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不具合確認のために投稿しています・・・。
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今回の"懐かしの上野駅"は「鳥海」を紹介したいと思います。
なお、本記事がYahoo!ブログ最後の記事となります(涙涙) 移行先については別途ご報告したいと思います。ペコッ
「鳥海」という愛称がつけられた優等列車は大きく分けると3つの時期があったようです。今回紹介する写真は80年代前半の頃なので、2期目後半の「鳥海」になると思います。
2期目の始まりは1965(昭和40)年12月、上野〜新潟〜秋田に新設された気動車昼行急行に「鳥海」の愛称がつけられました。その後、同じ区間を走っていた夜行急行「羽黒」が「鳥海」に統合されて、昼行と夜行の二刀流急行となりました。
1972(昭和47)年3月には昼行と夜行のそれぞれ1往復が廃止され、夜行の1往復のみとなります。
80年代前半の頃の夜行急行「鳥海」
上野駅高架ホームかな・・・。上り列車到着時のもので車両は秋田方最後尾のスハフ42。当時の上野でもこの客車は珍しかったと記憶しています。
こちらは「愛称板」というんでしょうか。「鳥海」の文字がいい味出してます。
1982(昭和57)年11月、上越新幹線開業時に夜行急行「鳥海」は特急に格上げされて寝台特急「出羽」となりました。
その代わりに、上野〜秋田・青森を走っていた特急「いなほ」が新幹線連絡特急として新潟〜秋田・青森に区間短縮され、1往復だけ生き残った上野〜青森の列車が「鳥海」と改名されました。
その頃の485系特急「鳥海」 上野駅16番線だと思います。
上越線・羽越線経由で新潟駅には寄らずに青森までのロングランでした。上野発が10:30発、青森着が21:13・・・1日がかりですね。末期には583系でも走っていたそうです。
その後は1985(昭和60)年3月の新幹線上野駅延伸のときに上野〜秋田に短縮されて臨時列車に格下げ。1988(昭和63)年3月に廃止。「鳥海」の愛称はこの時に一旦消えることとなりました。
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新小平駅から府中本町駅行きに乗車してひと駅、乗換えのために西国分寺駅で下車しました。
3番線の到着です。
西国分寺駅は東京都国分寺市西恋ヶ窪の駅。開業は1973(昭和48)年4月、武蔵野線開業に伴って中央本線との交差点に新しく開設された駅です。ということなので乗り入れ路線は所属線の中央本線と武蔵野線の2路線あります。
駅構造は相対式ホーム2面2線が地上と高架にそれぞれ1セットづつの計4面4線あります。すぐ乗換えるつもりでいたのですが、せっかくなので駅の観察です。
まずは武蔵野線ですが、高架上を南北に延びる2面2線で3,4番線になっています。2線の間には側線が1本の構造。
3番ホーム府中本町方からの様子↓ 4番線から下り列車が出発していくところです。
武蔵野線のりばから階段を下りると駅舎内コンコースに出ることができます。
構内コンコースの様子↓
正面の大階段を昇ると西船橋方面の4番ホーム。右端に中央線の2番ホームに降りる階段。左に行くと中央線1番ホームへの階段と、その奥に3番ホームに向かう通路があります。武蔵野線が2階、駅舎が地上1階、中央線が地下1階といった3重構造になっています。
改札口は駅西側でこの画像手前にあり、改札を出ると南北自由通路に出ることができます。ちなみにこの駅はみどりの窓口もある直営駅です。
左端の階段から中央線のりばに降りてみます。
2番ホーム新宿方からの様子↓ こちらは東西に延びた掘割にある2面2線の構造です。
上下線の列車が並びました。中央線快速はオレンジ帯のE233系0番台です。中央線快速では数年後に2階建てグリーン車を連結する計画があるそうですね。ちょっと楽しみです。
2番ホームから駅舎に上がる階段の横にはコーヒーショップなどが並んでいました。ホーム上にお店が並んでいるのはちょっと珍しいかもしれません。
改札でこの日最後の下車印をもらってから駅を出ます。
まずは北口の様子↓ こちらには「nonowa西国分寺」という駅ビルがあります。駅前は小さな飲食店が連なる飲み屋街といった印象でした。
自由通路を南に向かってみます。
こちらが南口↓ 南口前には「西国分寺レガ」という大きな商業施設がドカンと建っています。
いい時間だったのでここで夕食にしてから駅に戻ります。その間にすっかり日が暮れてしまいました。
最後は1番線から東京行きの快速、先頭車クハE233-18に乗車して帰宅しました。
以上、"休日おでかけ武蔵野線"の日帰り駅巡り終了です。東京近郊のJR線は横須賀線を残すのみとなりました。今年の夏のうちに記録しておきたいな〜。
"休日おでかけ武蔵野線"の万歩計記録:24,180歩、14.50km、695.7kcal、03:57:07
踏破完了路線:武蔵野線、南武線、横浜線
さて・・・、重い腰を上げてそろそろブログ移行作業に取り掛かることにします(泣) もうひと記事だけ書いたらYahooブログの更新を終わりにしようと思います(._.) |
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八王子駅から大宮行きの「むさしの号」に乗車しました。
列車は中央本線上り線を東進し、多摩川を渡って立川、国立と停車していきます。国立駅を出るとすぐに国立支線に入線しますが、線路は中央本線上下線線路に挟まれる形の単線になっているようです。進んで行くにつれ、両側の中央本線線路との高低差が出ていき、トンネルに突入します。そこからは視界ゼロですが、線路は90度左曲がりして北に向きを変えます。そのままトンネル内で武蔵野線本線に合流、トンネルを抜けたところで新小平駅に到着です。これで国立支線も潰せました。
2番線に到着、ここで下車しました。
新小平駅は東京都小平市の駅。乗り入れ路線は武蔵野線本線と当駅を起点とする武蔵野線国立支線の2路線です。
元祖「小平駅」は北東の西武新宿線上にあります。この辺りは西武鉄道のテリトリーといえる地域で、東に西武多摩湖線が並走、西には西武国分寺線が並走、北には西武拝島線や多摩湖線が横切り、更にその先でも西武新宿線が横切っています。地図で見ると入り組んでいる様子がよく分かります。東側の多摩湖線には青梅街道駅があり、新小平駅からは青梅街道を進んだすぐ先にあります。
駅構造は切通しの中にある相対式ホーム2面2線で、最大の特徴は2つのトンネルに挟まれている事です。
こちらは北側にある東村山トンネルの入口↓
こちらは南側の小平トンネルの入口。上に見えるのがトンネル上にある駅舎です。
ホームの南寄りは小平トンネルの中にあります。トンネル内2番線の様子↓
トンネルの中にある駅といえばいくつか思い浮かびますが、半分トンネルにある駅というと福知山線のプチ秘境駅の武田尾駅が真っ先に思い出されます。あちらは半分がトンネル内、半分は橋の上という起伏の激しい場所にありました。駅の様子はコチラ>>福知山線武田尾駅
階段を上がって駅舎に向かいます。
駅舎から見た駅構内の様子↓ 周辺は住宅街で、ホームは掘割の中に埋もれた感じですね。30年近く前には台風による大雨の影響で水没したことがあったそうです。
駅舎外観。駅舎は地上にあってトンネルの真上にあります。
出入口は南側に向いていて、入った正面すぐのところに改札機が並びます。この駅は業務委託駅で、以前にはあったみどりの窓口は廃止されました。1日平均乗車人数は武蔵野線内26駅中25位だそうです。
駅前の様子↓ 手前を横切るのが青梅街道、駅前には小さなロータリーがあります。
17:30を回って日も沈んできました。この駅でこの日の目的は全て達成できましたので、帰ることにしましょう。駅前のセブンで飲み物を調達してから駅に戻ります。
1番線から府中本町行きに乗車します。乗車車両は先頭のクハ204-55、中央線乗換えの西国分寺駅に向かいます。
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