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運命のValuation
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遥香は歌舞伎町にある雑居ビルの前に立っていた。一階はラーメン屋のようだ。雑居ビルの少し奥にあるエレベーターの隣にある案内板を見るとテナントにはキャバクラ、韓国エステなどなどいかがわしい店が入居している。遥香は目当ての場所を確認すると、エレベーターに乗り込み9階へのボタンを押した。そしてエレベーターをおりるとすぐに「お金大好き研究所」と書いた看板が掛けてあった。訪問の約束は午後9時、遥香は時間を確認するため腕時計を見ると時間は午後8時50分を指していた。ドアを叩くと部屋の中から返事はなかった。うす汚れた窓から中の光が見えるので誰か居るだろうと勝手に入り、少し薄暗い廊下を恐る恐る進んでいくと突き当たりに明るい部屋があった。そしてドアを開けると、そこには背を向けた男が鎮座していた。
遥香はその背を向けた男を目の前にして自信なさ気に言った。
「あのう、昨日電話したものですが・・・」
「私に企業を評価する方法を教えていただけますか」
男は椅子をくるっと回して振り向き、遥香の顔をしばらく凝視して
「企業の良否を測る指標には何があると思う」
唐突に質問された遥香は驚き、少し考えて答えた。
「売上の規模や、企業の資産規模とか、あと従業員が多いとか、かな」
「なるほど、じゃあ君の考えだと売上の規模の面から見るとトヨタ自動車(一位)や三菱商事(二位)、なんかはとても良い企業に映るのかい」
「えっ、どこも優良なんじゃないですか」
「僕に言わせればそうでもないな。トヨタだって電気自動車が普及し始めたらこの先も売上が維持できるとは限らない。三菱商事とか総合商社なんて、会計基準のIFIRSが導入されると売上基準が変わるから激減するんだよ。」
遥香は男のペースにはまって、お互いにあいさつもなしにいきなり本題を始めたことに違和感を覚えつつも
「じゃあ、どういう観点から企業を評価すればいいんですか」
「企業を評価する方法はいろいろある。君が言ったように売上で評価する方法もあるし、資産規模、従業員の数でも評価することはできる。もちろん、これ意外にも無数にあるだろう。100人いれば100通りの評価方法があったっておかしくない。でも企業経営者の立場からすれば複数の指標で外部から評価されると一体何を目的に企業経営を行えばよいかわからないとは思わないかい。だから一つの単純な基準が必要なんだ。多くの経営者はDCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)法による企業価値の最大化を目的としてしているんだよ。ここで企業価値とは企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローの現在価値を言うんだ。ところでDCFの意味はわかるかい」
男が一気に話す内容を遥香はきょとんと聞くだけで全く理解できなかった。男もそのへんはすぐに理解したのか準備していた紙を一枚引き出しの中から取り出し遥香に見せた。それはB5程度で横書きの絵が書いていた。
「これを見ればわかるけど、企業価値というのは将来得られるであろうFCF(フリーキャッシュフロー)を現在の金額に割引いて合計したものなんだよ。とりあえずここではFCFを札束の絵であらわしているけどね」
遥香はその紙を見て一年後以降のお金が現在の所に積み重なるということが企業価値になるのはどうもイメージがつかなかったが、そういうものだと理解した。しかし男の言っていることはまだ理解できないところを尋ねた。
「将来の現金を割引くっていうのはどういう意味なんですか」
男はきれいに整理された机の上にある電卓を遥香に手渡した。電卓はシャープ製だった。
「君がもし銀行に100万円持っていたとするだろう。その銀行での一年間の金利が5%だとすると、一年後には君の預金額はいくらになる」
「ちょっとバカにしすぎじゃないですか、105万円です」
遥香は電卓を使わずに軽く笑って即答した。すると男は畳み掛けるように言ってきた。
「そうだね。今度は3年間同じ条件で銀行に預金した場合はいくらになる」
今度は少し電卓を叩いて答えた。
「複利で計算するんですよね。それだと1,157,625円です」
男は続けて質問を繰り返した。
「じゃあ、同じ利息で3年後に預金額を100万円にするには、現時点では一体いくらの金額を預金しておく必要がある」
遥香はモノごころ付いた頃から数字にはあまり強くないことは自覚していたので、このての問題は大の苦手だった。しかし男は教えてくれる気配もないのでしばらくの間、あーでもない、こーでもないと考えた。
そのとき柱時計が鳴った。部屋に入って来た時は気づかなかったが古そうな立派な時計だ。時間は10時を回っていた。遥香が部屋を訪ねてもう1時間が経っている。そういえば今夜は仕事が長引いて、まだ夕ご飯を食べていないことに気づいた。なんだかお腹が減りすぎているのか、ここは9階なのに1階のラーメン屋の匂いがする、そんな気がした。
男は時間が掛かりそうだと判断したのか遥香から電卓を取り上げ、電卓に1000000÷1.05÷1.05÷1.05=と入力した。
「答えは863.837円だね。小数点を無視すると。つまり、3年後の1000000円と現在の863,837円は同じ価値を持つんだよ。もう少し別の言い方をすると3年後の1000000円を現在の価値にする、さっきの絵でいうと札束を左に移動させる。これを割引現在価値(NPV)って言うんだ」
遥香は、なるほど貨幣には利息があることを前提に考えると時間に価値が存在するんだと理解した。今お金を貰うのと明日お金を貰うのでは同じ金額の場合なら、今日もらった方が価値が高いんだと。さっきの問題を頭の中で具体的にイメージしてみた。
そんなことを遥香が考えていると男は先程の紙に赤のボールペンで何やらスラスラっと書き込んだ。
「それじゃあ、最後の問題だ。毎年100のFCFを四年間生み出す企業があるとするだろう、四年目以降は合計1000だとして、この企業の割引現在価値の合計、つまり企業価値を計算できるかい」
すると遥香は机の上にある青のボールペンを取り、電卓を叩き男の書いた紙に書き加えていった。さっきは一年目だったから1.05を1回割引いたけど2年目なら2回割引けばいい。電卓なら二回「=」を押せばよい。電卓の使い方はそれなりに理解していたので答えはすぐに出た。
「すべての現在価値を合計すると企業価値は1136ね」
遥香は青のボールペンを机に置き、男に向かって自信ありげに言った。
「そのとおり。貨幣に時間価値があるというのは企業価値計算だけでなく、為替、オプションなどファイナンスの全ての基本になるから必ず理解しておく必要があるんだ」
そして、男はふと思い出したかのように言った。
「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったね。僕の名前はKAITOよろしく」
男はそういうと、くるっと椅子を回転させ遥香にまた背を向けた。時計は午後11時を少し回っていた。
第一話終了
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