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競馬の記憶92年

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メジロパーマー

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1992年12月27日(日)
第37回 有馬記念 芝2500m

さあ年末のお楽しみ有馬記念がやってきた。
今回は昨年と違い豪華なメンバー。ダービー馬トウカイテイオー、裏街道王ヒシマサル、菊花賞・天皇賞馬ライスシャワー、天皇賞馬レッツゴーターキン、今秋充実一途のレガシーワールド、宝塚記念馬メジロパーマー、最近シルバーコレクターに任命されたナイスネイチャ、マイルの王者ダイタクヘリオス、今年の菊花賞馬レオダーバン等凄いものであった。

今年はJCでトウカイテイオーが勝ち、この有馬記念でも2.4倍の断然の人気。当然僕もテイオーから馬券購入。

ところがスタート直後出遅れ・・・・最終コーナーでも浮上してくる気配なく撃沈。

レースはメジロパーマーの記念レース連覇という形で終わった。昨年は「これはビックリダイユウサク」だったのだが、今年またしても15番人気が勝つというバブル終演にピッタリの結果に終わった。

後日聞いた話によると、テイオーはレース数日前に虫下しを飲んでいたらしく、その影響があったと・・・「何で今頃話すねん!」怒り心頭だったのを覚えている・・・

メジロパーマー 父メジロイーグル 母メジロファンタジー 母父ゲイメセン

アルハンブラハイ

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1992年12月26日(土)
サラ系4歳以上900万下 ダート1800m

なぜこのレースが記憶にあるのか?っていうと、確信的に初の万馬券を狙った経緯があるからである。

この年の秋から「西田式スピード指数」の著書を元に、自分で計算し始め新聞にやっと指数を記入できるとこまできた。

そしてこの日、1〜11Rまではちょい勝ちで終わっていて、いよいよ最終レースであった。この日は会社の行事で、横浜湾クルーズパーティだったので12Rの馬券を買って、桜木町から山下公園までラジオを聞きながら歩いていきました。

集合時間にはまだ早かったのでベンチに座って新聞を見ながらラジオに熱中!

馬券は指数で計算してトップだったアルハンブラハイ。しかも指数的に抜けているので軸はこれだろうと推理。

相手は混戦で、あえて上位人気を切り、4番人気から11番人気の8点流し
1点500円の4000円を投じた。

つーか、桜木町場外は土曜500円、G1デーは1000円が最低掛値だったような気がするのだが、その最低でも8点流せば4000円。その日の勝ち分の半分を投じ勝負したのであった。

レースは4コーナーメロンパワーがトップに立ったところを直線アルハンブラハイが行け出し優勝!ラジオでは1着は確認出来たが、2着がはっきり聞こえなかった。

これは万馬券になるか?と期待ワクワクで待っていたのだが、なんと2着は12番人気のマルダイダンサー・・・・3着は11番人気のディスプレジャー。

痛恨の失敗である。もしディスプレジャーが2着でも200倍以上の配当であった。
ケチらず10点流しにしていれば・・・・><昨今全然変わっていないのには自分でも呆れてしまうのであった・・・・

アルハンブラハイ 父ノーザンテースト 母コーステツド 母父Coastal

スエヒロジョウオー

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1992年12月6日(日)
第44回阪神3歳牝馬ステークス 芝1600m

このレースははっきり馬券を買った記憶が無いのだが、
ある意味で記憶に残ったので挙げてみた。

記憶にある中ではG1レースで初の10万馬券じゃなかっただろうか?

1着だったスエヒロジョウオーは前走「きんせんか賞」を勝ったが、12番人気でフロック視されてる状態。

2着だったマイネピクシーは前走500万下で5着。勝ったのも新馬だけなのでこのG1でくるとは思えない状態。

ちなみにこの2頭、このレースを境に2度と掲示板に載るレースは無かった。

得てして早熟という言葉がピッタリの2頭なのでした。

スエヒロジョウオー 父トウショウペガサス 母イセスズカ 母父マルゼンスキー

トウカイテイオー

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1992年11月29日
第12回ジャパンカップ 芝2400m

秋の天皇賞で惨敗したテイオーがジャパンカップに出走する
天皇賞であんな失態を演じてしまい、今回は外国馬に人気をさらわれ、5番人気での出走であった。

今回はかなり外国馬が強いって新聞に書いてあったので、馬券も外国馬人気上位4頭とテイオーを入れてのボックスを買った。

レースは好位でレースを進めるテイオーが、直線に入るとナチュラリズムと壮絶な叩き合い!ゴール前ではディアドクターも迫ってくるが、ゴールではテイオーがリズムに首差先着。

久々に鳥肌もんのレースであった。

ちなみに、地方のハシルショウグンなんて馬も出走していたなぁ^^最下位だったが、先頭から2秒以内でゴールしたから大したもんだった。

ライスシャワー

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1992年11月8日(日)
第53回菊花賞 芝3000m

いよいよ菊花賞でブルボンとライス対決の日がやってきた。

ダービーでは運よく2着に入ったと思われ、前々走セントライト記念ではレガシーと頭差、前走京都新聞杯ではブルボンに0秒2差(ダービーは0秒7差)まで縮め、菊花賞の距離3000mでは、いよいよライスの距離適正によって逆転か?
と想像させるとこまできていた。

しかし、世間ではブルボンに3冠取らせたい風が吹きまくり、テイオーが無念の骨折でリタイヤした事へのリベンジ風にも取れた。

僕はと言えば先輩から「菊花賞は血統で選べ!」を頭に置いていたので、当然ライスから馬券を買った。

レースは本当に陰の如くブルボンに迫り寄るライスであった。直線に入るとささっと近づき競る暇もなく抜き差ってしまった。次に迫ってきたマチカネもブルボンを抜かそうと頑張るが、ブルボンはそれを許さなかった。
まさにダービー馬の意地ってもんか?差し返したのはさすがであった。

ライスシャワー 父リアルシャダイ 母ライラックポイント 母父マルゼンスキー

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