1994年11月6日(日)
第55回 菊花賞(GI)芝3000m
皐月賞、ダービーと楽々もぎ取って来たナリタブライアンであるが
菊花賞の前哨戦、京都新聞杯で思わぬ敗退を喫した。
今秋の上がり馬、スターマンに追い比べで負けたのである。
その影響かどうか解らないが、
その2週間後の天皇賞では兄のビワハヤヒデが馬群に飲み込まれた。
新聞では、このつながりから菊花賞でのナリタブライアンは不安だ!
と、結構不安視される記事も見掛けた。
3冠に手が届かなかった馬としては
ダービー制覇後、骨折して3冠ならなかったトウカイテイオー
ダービーを制覇し、万全の体制で挑んだが2着だったミホノブルボン
民衆?はもう3冠馬の誕生を今か今かと心待ちにしていたのだ。
今回ナリタブライアンは絶対であろうと誰もが思っていた時にスターマンにやられ
兄、ビワハヤヒデが馬群に沈んだことで、暗雲が立ち込めたのだった。
鞍上、南井克巳もレース直前は唇が真っ青だったように人生最大の緊張感を味わったことだろう
レースは中団待機から3コーナー過ぎから進出、いつものパターンで大外から白いシャドーロールが出てきた。
そこからはもう万全の追い出し。
2着になんと7馬身。上がり3ハロンタイムはもちろん最速の34秒3をマーク。
しかも去年ビワハヤヒデが作ったレコードをコンマ1秒更新のおまけ付き。
ゴールした後の南井の顔が安堵感の表情で一杯だった記憶を思い出す。
僕にとっても、これが最初の3冠馬となりました。
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