演奏会いいたい砲台

「海外オーケストラ来日公演記録抄」の「いいたい砲台」(ゲストブックにリンク先あり)にある2006年以降に行った演奏会の感想です

全体表示

[ リスト ]

(会場)東京芸術劇場
(座席)3階RBI列10番
(曲目)
ワーグナー:歌劇「ローエングリン」から第1幕への前奏曲
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47(vn/ヒラリー・ハーン)
チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 作品64

改装後初めて来た芸術劇場はいろいろと様変わりしていた。特に個人的に大嫌いだったあの長いエスカレータがかなり様変わりしていたのはありがたかったが、正直最後まで階段を並行して設置すべきだったのではと強く感じた。このためもしもの時にもっとも脱出しづらいホールであることには何も変わりはなく、そういう意味では今後行くことを極力避けるホールのひとつとなるだろう。

そんなホールで19年ぶりに聴いたバーミンガム市響’(CBSO)は、ずいぶん上手いオケになっていた。そして何よりも人が入っていた、19年前と26年前にラトルの指揮で聴いたときのCBSOの演奏会は、どちらも五百人も入っていたかどうか怪しいくらいガラガラで、特に前者は当時ベルリンフィルのシェフだったアバドがこの時来場していたのですが、あまりの会場の人の少なさに、開演前にあたりをキョロキョロとみまわしていたくらいだった。

あのときはマルタ・アルゲリッチとのプロコフィエフの3番があったにもかかわらずだったことを思うと、はたしてヒラリー・ハーンのシベリウスでもどうかなと心配したものの、それは杞憂に終わったようだ。

こうして無事始まった演奏会の一曲目のワーグナー。全体的にかなり硬質な響きがし、木管などクリアに浮き上がって、よりそういう趣に拍車をかけるような佇まいの演奏になったものの、独特の「森」の感触と劇場的ともいえるような感覚がそこには含まれていたせいか、異質な演奏というかんじまでには至らなかった。ただピットに入るとこの指揮者はかなりの強味を発揮するだろうなという気は充分感じさせる演奏ではありました。

続く協奏曲。ハーンはかなりの気迫と強い情念を込めてはいるものの、そのスタイルと音色のせいか、洗練されたシベリウスという感じを強く受けた。またネルソンスのそれも力強い響きを軸にはしているものの、野性的な土臭さのようなものは希薄で、こちらもまたどちらかというと洗練された演奏というかんじを受けた。

ただそのせいか、シベリウスの曲のいろいろな面における美しさのようなものが、じつにストレートに感じられ、そういう意味では物足りないとかそういうものは感じられませんでした。かつて聴いたイダ・ヘンデルのような、清澄さと荒々しさが同居したようなまた違う、これまたシベリウスのひとつの典型という気がしたものでした。

そして休憩後のチャイコフスキー。四日連続の東京公演の最終日で、しかも同曲は日本で初めてということもあったせいか、ややオケに疲れというかいまひとつ本調子にのりきれなかったような感じがしたものの、ネルソンスのやりたいことはじつによく分かる演奏となっていました。因みにトランペットとホルンをこの曲では各一名ずつ増員していました。

ネルソンスのチャイコフスキーはフレーズをあまり区切らず、ティンパニーもあまり音を立ち上げることをしないという、1960〜1970年代にモスクワ放送響あたりでロジェストヴェンスキーがやっていたようなことを想起させるようなものがあり、CBSOだったからそうはならなかったものの、これが旧ソ連のオケのようなオーケストラを指揮したら、かなりの高カロリーな演奏になったのではないかという気がしたものでした。

ただときおり止めるところはビシッと止めることはしているため、悠揚としたチャイコフスキーというものともちょっと違う感じがした。

もしあえて言うならば、ロジェストヴェンスキーやスヴェトラーノフあたりがやっていた、ややかつてのモスクワでよく聴かれたようなスタイルのチャイコフスキーといえるのかもしれません。

あと指揮は煽ったり激しく踏み込んだりと外見はしていたものの、それらに比べれば中身はけっこう理性的なコントロールが強く感じられ、そういう意味ではメータやメンゲルベルクのような「計算された没我」的なものが強く感じられるチャイコフスキーでもあったようにも感じられました。

とにかく指揮姿やその音楽の外見以上に、けっこう細かくいろいろと施された音楽をする指揮者という気がしました。今後ネルソンスはその活動地をボストンに移すようですが、そこでの活躍も今後なかなか期待できそうな気が…といいたいところですが、あの体躯はどうなのだろうという不安がそれと同じくらいじつはあります。

将来のベルリンフィルの首席指揮者候補とはいわれているものの、体調不良で倒れたこともあり、このあたりを含めた健康管理がひょっとすると将来ネックになるかもしれないと思ったりしたものでした。

たしかに今回ボストン響の音楽監督には無事決まったものの、ボストンの関係者にはネルソンスの体躯が「ただの太り過ぎ」程度にみえていたのかもしれません。何しろ前任者は「ただごとではない太り過ぎ」でしたので…。

この記事に

閉じる コメント(2)

チェコ・フィルは大変自然体でとても安心して音楽を楽しむことが出来ました。しかし、バーミンガムは僕にはここ20年で最低の演奏でした。ネルソンスも大した指揮者とは全く感じませんでした。ハーンのバイオリンは良かったです。小細工使って凡庸なネルソンスより正攻法で自然体なビエロフラーヴェクを評価したいです。

2013/12/21(土) 午後 0:05 [ ヤクルトファン ] 返信する

顔アイコン

ひとつ言えることは、このオケにとって不向きなやり方だったということはいえると思います。正直かなりオケに負荷のかかるやり方という気はしましたので。彼がボストンに行って再度この曲を指揮したとき、かなりはっきりとそのことがわかるような気がします。ネルソンスは師匠よりも師匠の父に近いスタイルという気がします。ただオケのコントロールは支障の父ほどではないので、このあたりがボストンと吉と出るか凶とでるかがカギだと思います。最近コメントが付かないのですっかり油断してました。遅くなりましたがコメントありがとうございました。

2014/1/26(日) 午後 7:18 [ ひまや亭 ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事