これは・・・・ 男性の嵯峨ですな^^; |

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こんにちは、ゲストさん
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ねむくても・・・ 2007,5,15 APAホテルの展望大浴場に入って早寝して、翌日は4時起床。 チェックアウトタイムの11時までみっちり労働して、ガラガラと荷物を引きずって金沢駅へ向かう。 しかしまあ、金沢市街地というのはどこが中心部なんだかわかりにくい。 片町が桃色的繁華街でそれより少し駅よりが商業的繁華街みたいなのだが、 なんかいまひとつパッとしない。城下町のために道路も土地もつぎはぎだらけな感じで、 ポツンポツンといろんなものがある。たとえば、駅と中心部の真ん中あたりにまるまる空いている ダイエー風の商業ビルの姿があるのは、買い物客が回遊しない街の構造だからなのが原因のひとつ だろう。これじゃあ郊外のドデカいイオンに負けてしまうのは明白だ。 石川県もそうだけど、県庁が市街地にないのってよくないと思いますね。 県庁っていったら、その土地の一大産業拠点なわけで、従業員も多数。 その人たちがほとんど車通勤となると、 酒飲めないから繁華街は景気が悪くなる→中心市街地が空洞化する→ 仕事帰りにどっか寄るかと思った労働者が行けるところはパチンコ程度→経済が一方通行→ 地元経済が冷え込む ってな循環となるはず。たぶんけっこう合っていると思う。 ちなみに石川県庁は金沢駅から海側に約2kmの田んぼのど真ん中。 これも汚職の香りが…してくるよね? 金沢みたいな都市は、スイスのある都市にならって、中心市街地の道路への車の進入を禁止したら いいんじゃないかと思う。市民の足は路面電車にして、その終点に大きな駐車場をつくればよいのだ。 「金沢の交通渋滞は県庁所在地の都市でワースト2」とか嘆いている本人がその原因を作る一因に なっているのだから、その解決法も自分で提示すべきだ。 金沢駅から片町まで1.5kmくらいと思うけれど、きのうの夜にバスに乗ったら200円もとられて 10分以上かかったもの。県庁から野町駅の奥のほうまで線路を敷いて、両端にバカデカ駐車場。 そうすれば死ぬほどムダな金沢駅も少しは浮かばれると思うし、金沢駅に着いたシロウト観光客が 兼六園の場所がわからなくって右往左往みたいなこともなくなるだろう。 思いついてそのままの勢いで字数がいっぱいになってしまった。 どうも説教くさくていかんねえ。ま、削除するのはもったいないのでそのまま進めてみます。 |
金沢でした 2007,5,14 日曜日は一旦自宅に戻り、夜10時半頃に再び出発して大宮駅へ。 今日は寝台特急北陸号に乗るのだ。いや〜、寝台特急なんて、5年くらい前に乗った北斗星以来 だねえ。夜行列車や夜行バスにはしこたま乗っているんだけれど、背中を伸ばして寝られるのは 5年ぶりだ。 という出発なのだが、いまひとつウキウキした気分にはなれず。そりゃそうで、出張なわけだから。 なんとかせにゃならん原稿が1本、そして明日はインタビューが2件。 いずれもやや綱渡りな状況だ。そして明日の夜はAPAホテルで半徹夜か完徹夜が確定している のである。 まあ、それでも今はじたばたしてもしょうがないから、北陸号の寝台車に乗り込んで、 指定された上段に荷物を上げて体もおさめる。うーむ、こんなに狭かったっけ? 荷物が多いこともあるのだが、どうも横幅がきゅうくつ。 70cm幅のスペースでこんなに狭く感じるとは、人間がぜいたくになってきたのかしら。 それでも20年くらい前までは、横幅52cmの寝台車もあったわけだから(しかも3段)、 ちったあマシだと思わなければならん。 しかしこの寝台料金が、定価で6300円するというのは考え物だなあ。 本当は武蔵野線内でやっていた原稿をリライトしたいのだが、B寝台の上段ではままならず。 今夜くらいは休もうと思って横になり、高崎に着く前にねむってしまった。 そして高岡あたりで目覚めて6時半すぎに金沢駅着。 いやはや、金沢駅の南側出口はヘンなものを作ったねえ。 高さ10mくらいある、無駄にデカイガラス張りの屋根。 地下通路は意味なく幅が広いから、掃除と浮浪者排除が大変そうだ。 誰がこんなん作ったんだよと、おそらく役所内では責任のなすりあいが始まっていることだろう。 汚職の香りがする金沢駅だった。 ひととおり駅前を徘徊したが、原稿が書けるような場所がみつからない。 気軽に入れる喫茶店のひとつも駅前にはないのだ。 そのうち7時になり、マクドが開店。 そこに入ってPCを開き、原稿を推敲しながら打ち込んで、別の原稿も作成。 電池が切れそうだよ表示が出るまで一気にやりこんだ。 10時ちょい前の金沢競馬場行きのタダバスで現場に向かい、 6時くらいまで場内で取材&インタビュー。すべてが終わったころにはバスがない時間。 しょうがないから路線バスを求めて歩き始めたら、4kmくらい歩いてしまった。アホや…… |
朝からお手伝い 2007,5,13 結局金曜日も気がついたらすずめが鳴いてたよ…… 土曜日も自宅軟禁の状況は続き、日曜日は朝7時に出発。今日はコジトモさんがヘッドで行う 「ドレスアップパーティー」の後方支援スタッフとしての1日なのだ。 この企画には当初から手伝いをしていて、パワーポイントで企画書を作ったし、 延岡からのにちりん号の車内では、雑誌社への依頼文の雛形を作った。 そういや打ち合わせにも行ったなあ。まあ、趣旨には賛同しているし、 こういう自主興行みたいなものをやっていくことに意義ありと思っているので、 この先うまく転がればいいなと思うところである。 しかし時間がない……。今日も2時間程度の睡眠となってしまい、 行きの武蔵野線の車内でインタビューのメモを原稿化するありさま。 明日が締切だから、とにかく何でもいいから進めておかねばならんのだ。 府中本町駅から東京競馬場までタクシーという荒業を使い、8時15分に通用口に到着。 ここでメイクアップアーティストのふもとさん&きりさわさんと合流し、会場に向かって セッティング。9時からは参加者の受付と案内業務の担当となる。 参加者がほぼ集まったところで上にあがり、参加者のテーブルサービスの係員となる。 ウエイターは学生時代の居酒屋バイト以来ごぶさただが、個人的にはけっこうサマになっている と思うので、積極的にテーブルをまわる。今回はそういう人が会場についていなかったので誰かが やらんといかんことだったのだが、50人近い人たちの飲食物を下げたり飲料の出前とかを一手に 引き受けるとたいへんね。バイトの伊藤君もまずまず働いてくれたので助かったことだ。 このイベントは週刊競馬ブックでも紹介されたが、 「競馬って、たとえば欧州のビッグレースだとドレスコードがあるくらいのものなんだから、 着飾ってみましょうよ」という趣旨のイベント。 今回はクローズドな空間でのものだったが、ゆくゆくは全体に広げていければということも考えて いるのだ。最近は服装とかその辺がかなりいいかげんになっており、馬主サロン席にもジーパンの 人がいる(門番となるべき緑色の人たちが毅然としていないのが大きな原因)くらいだもんねえ。 ともかくそんなこんなで最終レースまで現場にいて、最後のお客さんの着替えが終わるまで待って、 お見送り。イベントのデキを心配した競馬場側のスタッフに「どうでした?」と聞かれたので、 すかさずお客さんに「どうでした?」と振ったら、間髪いれずに「すっごく楽しかったですっ!!」 と答えてくれて、すっかり疲れもなにも吹き飛んだ気持ちだった。どうやら次回もあるようなので、 参加できる方はぜひご応募ください。女性雑誌などに告知をすることになっております。 当ページでも告知の告知はするかも。 みんなは新宿での打ち上げに向かったが、ぼくはそのまま帰路に。 今日の寝台特急でまた出張なのだ。帰りの武蔵野線のなかで、今朝のインタビュー原稿の続きを やっておいた。 |
あ〜あ ライオン君が・・・・ 被り物には注意っすねぇ^^; |