演奏会いいたい砲台

「海外オーケストラ来日公演記録抄」の「いいたい砲台」(ゲストブックにリンク先あり)にある2006年以降に行った演奏会の感想です

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(会場)みなとみらい
(座席)3階C6列4番
(曲目)
シベリウス:交響曲第4番
シベリウス:交響曲第2番

日本フィルのシベリウスというと随分昔にオッコ・カムの指揮で聴いて以来だ。ほんとうはそれ以前に、チャールズ・グローブスによるシベリウスチクルスが予定され、それにも行く予定だったのですが、グローブスの急逝によりはたせなくなってしまいました。

そんないろいろと思い出のある日本フィルとのシベリウス。今回は気鋭インキネンによるチクルスということで、たいへん期待して聴きにいきました。

前半4番。じつに豊かな響きと、透明かつアーチ状ともいえるような響きをもたせながら、それでいて細部までよく磨き、そして活き活きとした細かい表情を凝らしたこのシベリウスは、巨大な室内楽ともいえるような様相を呈しており、この曲のひとつの理想形のようなかんじすらしたほどでした。

しかもその中にも民族的なリズムのようなものも感じられ、聴いていてとにかくいろいろと新しい発見のある演奏でした。とはいえ、決して新しいことに走った演奏というわけでもなく、そういう意味ではありそうであまりなかった王道的演奏といえるのかもしれません。

後半の2番。これがまた前半の2番と良く似たアプローチ。ただし4番はアーチ状の響きがひとつの生命線のようになっていたものの、こちらはその変わりに、音そのものが形作るダイナミックかつ劇的な表情が生命線となっており、そこの部分に感触的な差異を感じました。

ですが基本線は前半の4番と同じため、ひじょうに4番と2番が近しい存在の曲に聴こえるような演奏に仕上がっており、何故この曲をあえて二つ並べたのか、指揮者の強い自負のようなものをこのとき強く感じたものでした。

しかしこの二つの曲がこれほど近しく聴こえたのは、かのトスカニーニやアンセルメ以来という感じで、そういう意味では、トスカニーニやアンセルメが曲の慣習にとらわれず、音楽を再構築することにより曲の真髄に迫っていったそれと、インキネンのそれはひじょうに近しいものがあったのかもしれません。

ただ彼はラトル同様、慣習にはとらわれないものの、伝統は重んじているところはあるようで、それが今回のこの演奏を、シベリウスの一般的イメージから遠く離れたものとはしなかったという気もしています。

とにかくかなり細かく考え込まれたシベリウスで、この指揮者が今後この方向性をさらにどう押し進めて行くのか、じつに興味つきないものがあります。今夏には「幻想交響曲」を指揮するということですので、この仕掛けだらけの交響曲をどう捌いていくのか、これまたとても楽しみです。

ただオケ側にとってこういう演奏はかなりの負荷がかっているようで、そこそこ練りこんだ練習を施された後が感じられ、2番ではその疲弊が管楽器の一部にみられたのが残念でした。この後、なかなか手強い三曲がまだ残っているので、ぜひ有終の美を飾って欲しいところです。

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