実態を調べる。 逮捕容疑は2月14日、
大阪市住之江区南加賀屋の路上で、 運転していたワゴン車を駐車する際、偽 造した標章を車のフロント部分に掲示したとしている。 同署によると、
大阪国際女子マラソンの開催に合わせて今年1月、 御堂筋に停車していた車の標章番号を調査。 発行記録と突き合わせたところ、 山崎容疑者の不正が発覚したという。
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「タダ好き」にもほどがあるやろ! 障害者駐禁除外の悪用横行…恥ずべきナニワの悪弊 なんと4割が不正 1時間数百円の駐車料金をケチるため、身体障害者らに交付される「駐車禁止除外指定車標章(除外標章)」を悪用する不届き者が大阪で後を絶たない。 除外標章を車に置いておけば駐禁取り締まりの対象外になるが、不正使用による取り締まり件数は、大阪、京都、兵庫が3年連続で全国トップ3を独占。大阪府警の調べから、除外標章を掲示した車の約4割が不正使用だったという衝撃的なデータも飛び出した。 4月中旬の平日の昼間、大阪のメーンストリート・御堂筋近くのオフィスビルや飲食店が立ち並ぶ繁華街。チケット制のパーキングに車を止め、駐車料金を支払わず除外標章を置いて1時間以上離れていた50代の男性は警察官に囲まれると、肩をすぼめて弁明した。 府警によると、この除外標章を交付されていたのは、男性ではなく母親。交付された母親本人が車を運転したり、母親を病院に送迎したりするために男性が同乗して除外標章を使用するのは問題ない。 しかし警察官がこの日、自宅に電話をかけると、母親本人が出てこう話した。「私は自宅にいますが…。除外標章は息子に渡しています」 付近にコインパーキングが多数あるにもかかわらず、男性は近くの作業現場に通うため、除外標章を使ってタダで駐車していた。しかも、過去に何回もこの場所で不正使用を繰り返していたという。 悪質なケースは逮捕も 摘発の大半は道交法上の駐車違反による青切符で済まされるが、悪質な事案に対しては、逮捕や書類送検といった厳しい対応で臨むこともある。 府警は今年3月、除外標章を偽造して使ったとして、偽造有印公文書行使の疑いで、大阪市阿倍野区の人材派遣会社社長の男(51)を逮捕した。男は身体障害者の親族が交付された除外標章をデジタルカメラで撮影。パソコンに取り込んで加工し、印刷して使っていた。 男は調べに「駐禁取り締まりを受けずに便利なのでやっていた」と供述。 府警によると、男のケース以外にも、除外標章をカラーコピーしたり、有効期限の日時の部分を変造したりする手口があるという。 http://news.livedoor.com/article/detail/11503541/
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