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自己責任

 

世界的に男性が弱くなっている

 
と、いう言葉を聞いたのはオレンジが22歳のフランスにて。今から12年前だ。
 
今やひきこもりはイタリアでも爆発的に増え『HIKIKOMORI』という言葉がイタリア語できたそうだ。
 
ひきこもりの大半は男性に多いとの研究も出ている。
 
そこで、オレンジ的な解釈を交えて書いてみようと思う。
 
イメージ 1
 
日本の厚生省(でいいのか?管轄は?)も現在の思春期は30歳までとしている。びっくりである。
 
思春期といったら、親や教師に反抗したりちょっとやんちゃをしたりする年齢で。社会的にも、若いからね〜と許される範囲だと思っていた(限度によると思う)。
これは、ホルモンの関係で大人になる過程でバランスが崩れ、体は大人になっているのだが心がその成長に伴っていないことによるアンバランスからくるものと思われる。ま、結局はよくわかっていないってのが本当だと思う。が、ホルモンは十分にバランスがとれているのに、心が成長していない・・・・・これはなぜか。
 
根本に帰ってみよう。
12年前に30歳前後だった人は、現在42歳前後になっている(年齢は追い越せません)はず。個人的に年齢で人の人格を考えるのは好きではないが、まあ個人的な感情は置いといて。
 
この40前後の男性は、打つのは好きだが、打たれ弱い人が多い。いわゆる人を糾弾するのは過激だが、人に糾弾されるのは異常なまでに怖いのである。それくらいなら、連絡を一方的にきったり携帯の着信拒否をしたり、連絡があってもスルーしたりする。万事自分が傷つきたくないという姿勢である。
 
で、自分と同じ30代半ばから草食系と言われる年齢は、打つのも打たれるのも嫌という人が極端に多い。
 
そして、タイトルにもした『自己責任』という言葉を連発する。
 
この言葉がどこから発せられたのかがわからないのだが、たとえばオレンジは自営業者である。サボろうとおもったらそれこそ24時間寝ていることも可能ではあるし、メールが来ても無視返信しない電話も出ないなどしていれば、おのずと信頼が地に落ちるわけだ。仕事もなくなるだろうし、悪い噂もたつだろう。いや噂がたつだけならいいが、人として相手にされなくなるのがオチだ。人間、何が辛いかってそりゃ無視されることに他ならない。これは完全に自分が悪いわけで、責任の100%がオレンジなわけだ。
 
が、今。世間で流通している『自己責任』はどうも意味合いが違うように感じる。
 
自分に火の粉がかかりそうな面倒な事柄がおこると、まだ火の粉がかかる前に『自己責任』という言葉を使い自分から問題を遠ざけようとしているように感じる。
 
人間関係がドライになっている。
 
もちろん、ドライな人間関係が悪くウエットな関係がいいとも言い切れないが。
 
ドライな人間関係は、ギクシャクどころかギスギスしているように感じる。何でも受け入れますという表面上の面をして、少しでも自分の立場が危うくなるとすっと離れる。
 
本来、人間なんて。ドロドロした生き物である。
 
軽い関係も確かにいいが、それは社交辞令程度の関係ではないだろうか?
 
恋人関係になったり、結婚などしたらドライな関係でいられるはずがない。子供が生まれるかもしれない。それ以外でも今まで生まれも育ちも違う人間が同じ屋根の下に住むわけだから、自分の常識が相手の非常識またそれの逆もある。
その時に、歩みよれるかでその関係の発展性があるのではなかろうかと思う。
 
 
自己責任を連発する人間ほど、自己の責任を全うしていない気がする。いわゆる、自己嫌悪することがなく生きている。自分は別の位置にいて、意見を発すればいいという安全策をとっているように感じる。もしかしたら、自分を冷静に反省することが怖いのかもしれない。しかしそれでは、人間は成長はしない。
 
今まで自分がやってきたことが、間違えだったと認めたくない。常に正しかったと思っていたほうが楽なのである。
 
だから、自分の基準でものを計る、相手を自分のモノサシで計ろうとする。そして、自分のモノサシからはみ出ると『あいつはおかしい』や、『ま、所詮。自己責任だから』と突き放すように言う。
 
常に自分というものを傷つかないように傷つかないようにして、ひとりになりたがる。
 
その点においては、女性は図太い。傷ついても何度でも立ち上がるタイプが多い。あまり過去のミスに捕らわれないで前に進もうとしている。捕らわれても、あまり反省というところにはいかなくても大丈夫、なぜか前に進めるのである。例えば、別れた相手からのプレゼントがそうだ。男性は処分することが多いが、女性は『ものには罪がない』と平気で言う。それでもあると気になるから質などに入れて現金化し、別のものに変える。大変逞しい。肉食系女子と言われるのはそのあたりにあると思う。
 
未練という言葉も、最近の女性にはかなり薄くなった感じがする。
 
一時的に混乱のような、執着をみせても。時とともにそれは雪が溶けるようにみごとに流れ落ちているように感じる。
 
なぜか? 別れる時女性は罵詈雑言を相手や周りに言うことをする。そして、それすら忘れる。しかし言われた男性は心に酷い傷が残っている。
 
親や兄弟といたときには、受けなかった傷である。
 
いつまでも、何もわからないような女性が世で好まれるのはそのせいだと思う。そして、一昔前の女性は本当は知っていても自分を少し落としてわからないように相手に思わせる手段を知っていた。
 
今の女性は、それが足りない。男性が弱くなったのか、女性が強くなりすぎたのか。
 
全てはほどほどが良いのだ。
 
心につけた傷ほど重いものはない。
 
わからないフリも生き残る手段なのだ。決して本当に男性が馬鹿にしているわけではない。男性は教えたがりなのである。それをさもすごいね〜と聞いていれば。男性の面子が保たれる。それを『そんなの知っている』と上から言ったり、対等に議論しようとしてはいけない。
 
賢いということは、知識をひけらかすことではないのだ。それは愚者のすることである。
 
生きるということは、人との関わりを持つことなのだから。それを『自己責任』だからとスパスパ切っていたら、殺伐とした人生になるだろうし。それをして、将来あなたに何が残るか考えてもらいたい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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