|
単行の関西本線から草津線に乗り換えると やってきたのは緑色の113系でした。 草津線だから草色なのか!? 軽いギャグをかまされた気分で セミクロスシート車の乗客となりました。 平成29年2月18日 草津線 柘植 canonEOS5Dmk3 EF24-105mmF4L IS USM |
JR西日本
[ リスト | 詳細 ]
|
私はこういう駅が大好きです。 木造、瓦屋根、植込み。 昔は遠くに行かなくても こういう駅に会えたよなぁ・・・ そんなことを考えてしまいました。 そして 階段にはこんな趣向が(笑 ということは逆もあるかな? 予想通りでした(大笑 おっと 変なヤツもいますね! 平成29年2月18日 関西本線 柘植 canonEOS5Dmk3 EF24-105mmF4L IS USM |
|
キハ120の最後部に乗っていて正解でした。 加太越えの目玉・中在家信号場の様子を 見ることができました。 運転本数が多かった時代は ここで交換待ちがあったそうですが この草ぼうぼう状態では使えないでしょうねぇ・・・ あとで調べたら 閉塞の境界にはなってるけれど 交換する信号所としての機能はもうない、と。 昔の栄華を偲びつつ 単行列車は柘植へと向かいます。 平成29年2月18日 関西本線 中在家信号場 canonEOS5Dmk3 EF24-105mmF4L IS USM |
|
1851出雲市発。 夜行列車としては早めの出発。 夏至の頃ならまだ車窓に夕日があることでしょう。 そんな夜の長いサンライズ出雲に今宵は揺られます。 晩飯は天ぷら付きの割子そばを食ったし あとは揺られるままにチビチビ飲るのみ。 ・・・だったんですが どうもとっとと寝ちゃうのがもったいなくて(苦笑) ふと見ると布原。 かつてのD51三重連の咆哮は今いずこ・・・。 快適な寝台電車は静かに静かに中国山地に分け入ります・・・ 平成28年10月1日 山陰本線 出雲市 伯備線 布原 canonEOS5Dmk3 EF24-105mmF4L IS USM |
コメント(0)
|
ここでいう「客車出雲」とは 24系25型で運転されていた出雲1・4号のことです。 東京から浜田まで、 途中の出雲市で付属編成を切り落とし 身軽になって終点を目指しておりました。 1号には1983年に乗車、 まだ大社線も生きてましたね。 出雲市止まりになってしまった後も 1度上りに乗ったことがありました。 このころには食堂車オシ24は営業をやめており ラウンジカー代わりにフリースペースとして繋がっておりました。 ここで持ち込み酒で一杯やったのも今となってはいい思い出です。 そんなことを思い出してしまいました。 この「東京」と「浜田」の文字の並びを見てしまった瞬間に。 昔は乗り換えなしで東京まで行けたんだよ。 そう言えていた都市がどれだけ減ってしまったことか。 スピードも重要だけど 地域密着も重要だけど 会社の縄張りを超えたネットワークの強みを 今一度発揮させてはどうでしょう? 会社の境目がなんだか邪魔だなと思う昨今です。 線路は続くよどこまでも 野を越え 谷越え 会社の境も飛び越えて そんな替え歌が頭の中を流れる今宵です。 平成28年10月1日 山陰本線 出雲市 canonEOS5Dmk3 EF24-105mmF4L IS USM |



