いじめ気まぐれ通信

♪白山羊さんからお手紙ついた/黒山羊さんたら読まずに食べた/しかたがないのでお手紙書いた/さっきの…

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物事は、そこにあるのに、意識のありようで見えたり見えなかったりするけれど、ただ見えないということで存在そのものを否定するのは、自分の世界を狭くて貧しいものにするばかりでなく、外の世界をさえ危うくすると思います。見えるものや計算できることしか大事にしない人が多い世の中ですが、見えないものや合理では答えが出ないことに意識を向けていくと、不本意でないワタシを生きられる世界が見えてくる…かもしれない。

ボクは、わかり易い話が下手なうえ、言葉をあまり信じていません。簡単で便利な道具ほど、扱いが難しい。幼い子供でも、言葉で人を酷く傷つけることができます。カッターナイフとかって刃物と一緒。だからかな、若い人たちは、傷つけることに過敏になって、安全でやさしくて曖昧なやわらかいオモチャのような言葉で、相手と遣り取りする傾向があるように思われます。

コミュニケーションの道具として、便利すぎることで、簡単に伝わることで、言葉を頼りすぎていると、大事なことほどソコナワレてしまう。大切なことは、むしろ言葉にならない、言葉にできない、文章なら行間に漂うもどかしさ、掴まえた言葉以外のことで相手に届くのではないでしょうか?

上の写真は、『楽園への歩み』と題されたフォトジャーナリストのユージン・スミスの撮影ですが、下のもう一枚は彼を有名にした『ミナマタ』という一連の作品の中にあるものです。水俣病の胎児性患者とその母親の、誰にも見せることのない二人だけのこんな場所にまで踏み込んで写した写真を、じっと見詰めたときの感情は複雑ではないでしょうか。ふつうなら目を背けたいような、一見していかにも気の毒な母娘の間で交わされる濃密な裸のコミュニケーションから浮かんでくるものは、けして可哀想ではなくて、やさしく、きびしく、あたたかく、つらく、いとしく、せつなく、かなしく、けれど、言葉では掬えそうもない…もどかしい何か。それを、簡単にくるむ言葉はいくつもあるけれど、たとえば「愛」だなんて口にした瞬間、大切なものは伝わることなく消え失せる気がするのです。

ある人から、こんなメッセージをもらいました。

<コミュニケーションはもどかしくて野暮ったい行為で、だけどなくちゃ辛くて諦めたくなくて、そんな風にも思っていたので興味深く読ませてもらいました。>

二十ぐらいのラーメンズとアジカン・ファンの女の子です。彼女の日記をざっと眺めた印象ですが、理知的でしっかりした文章を書く人でした。古い言い方ですが、利発ってカンジかな。目から鼻に抜ける賢さです。いろんなことが見えすぎるところが、かえって思考や感性を固くしてるんじゃないかなって思えたんですね。もちろん、これはボクの勝手な思い込み。ホントのことは、じつは、わかりゃしないボクは、彼女のことなんて、ブログに書かれたこと以外はまったく知らないのですからm(__;)m。

ただ、なんとなく感じたことですが、けんど、見えないものを見ようとしていた。

何年前だったかな?ノーベル賞をとったコシバさんとゆー物理学者?が、テレビのトーク番組(徹子の部屋だったっけ?)で、こんなことを言ってた。ほとんどうろ覚えですが、テキトウに以下再現してみますね。

「私、子ども時代は、勉強がホントにできない劣等生でした。なので、大学で長年学生たちに教えてきて思うことは、呑み込みの早い人は苦手で、頭が良い学生には私のゼミに来るなと言ってるんです。論理的で合理でものを捉える人は、科学者に向いていると思われるでしょうが、そういう人は目に見える証明されていることしか信じない。世の中の多くの人は、それが正しいことだと考えられているようですが、私は見えないものを見ようとする人が好きです。そんな学生は、若い人たちの中でもドンクサイってバカにされたりして居心地の悪い思いをしてるんですが、まあ、目に見える世界のことは頭の良い人たちにまかせて、気にしない。だって、私たちは、原子とかソリューシとかって目で直に見ることのできない世界を研究してるんですね。そんなことがわかっても、じつはほとんどのことは、損にも得にもならないこと。何か新しい発見なんて、一生のうちにまずできないという基礎科学の研究です。無駄に人生を過ごすかもしれない、どうなるもんでもないようなテーマを見つけ、わからない世界を見ようとしてるからね、学生には、だから面白いんだよって、慰めてるって言うか、騙してるんです」

でね、コシバさんは、子ども時代は落ちこぼれていたけど、周りの人から「利発」だと褒めれるれことはしばしばだったそうです。こういう子に、教師や親は、「おまえ、勉強すればどんどん成績が上がるから、頑張れ」みたいなことを言いがちです。

で、素直なイイコだと、勉強しちゃう。すると、どんどん、見えないものを見ようとしなくなる。この社会で、これはこうだということを覚えるのに一生懸命になって、わからないことをぼんやり考えたり、受験には関係ないことまで学ぼうなんてゆとりがなくなっちゃう。そうだね、そんなことをしていたら、成績上げられないし、アホ扱いされちゃうもんね。

だから、利発な子も、タイテイは成長とともに、見える世界しか見なくなっちゃう。でもね、利発だから、見えない世界を感じてはいる。それを捉えようとするときに、見える世界の知識や常識が邪魔をして、なかなかうまくできない。それというのも、いままでの足元が崩れるかもしれない、とても怖いことに思えてしまうからではないでしょうか?

あ〜、なんか、
おいら、いかにも、えらそ〜な物言いになってる。
むしろ、こ〜ゆ〜文章こそ、イヤラシイ…( ̄△ ̄;)

本日の言葉も、イモムシでした。トホホのホ。

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30代半ばだけど、デフォルト乙女な友人がこんなことを言ってた。

      ★

こころにぽん、と浮かんだことばを
「いもむし」と、ワタシは呼んでいる。

いもむしを人前に出して見せると、大抵、嫌がられる。
もぞもぞして、気持ち悪い形で、ヘンな液とか出して。
ギャー!捨てなさい!あっちへ行って!といわれる。

いもむしを、一度、こころから、脳みそに持っていく。
そして、さなぎにする。
変態途中ってやつね。

そうそう、さなぎの中って、あれなんだってね、
いったん、いもむしの体全部がどろどろに液状にとけて、
全部混ざった状態になってさ、
初めて、もういちど、足、とか触覚、とか、
いっこいっこ成体を形成しはじめるんだって。

ま、そんな感じで、こころにうかんだことばは、
いったんさなぎにするために、脳で寝かす。
思うに、ワタシの脳は、ことばをそこで
全部ばらばらにして再構築させてるんじゃないかな。
よくわかんないけど。

で、そのさなぎなんだけど、何年も何年も、寝かせることもある。
さなぎのまま、死んじゃうやつもある。
いくつもある。

でも、ある日、羽化するんだ、
口から、ふわり、飛び立つんだ、。
ごく希にだけれど、
ものすごく、きれいな羽のやつが、宙に浮かぶことがあるんだ。
そいつは、あの、気味悪い、いもむしだったとは思えないくらい、
きれいなんだ。

いもむしは、言うのを我慢して、こころにもぞもぞさせとくと、
ずーっとそこに、もぞもぞしている。
でも、ちょうちょは、言わないと、すぐ、どっかに
とんでっちゃって、あっというまに見えなくなっちゃう。
こうなるともう、捕まえるのは至難のわざだ。
同じちょうちょは、もう二度とあらわれない。

子どもの頃、虫を捕まえるのが得意だった。
バッタとか蝉とかトンボとか、捕まえると、もうわくわくする。
そしてちょっとだけもてあそんで野に返してやる、
罪深いジゴロ野郎だ。

しかし、ちょうちょだけは、おめこぼしだ。
あれはなにがきれいって、
ふわり、ほわり、飛んでいるから、
きれいなのさ。

アオスジタテハが好きだ。
癇癪もちのおっちゃんの、
こめかみ部分みたいな名前だ。

青空を映した窓が、
闇のなかに、整然と並んでいるような、
マグリットの絵のような、
青とも緑ともつかない、その色。
あれは、真夜中に浮かぶ、真昼の空。

       ★

でね、おいら、チョウチョより、イモムシな言葉のほうが好きだと言ったら、
「あなたって、へそ曲がりのとことん変態ね。ワタシ、美意識のない人は嫌い」
と、苦々しく口にしたので、
「お〜、それそれ、タデ食うイモムシな言葉、好きっす」
とからかうと、
彼女は眉間に皺を寄せ、
アオスジタテハ。
何が美しいかって、
それは女性の怒った目の色。

あれは、真夜中に浮かぶ、赤い星。

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3年ぶりですが、梅雨の明けたばかりの沖縄に行ってきました。
今度の旅は、大河内清輝の兄・伸昌(ノブマサ)くんが、せっついてくれたお蔭で行くことになりました。十年も前に現代で書いた『ユタのいる国』の記事を読んで、彼は沖縄という日本とは異なる文化、人が生きるうえで大切な価値が違っている世界に興味を持ったようです。

ユタというのは霊能者のことで、沖縄には譬えて言えば宜保愛子さんみたいなオバちゃんがごろごろいる。沖縄人(ウチナンチュウ)に、本土人(ヤマトンチュウ)が、「それってホントですか」と尋ねても、迷信を信じる後進性だとバカにされたり、理解してもらえないだろうとの思いから、あまりしゃべりたがらない。でも、本音を語りだすと、中年以上の世代は、悩みごとや家族に亡くなった人がいると、けっこうな割合でユタに相談をしていることを打ち明けてくれます。本人は信じていなくても、「家族や親戚の中でユタにお世話になっている人がいる」と苦笑します。そんな親世代に反発しながら、若い世代も霊的な世界には親和性が高く、何かあると親に連れられてユタに相談することも珍しいことではありません。少数ながら、十代や二十代のユタも活躍しています。

今日の社会において、非合理な霊的呪術によって人々の不条理な苦しみを救済するユタという存在が日常的に機能する沖縄の裏文化は、ヤマトンチュウには語りたがらないタブーでありますが、本土とは異なる濃厚な先祖崇拝を信仰し、霊と交信するシャーマンがカウンセラー的役割を担っている社会であることをレポートした記事は、合理では整理のつかない伸昌君の精神世界を惹きつける何かがあったのでしょう。

その伸昌君は、二年前に南山大学文化人類学科を卒業し、就職しないで一年を過ごすうち、彼が写真の勉強をしたいというので、去年の4月から僕の友人のカメラマンの下で修行をしてきました。大学時代に文化人類学を学んだこともあって、ユタや沖縄の人と風土を写真に撮るというのが、彼の目的でした。当初、二人旅の予定だったのですが、伸昌くんの友人・豊平豪くんも一緒に同行したいと言い出しました。彼は、南山大学院で、文化人類学者を目指している青年で、ユタに興味を持っているとのこと。で、僕が現代で取材したユタの人たちに会わせてほしいと言われ、お調子者の僕は引き受けてしまいました。

二週間ほどの旅は、前半が沖縄本島でユタの取材、後半が石垣島に飛んでそこを基点に離島周りという日程でした。本島であの世とこの世のボーダーにいる人々とディープな交わりをしたため、同行の二人はさすがに精神的にぐったり疲れたようでした。とりわけ、伸昌君は、ユタたちとの取材を重ねるほどに冷静さを失い、琉球王府の神降り儀式をした聖地・斎場御嶽で瞑想をする若い女性の三人組みに、いきなり「世界は違って見えますか?」と詰問したり、挙句は「カンジャヤ」と呼ばれる有名な百歳近くのユタに自腹で相談料を払って清輝のことを持ち出してまで霊の存在を確かめるハイテンションな取材振り。
見えないものを追いかける暴走は、彼の理解力を超えた次元に突入し、混乱をきたしたようです。おいらも、十年ぶりのユタ巡りはすこぶる面白かったですが、話を書くにはオオゴトなので、それはまたの機会に譲ることにしましょう。

八重山諸島では、彼ら二人の頭の沸騰を冷ますことにして、ユタは抜きのお気楽バカンス巡りをしました。西表島のドンつきの村から道がないので船で渡るしかない半島の船浮という集落で耳にした世捨てヤマトンチュウたちのパラダイス物語や、鳩間島で廃校を避けるために島民が里親となって全国から不登校児をあずかり、子乞いの島としての20年ほどの実績が実ってついに沖縄県最後の体育館が設立されることになった、その記念行事の大運動会に飛び入り参加をして一等賞の山羊を手に入れたことなど、彼らの心が伸びやかにほぐれていきましたが、今回はその最後に立ち寄った新城島(アラグスクジマ)での、さ
わりのトコロをお話しましょう。

西表島の東に位置するこの島は、住民わずか5人の定期船も通わない過疎の孤島ですが、写真撮影はもとより口外さえ禁忌の秘祭がいまもって行なわれている島です。この新城島の豊年祭は、西表島古見・小浜島・石垣島宮良といった同系統の世持神ニロー神の神事のなかで、唯一昔ながらの形態を保ったホンモノの秘祭でした。石垣島・西表島を中心に全国に散らばる約5百名近くの郷友会は、島で暮らした経験を持たない二世・三世がいる時代となった今日も、秘密結社的な結束を固く維持し、祭事には結集すると言われています。ここ数年は、こうした奇祭への興味からか、見学だけは島外者にも許していることで、7〜8百人を越える人々が豊年祭に訪れるようになったとのことです。

そのアカマタ神を祭る豊年際に興味を持ったおいらは、島に在駐する公民館長に連絡を取ると、「取材は罷りならぬ。祭りごとについては、シマンチュは誰もハナサない」とのお達し。翌日から館長は石垣島に出張で留守をすると漏らしたのをいい事に、不定期の郵便船の仲底船長に取り入り、我らバカトリオは新城島に渡り、幸運にもモグリで民宿をやっている西大枡老夫婦の家に二泊することになりました。

このオジイとオバアとはノリノリの関係となり、最初の夜から夫婦でサンシン弾いてカチャーシを踊る歓待を受けたのです。その宴会は、我らもオバアに身振り手振りを習い踊り、アカマタ神が降臨したかのごとく一同が盛り上がり、「山羊をご馳走するから、もう一晩泊まっていけ!」とのオジイの託宣に、おいらたちは、「ハハー」とひれ伏しました。じっさい、翌日、四匹の山羊が罠にかかっていたのですが、うち二匹はお亡くなりになっておりました。一匹は昨夜、もう一匹は死後二日は経過していたでしょうか。蠅が全身にたかった状態でした。このとき、嫌な予感がしたのですが、案の定、オジイは「まだ、食えるな」と呟き、チャレンジャーの伸昌君も「食いましょう」と答え、友達思いの豊平君も「いいですね」と小声で同意したのです。さすが僕は強硬に異を称え、二日経過の方は阻止しましたが、「じゃあ、埋めてくれ」とのオジイの一言に、石だらけの地面にツルハシを振るうこと1時間半、汗だくのワタクシは20キロのダイエットができたのです。その間に彼らは、一晩経過の方の解体作業を手伝い、血抜きなしの老山羊肉をいただく羽目になりました。

そんな労役に協力したおかげでしょうか。オジイは、「誰にもゆーなよ」と人魚神社のジュゴン頭蓋骨の祠や、風葬の人骨墓に案内をしてくれたうえ、その夜は島外者には禁忌の秘祭であるアカマタ・クロマタさまの神事について語ってくれたのです。むろん、口外できる範囲のことでしょうが、一昼夜かけての祭りのクライマックスであるアカマタ神との別れのシーンを泪を零しながら謡い話してくれたオジイの語りは、圧巻でした。神別れの感激が蘇えり、しばらく泣きつづけるオジイの横で、「アカマタさまは、見るものでなくて、ココロで受けとめるものさぁ…」とオバアが静かな口調で言ったとき、伸昌たちも神妙な表情で頷いていたものです。

二晩目はヤギ汁の宴となったわけですが、その山羊肉の臭さと固さに、さすがのゲテモノ好き伸昌も一口二口で悶絶。他の料理もすべてその臭いが纏わり突いて、水さえも山羊汁の味となりました。食わないと断ったおいらも、皿に盛られては口にしないわけにもいかず、泡盛で臭いを誤魔化しては頂戴したのです。そのおかげで、したたかに酔っ払ったアタシの脳裏に、満天の星空から零れ落ちた流れ星とともに蘇える呪文のような言葉。半年ほど前に、清輝事件の記事を読んで感想をくれた女子大生で、生きていてもつまらないと言う自死願望と不眠とウツで精神科に通うお嬢さんからきたメールのタイトルが、ふいに
脳裏に浮かびました。

おいらは、思わずそれを口にしたのです。

「ねえ、くろやぎさんから、しろやぎさんて、聞いたことある?どーゆー意味だろ…」
すると、ノブマサと豊平君が顔を見合わせて、ほぼ同時に「歌じゃないすかぁ」と答えました。
「えー、歌かよ。どんな?」
おいらがそう言うと、彼らはニヤニヤ笑いながら歌いだしました。

しろやぎさんから  おてがみついた
くろやぎさんたら  よまずにたべた
しかたがないので  おてがみかいた
さっきのてがみの  ごようじなあに

くろやぎさんから  おてがみついた
しろやぎさんたら  よまずにたべた
しかたがないので  おてがみかいた
さっきのてがみの  ごようじなあに

彼らは、だんだんと大きな声で、楽しそうに放吟しました。
「なんだ、どーよーかよー」
おいらが口惜しそうに呟くと、オバアが「沖縄にも、子守唄があるさー」と言って、唄い出したのね。

イッター アンマー マーカイガー
 ベーベーヌ 草カイガァ
 ベーベーヌ マサ草ヤ
 ハールーヌ ワカミンナ
 アングヮー ソーティ
(コッコイ)

あなたの お母さんは どこへいったの
ヤギの えさの草刈りにいったよ
ヤギの 好きな草は
畑にある 若いるりはこべ
あかちゃんも 連れてったよ
  (かけごえ)

オバアのしゃがれて透明な唄声に合わせて、オジイがサンシンで伴奏をするわけ。若者二人も、しみじみ聴き入ってて、なんかおいらだけ疎外感に襲われた。
ので、おいらもヤギの歌を一発披露した。

  めえ めえ 森のこ山羊 森のこ山羊
  こ山羊はしれば 小石にあたる
  あたりゃあんよが あ痛い そこでこ山羊は めえ と  なく

  めえ めえ 森のこ山羊 森のこ山羊
  こ山羊はしれば 株こにあたる
  あたりゃ頭が あ痛い そこでこ山羊は めえ となく

  藪こあたれば 腹こがちくり
  栃(とつ)こあたれば 首こが折れる
  折れりゃこ山羊は めえ となく

中天を仰いで、銀河連なる天の川に乗せて、億光年の彼方に届けとばかり、おいらはガナリ歌ったのです。
他人とコミュニュケーションをとることによって傷つきたくない人間に、おいらのヤギの歌を聞かせたかった。
聞くに堪えない音痴だけんどね。

ずっと心に引っかかっていた、くろやぎさんからしろやぎさんへの謎は、やっと解けた。
『やぎさんゆうびん』て歌は、ディスコミュニケーションがテーマだったのね。
清輝事件の取材をしてて感じる、今の若い世代に蔓延してる『生き辛さ』って、子どもの頃からホントのココロを見せて他者とコミュニケートできない疎外感に由来するのかなって、思ったのです。わかってもらえないことに傷つき過ぎたあまり、嘘っこの自分を生きることで現実の世界のリアリティが失われ、生きていてもつまらないとウンザリしながら、生への執着は捨てきれない。わかりあえないと諦めながら、それでもわかって欲しい自分のココロを傷つけることなく他者と交わるためには、相手も自分さえも深く理解することなく、ただコミュニケートを繰り返す関係こそ、最適なのかもしれません。

『森の子山羊』を歌い終えたおいらは、大皿に残った山盛りの山羊肉を口イッパイに頬張り、「ウメー」と啼いてみたのです。死んだ山羊とのコミュニケートは、ツライッす。
首こが、折れそうでした。とほほ…。

そんなこんなで。
                  

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