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見ず知らずの町に降り立って、砂塵を巻き上げて走り去るバスを呆然と見送る旅人の後姿・・・。
映画でよく見るそんな風景が、慶州に降り立った私にはぴったりでした。「観光バスで効率よく有名な史跡を回ったほうが楽でいい」というバスガイド嬢の申し出を断り、駅前で観光バスを降りました。ほんとうにひとりぼっちになってしまった・・・・・。
さて、ホテルも旅館も予約しておりません。ガイドブックで幾つか候補を決めていて、其処へ直接向かうのです。(出発前に全く宿を予約してなかったのです。)ガイドブック片手に言葉の分からない初めての街を歩き始めました。
幸い、宿は簡単に見つかり、日本語が少し出来るというスタッフが親切に案内してくれました。泊まったのは古いけれども韓国の伝統的な家具が置かれた素敵なお部屋でした。かなり旧式ながら、きちんと空調もついてました。荷物を置いて、早速市内観光。基本的に徒歩で史跡を回る、という計画でした。夏の暑い盛りに徒歩。あっという間に汗が滝のように流れて喉が渇きます。当時は誰もが今ほど「水分補給」に拘らなかった時代だったので(やっとスポーツドリンクがメジャーになりつつあった頃で水やお茶がぺットボトルで大量に売られるよりも前の時代)水を持ち歩くという概念が無くて、ふらふらしながら やっとこさ駄菓子やさんにたどり着いてコーラを買って飲んだりしてました。今なら熱射病対策で間違いなく水筒持ち歩きますけれどね・・・。
余談ながら、韓国の自動販売機は たとえばコーラならコーラだけ、ジュースならジュースだけ、ポカリならポカリだけ、でした。日本の自動販売機みたいに コーラ、ジュース、コーヒーなど、一台で何種類も品揃えしてるというのはあまり見かけず、「全部一種類だけ」ってのは結構見かけました。「お国柄だなー」と思いました。今はどうなってるのか、チェックし忘れてしまいましたけど。
真面目に史跡を回り、史跡の伝説から、韓国も日本と似たような神話があって面白いなぁと思いました。仏国寺の鮮やかな色彩にビックリ。韓国では仏様のいるところと王様のいるところは極彩色で綺麗にするのだとか・・・まるで遊園地みたいな原色の洪水です。有名な寺院なのに 日本みたいにお土産屋さんがひしめいていない「そっけなさ」も新鮮でした。
さて、夜がやってきて、念願の「焼肉タラフク食い」の時間がやってきました。とりあえず宿で紹介してもらった食堂へ行き、日本円で2000円ぐらいのセットものを注文(ビールも勿論注文)。すると・・・・テーブル一杯にびっしりと皿が並び、真ん中に焼肉のプレートがやってきました。「これ、全部わたしのもの?」と聞くと、お店のオバサンは「そうだよ」というそぶり。どひゃー。その皿数、豪勢さにぶったまげました。
お目目キラキラ状態でひたすら黙々とがっつくおーぱすわんわん。若い女が一人で焼肉をかっ喰らい、へらへらと豪快にビールを飲み干す姿は奇怪だったことでしょう。近くのテーブルに座っていた男性が流暢な日本語で「もしかして、あなた、日本人ですか?」と声を掛けてきました。「はい、でもどうして?」と聞くと、「食べっぷりは日本人らしくないが、正座をしてるから」と笑ってました。日本語が上手なのはお仕事で以前日本に住んでいたから、とのこと。正座は韓国では礼儀にかなった座り方ではありません。が、短いスカートはいてるからしょうがないのでした(笑)。
「いやー、天国じゃ〜」いろいろな惣菜が盛られた小皿は空になると「おかわり」が足されてしまうので万遍無く食べなくては「わんこそば状態」です(笑)。少し酔いがまわってきたところで「あ、ししとうだ〜」って 小皿のつけあわせに手を伸ばし、「わーい、好物だー」とバリバリ齧ったところで・・・
頭じゅうが意味不明の激痛に襲われ、鼻水と涙が溢れ出し、わんわん、テーブルにひれ伏してしまいました。それは ししとう ではなく、青唐辛子だったのです(笑)。うーん、やられたぁぁ。
早朝、散歩に出かけて、公園の中の「古墳」に登りました。こんもりと綺麗な丸い芝生のお山。お墓なのにばちがあたるかもしれませんが、こういうものがあると登りたくなるのが私の性分なもので・・・。コッソリ登って「たんこぶ」の頂上につくと・・・・お隣の古墳の上にも人影が・・・。なんか、武術の稽古かなんかしている若い男の子でした。顔を見合わせて笑い、その後お互い言葉も通じないのに、ひとしきり身振り手振りで話をしました。
「世界遺産」におイタをした 懐かしい思い出です。
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共通の言語、言葉のない語らい、
エエなあぁ、これやがあな、this is seisyunn.
2018/2/2(金) 午前 0:51 [ ぜ ]