チャンプの日記

西山 誠人のHPにも遊びにきてください。

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山寺修行 ケータイ投稿記事

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今回、試合に向けた修行の場として、山形県の山寺を選びました。

芭蕉の詠んだ俳句の如く、岩にしみ入るような蝉の声を聞きながら、約1100段の石段ジョグを開始。多くの参拝客が石段を一段一段踏み締めながら山頂を目指しているのを横目にジョグ、ジョグ、ジョグ(終盤はウォーク…)!

結果、MaxHR=180、膝がガクガクになりながらも、何とか二往復致しました 。

山の上とは言えまだ八月中旬、一人短パンTシャツ姿で汗だくになりながら参拝…。あえて詠むなら、岩に染み込む俺の汗 、って感じでした。

山頂でお守りとして不動明王の降魔利剣を、おみくじでは「大吉」をゲット。

今回の山寺修行、心身共に充実できました

予防の世紀 ケータイ投稿記事

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「歯医者」というと、ビルの一室、檻のような真っ白な壁、眼鏡を掛けた医師が「神経抜いちゃいましょうね」という死刑宣告を無表情でぶつけてくる、というのが定番(?)ではなかろうか?

しかし今回、マウスピースを作っていただくためにお邪魔した、たなか歯科診療室(@古淵)は普通の歯医者とは全く異なる空間でした。

可愛らしいマスコットに出迎えられるオープンな外観。中に一歩足を踏み入れると、優しい電球光の点る待合室の天井にはBOSEのスピーカー、壁一面に並べられた格闘家の写真・サイン、息子さん達の部活の活躍を示す記念写真・フラッグの数々。そして診察室でお会いした先生は…なんとアロハシャツでの登場!とても歯医者に来たとは思えませんでした。

ご自分のこだわり・趣味をも仕事に組み込んでしまう辺り、格闘クリニックとどこか似た雰囲気を感じてしまいました。

私が田中先生と知り合ったのはmixiがご縁。出身高校が同じだったんですね。話をしているうちに、私の試合も観たことがある(クライアントの対戦相手が西山でした… )という偶然も手伝い、マウスピースを作って頂くことになりました。

「治療は好きじゃない、21世紀は予防の時代」とおっしゃる田中先生。マウスピース作りもその一環だとか。6気圧をかけて整形したマウスピースは、ラミネートタイプで弾力性も抜群。以前のものよりも前面上部が大きめの割に違和感もなく、通気性も上がっています

どうもありがとうございます!早くも練習・次の試合が楽しみになってきました〜

ケータイ投稿記事

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新しい自分に会うための扉。開けることはおろか、たどり着くことさえ困難な自分の扉。見事に自分の手で開いてくれました。

グレイシャア亜紀選手、再戴冠。

チームで一緒に戦えた事、素晴らしい瞬間に立ち会えた事、誇りに思います。

心からおめでとう。そして、ありがとう!

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今回の味祭は、弊社・創業100周年の記念大会。
テーマはずばり「〜百年の絆(きずな)〜」。

100年前。
創業者が、製品「味の素」を世に広めようと会社を興したところから歴史は始まり、
その創業の志は先人達によって脈々と受け継がれ、現在に至る。
今を生きる我々は、その「絆」を再確認し、次の世代に繋げて行こう。

これこそ、会社から発せられた明確なメッセージ。


しかし、単に社員として味祭に参加するのみではなく、
ステージ・格闘技教室というイベントの企画・運営を任されたことによって
幸運にもさらに二つの絆の存在に気が付いた。


一つは、「協力したい」と手を挙げてくれた格闘家仲間の絆。

正直、「味祭」とは何だ?という疑問もあったと思う。

それでも多くの仲間が「格闘技を一般に広める」という志のもと、
貴重な休日を返上して味の素スタジアムに集まってくれた。

そして、ステージでは体を張ったパフォーマンス、
格闘技教室ではマンツーマンの熱血指導。
全員が全力投球、そこに一切の妥協は見られなかった。

所属も競技もライフステージも、すべてが異なる講師陣一同。
普段なかなか一同に集まることもできず、
全員集まっての打ち合わせは、開始前のわずか一時間、という状況にも関わらず
終わってみればイベントは大成功、大盛況であった。

どんなに一緒にいる時間を重ねても分かり合えないこともある。
逆に一緒にいる時間は短くても、魂が共感した仲間たちは強い絆で結ばれ、
大きな力を生み出すことが出来る。

「格闘技」という絆の強さを認識した。


もう一つは、過去と現在の絆。

そもそも今回の企画が成立したのは、
前回の味祭2006での企画が成功したためである。
あの時の我々のメッセージが社会に届いていなければ、
今回の企画自体が存在しなかったはずだ。

「身体を動かすのは楽しいこと。
努力して何かができるようになるのは、かけがえのないこと。」

3年前、「社会」という大きな壁に全力で挑んでくれた先人達がいたからこそ
今回の企画実現に繋がった。

3年前に撒いた種が確実に芽を出していることの証明である。
前回と今回。繋がったバトン。
時間を超越した強い絆を感じることができた。


これからも、格闘技を愛してやまない人間たちが、固い絆で結ばれて
社会に対して積極的にメッセージを発信し続けていけば
格闘技の100年後はきっと明るいものになると確信した。


朝方降っていた小雨も上がり、やがて夏空が雲間から顔を覗かせる。
そんなちょっとした景色の変化の中に、格闘技の明るい未来を感じた。

DEPARTURE ケータイ投稿記事

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自分の試合とか仲間の応援以外で、初めてディファ有明に足を運んだ。ワクワクでもドキドキでもない、これほどまで複雑な感情でディファまで歩みを進めたことは無い。

私のプロレス観戦は、虎を脱ぎ捨てたプロレスラー・三沢光晴の誕生に端を発する。ちょうど付けたテレビのプロレス中継で、タイガーマスクが突然マスクを脱ぎ捨てたのを目の当たりにしたのだ。衝撃だった。このレスラーは何を訴えようとしているのか。マスクマンが自らマスクを脱ぐ、という型破りな行動の裏に強い決意を感じ、惹かれ、そして私はプロレスラー三沢光晴の虜となった。当時最強と言われていたジャンボ鶴田さんに初めて勝利した時は、テレビの前で一緒に泣いた。今でも3カウント取ったあのシーンは、色褪せる事なく鮮明に、私の脳裏に焼き付いている。

急逝のニュースを知ったのは、私の前回の試合の一週間ほど前。まさに晴天の霹靂。身内の不幸のように動揺し、一日仕事も練習も手に付かなかった。しかしノアの聖地ディファでの試合、三沢さんに恥ずかしくない試合をしよう、と固く誓って臨んだM-1決戦。勝ちを呼び込んだのが肘打ちだったというのは、決して偶然では無かったように思う。

今日のお別れ会には2万5000人もの人が訪れたという。自分もその一人であったことを光栄に思う。リングに花を捧げ、在りし日の、ベルトを腰に巻いた三沢光晴の勇姿に向かって、誰よりも強く「ありがとう」を伝え、足早に会場を後にした。

DEPARTURE-出発。それは三沢光晴の魂の次なる旅路であるとともに、希代のヒーローを失った我々ファン一人一人の旅路でもある。三沢さんからもらった勇気をしっかり心に握り締めて、強く生きていこうと思う。



『時間は取り戻せない。

私は後悔したくない。

from 理想主義者』


「きみならどうする?」

ポートレートの微笑は、そう問い掛けているように、私には見える。


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