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論理的思考練習

論理的思考に関する第二回目です。あと追記として、いい記事があったのでご紹介。僕がごちゃごちゃ書くよりもわかりやすい、結局はこういう世界なのです。

第一回目をエントリしてから、意識して論理的な思考をしているかというと、ほとんどしていません。面倒くさいというより、論理的思考をするのを忘れているといのが正しいです。「人間は習慣だ習慣だ」と自分に言い聞かせて、がんばってみようと思います。

論理的思考法って、要はモノゴトを細分化させて、それについて分析する。それだけのことなんだと気づきました。また発生した問題についての思考方法も異なることに気づいたので書いておきます。だいたい3つのパターンにわけられるのではないかと思います。もちろん厳密な意味でわけられるようなものではありません。


問題解決型
たとえば、今よりもブログのアクセスを増やす方法などを考える時などです。この場合、まず問題に関する分析を行い、仮説を考えます。次に問題解決の打ち手を考えます。そして解決のためのプランの作成です。

目標達成型
たとえば、大学や高校受験などの合格目標の計画を立てる時などです。この場合、現実と目標との間のギャップを把握し、細分化させ小さな目標にしていきます。そして実行のための仮説をたて、仮説を検証します。そして達成のためのプランの作成です。

意思決定型
たとえば、今年の年末にどこへ旅行へ行くか迷っている時などです。この場合、各メリット、デメリットをあげて、それについて優先順位で点数を付けていきます。そこで一番点数の高いものに決定します。





追記:記事のご紹介


以下のエントリはkaitoblog(ライブドア)から転載しています。

論理的思考についてのエントリをしてから、僕も意識して論理的思考を行なっています。この論理的思考とは習慣させる必要があります。「さぁ、論理的思考」をしようと考えてするようなものではありません。

「夕ご飯は外食するか?」
「ご飯の前に、風呂へ行くか?」
「パソコンを新しく買い替えるか?」

日々の生活でも、意思決定の選択は強いられます。どんな些細な事でも意思決定に変わりはありません。普段から練習を重ねておくことに越したことはありません。では、どうやって答えを導くか。ある事例に対してメリット、デメリットを3つぐらい挙げるようにします。

テレビ局と視聴率

僕はテレビには縁がない世界で生きていますが、外から見ていてもテレビという世界は実に不思議な世界です。テレビ局が各社、視聴率を少しでも稼ごうとやっきになるのは滑稽ですらあります。そして、そんなテレビ局に見ているか見ていないかもわからない広告に数十億も出す企業が存在することも、また理解不能です。今回は、この視聴率について少し勉強してみましょう。

テレビ局の視聴率は、全世帯のテレビの視聴を調査するわけにはいかないので関東、中京、関西では600世帯の標本を取ってきて、この600世帯の実際の視聴を標本として視聴率を大雑把に計算しています。

ここで疑問なのが、この600世帯ぐらいの標本でどれだけの精度の高い情報が得られるかです。これは統計学で計算することができるのでやってみましょう。計算の目的は標本での視聴率の精度を95%として、どれだけの視聴率に誤差があるかです。公式がサイトの表現の限界の都合でわかりにくいですが載せておきます。

公式
母平均の信頼限界(標本数>30)
信頼限界=標本比率+−k(標本比率*(1ー標本比率)/標本数)^1/2

たとえば僕が唯一、民放テレビで見ているワンピースで計算してみます。ワンピースはだいたい視聴率が10%前後ぐらいあるようです。標本比率が視聴率の10%になります。kの値は95%の定数で1.96と決まっています。標本数は600世帯です。

これを計算すると、95%の精度だと視聴率の誤差の範囲内は7.6%〜12.4%の間になります。現実では、これほど大きい差があることから視聴率を1%ぐらいで、競争するのはナンセンスだと理解できるはずです。

イメージ 1

ついでに11%と12%も、ついでに計算してみます。上のグラフは縦軸が視聴率で横軸が誤差の範囲です。視聴率が10%と12%の番組があっても充分に、実際は10%の方が視聴者が多かったといえるわけです。それでもテレビ局に視聴率至上主義がはびこるのは他に有力な指標がないせいです。

今日はエープリルフールだったのか、前回のブログのエントリで素晴らしいコメントを頂きました。あまりに秀逸なコメントだったので、読んだ瞬間に椅子からズッコケてしまいました。僕も今まで生きてきたなかで椅子からズッコケるなんて経験はなかったので、どれほどのものかはわかると思います。是非読んで見てください。

さて、僕はブログでも人間の思想や考えは理性と感情で決まることを何度か書きました。理性とは科学的な知見に基づいた論理的な考えなのに対して、感情は人間の生まれもった本能です。例えば少しダイエットをしようと決心した時に、食欲という感情を抑えるのは理性です。つまり本能も重要ですが、本能だけでは将来的に身を滅ぼすので、それを制御するのが理性です。この二つはどちらかが偏っていてはダメでバランスよくなければなりません。

モノゴトを感情だけで判断する人には科学的な知見とは必要ありません。なぜなら自分の妄想の中や、どこかで知った怪しい情報を安易に自分の都合のいいように解釈してしまうからです。だから自分の意見の科学的な根拠を求められた時にはどうしようもありません。この場合は議論から逃れてドロンを決めるしかありません。しかし、なかには質問者に対して根拠は自分で探してくださいという強者います。さすがにこれは僕も驚きました。

人間がいくら進化しても感情だけでモノゴトを決めるような人間が多ければ、中世ヨーロッパに起こった魔女裁判は科学技術がいくら進歩しても、これからも続くでしょう。
今日ふと気づいたことでも書いておきます。僕は本を買う時に著者が外国人が多いのですが、よく考えたらこれって別に日本で売ってる高い日本語訳を買わずにAmazonで訳す前の原本を買えば安くなるし、訳者が理解せずに書いた翻訳を気にせずに読めるじゃん、ってことに気づきました。ぼくも、さすがにネイティブではないんで、スラスラ読めるわけではないのですが、仕事で毎日使ってるんで、それほど苦でもありません。なぜ今まで気づかなかったの不思議なものです。

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