|
涙の祈り
あなたは私のさすらいの歩みを数えられます。あなたは私の涙をたくわえる皮袋を
携えていてくださいます。いのちの光をもって、みまえにおける歩みを支えてくださ
るのです。詩編の詩人はそう信じました。そのうるわしい信仰を私もあなたから頂き
ました。しかし、願うことならば、涙なくして生き、むしろ微笑をたたえて生きたい
とどれだけ願ったことでしょうか。
主イエス・キリストの父なる御神、その私が溢れる涙を抑えることができませ
ん。今み前にひざまずく時、ひとまえでは耐えていた悲しみがあふれでてやむこと
なく、涙をとどめることができないのです。人として生きるつらさがこれ程のもので
あるとは知りませんでした。
多くの言葉を語ることもできません。私にとってなくてならないものが何であるか
を、必ず知っていてくださるにちがいないと信じます。主の約束を信じます。それ故
に、今はただ、涙のうちに黙してただあなたを待ち望みます。主の御来訪を待ちま
す。あなたを待つ望みがなかったら、とっくに死を望んでいたかもしれません。絶望
することは罪なのだとは知らなかったでしょう。
涙のうちに夜が深まるのを知る時、朝が近いと信じたいと願っています。闇の色が
濃くなる時、主の慰めも深くなることを信じたいのです。今こそ、ただひとりの慰め
主、助けてであるみ霊を与えてください。主を信じるが故に安んじて悲しみ、涙を流
しうるさいわいを思います。主を信じることも出来ないために、涙も乾いてしまうほ
どに、心乾き、信仰を失っている人の多いことを思います。み心ならば、どうぞその
ような人々の心をも変えてくださいますように。悲しむままに、あなたのふところに
涙を注ぎこむことができるような、信頼の心を与えてくださいますように。呟くこと
も忘れ、人をさばく言葉をも捨てて、うらむことなく、うらやむことなく、悲しみの
なかに立つことができますように。
そして、人間の知恵でははかりがたいほどの主の平安を与えてくださいますように。
主イエス・キリストのみ名によって、祈り願います。アーメン
教会に生きる祈り(加藤常昭)
****
この祈りは私の気持ちが上手く書かれているなーと感心したものですが、
私はこういうお祈りが苦手であまりしたことがありません。
「どうして、神様は、私に色々な目に会わせるのですか!」と文句ばかり呟いてました。
一生懸命に他人には迷惑をかけない様にしてるし、
一生懸命耐えてるのに!なぜ・・?
こんな事ばかり考えたり、一人で呟いたりしていました。
呟いているのに、本当は、神様が答えて下さるなんて信じていなかったのです。
でも、何だか変だなーと40半ばを過ぎた頃から、思い始めてはいました。
サイン(前知らせ)が、あったことに少しづつですが、気付き始めたのです。
|