花と緑

ガーデニング2年目の挑戦!

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啖呵

「眉山」 さだまさし著

67ページ

そのとき、若い医師の言葉が突き刺すように、はっきりと聞こえてきた。
「恵美ちゃん、無視無視そんなの、気にするなよ。時々いるんだよ、いかにも偉そうなことを言うのが。何様のつもりか知らんけどね。客だと思ってるんじゃないの?ここはホテルじゃないって。嫌なことは全部こっちのせいにして、きついこと言うのいるけど、まあ、ほら、あれだ。なあに、すーぐベット空くんだから、ほんのちょっとの辛抱だ、と思って乗り越えよう。なんちゃって?あっははは」
 瞬間、カーテンの中が凍った。
 母の顔色がはっきりと変わった。
 啓子は目を大きく開いて、両手で口を押さえている。
 咲子は体が震えた。
 ベットのカーテンが閉じてあったせいか、話に夢中だったせいなのか、二人はそこが何号室で、誰のベットの前かを忘れていたのだろう。
 啓子と咲子が母を振り返ると、母は冷静な顔でベットの上に起き上がって正座をし、「カーテンをお開け」と言った。
「え?」
 啓子が母の顔を見てうろたえている。
「シッ・・・・」
 看護婦がやっと気づいたのか、慌てて男の言葉を押しとどめたとき、母は浴衣の襟元を正し、正座のまま勢いよく自分でカーテンを開いた。
 廊下で若い医師と看護師がこちらを見ながら凍りついていた。
 慌てふためいて、軽く会釈をしてそそくさと立ち去ろうとする二人へ、母は芝居がかって、驚くほど凛とした強い声を放った。
「お若ぇの!お待ちなせい!」
「お母さん、やめて、お母さん」
 制止する咲子の手を振り払うと、母は凄みのある声で啖呵を切った。

「やい!若造!お前さん、一体誰に向かってそんな小生意気な口をおききなんだい。
 いいか、こちとら江戸っ子だい。 あたしは人呼んで”神田のお龍”。
 枯れ果てたばばあになったって粋が命の女だい。
 聞き捨てならない台詞を聞いた。
 そりゃあ手前(てめえ)らは患者なんざあ、たかがメシの種だと思っているのかもしれないが、どっこいこちとら生き物だ。
 ばばあと笑うは勝手だが、生命への敬意も年寄りの感謝もなく、手前ひとりで生きて出世してきたような顔は見苦しいったらありゃしない。
 今、なんて言った。 どうせ直ぐにベットが空くからちょっとの辛抱だ!?
 やい若造。 そこの安っぽい女の色香に迷ったのか、それとも手前、本当のバカなのか! さあ、こうまで言われて文句があるなら出るところへ出ようじゃないか。
 それともなにかい、悔しかったら今度の点滴に毒でもなんでも混ぜるがいいや・・・と」

 母は一息にそこまで言い切って不意に黙り込んだ。
 廊下の二人は声もなく立ち尽くしている。
 母は視線こそ二人からそらさなかったけれども、急に悲しそうな顔になり、深く息を継いで声を落とし、今度はむしろしおらしい様子になって、諭すように話しだした。

「と・・・・啖呵の一つも切りたくなるのが人情ではございますが、どうぞここはひとつ、死に損ないの戯言と、今少しお耳を汚さしていただきとうござんす」

 柔らかいが有無を言わせぬ口調で、そう廊下の二人に釘を刺して母は背筋を伸ばした。
 咲子も啓子もただうろたえているが、母はもう一度息を整えるようにゆっくりと浴衣の襟元を正して正座し直した。 そしてじっと廊下の二人をにらみ据え、体の芯から吹きこぼれるような悲しげな声で、少しもつれる舌を励ましながら一気にこう言ってのけたのである。

「私ども患者は一旦病院に入りますと、先生方や看護師の皆様が頼りでございます。
 なにしろ万一機嫌を損ねますと、入院の間中、気詰まりで過ごすことになるからでございます。
 また私どもの家族にとっては人質に取られているも同じ。
 病院様、先生様、看護師様と、弱い者がご自分の顔色をおそるおそるうかがっていることにお気づきでございましょう?
 世の中持つべきものは金に違いはござんせんが、私ども貧乏人がどれほど卑屈な思いで皆様の顔色をうかがいながら気遣っているのか、想像すらなすったこともござんせんか。
 それが本当に口惜しい。
 人と生まれて、はじめから腐っているはずはありませんのに、心あり才能ある若者が一体どこで去勢され、歪んでゆくのかは謎のまた謎。
 いえしかし、嘴(くちばし)の黄色い頃から先生様先生様と頭を下げられることしか知らなくては、よほどの人格者でもおかしくなる道理。
 まず一番のそれは私どもの卑屈な患者の責任でございましょう。
 さて、得がたい機会に、もうまもなくお望みのとおりにベットを空けて死に行く身の置き土産に一言お願い申し上げます。
 先生様、それに看護師様、なにとぞこの貧乏人の叫びをお酌みくださり、好きも嫌いもございましょうが、どうかどうか、この世に生きる者同士、命の重さはお互い同じと思(おぼ)し召し、なにとぞ、平等に平等に哀れな病人どもをお診たてくださいますよう、平に平に、御願い申し上げます」
  
 そうして、微かな震えの止まらぬ右手を左手で庇(かば)うようにしながら、両手をついて平伏した。
 若い医師も、看護師も、勿論、咲子も暫くは棒を呑んだように立ちつくしていた。

 窓の遠くでぴいっと大きな鳥が鳴いた。




*****
パチ パチ パチ
これ言いたかったこと!!!!・・・・でも言えないかったのよね(~.~)*
言えたら、どんなにか気分よかっただろー!!!!
「また私どもの家族にとっては人質に取られているも同じ。」
これで我慢してしまうんだから・・・・(涙) 

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閉じる コメント(2)

こんにちは 始めまして 「眉山」の記事 書いてる方捜してたどり着きました このシーン 感動した所の一部です ほんとにそう思っている人も多いと思います よお!ぉ龍さんって 言いたくなりませんでした?(笑)

2007/9/3(月) 午前 11:07 まゆ 返信する

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まゆさん、始めまして!(~.~)* よお!ぉ龍さん!!!!!ですね。
大声で叫んじゃいます。ぼつぼつ患者側から叫ぶときかもしれません。ただし、自分が死にそうだったら言えるけど、家族がそうだと言いにくいです。自分が言って自分に不利になるのは許せるけど、家族がそうなるのはイタダケナイデス。難しいです。 削除

2007/9/7(金) 午後 7:56 [ オリーブ ] 返信する

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